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716 芸術鑑賞


 なにもない空間から光が差し込んでくる。


 この先には何かが『ある』。


 けれどこちら側には何も『ない』。


 不思議を通り越して俺には理解不能だったがそういうものだと納得するしかないのだろう。


 人が1人分通れるくらいの穴。


 俺とアイラルンは顔を見合わせた。


「レディーファーストで」


「いえいえ朋輩。ここはシンちゃんのちょっと良いとこ見てみたいですわ」


「……シンちゃんって言うなよ、この邪神」


「邪神って言わないでくださいませ、この童貞」


 むむむ。


 ここでいがみ合っていてもラチが明かない。ここは俺が勇気を出して前に出るしかない。


「後でなんかおごれよな」と、俺はお決まりとも思える『これで手をうってやろう』という文言で、足を前に出した。


 中に入ると――あるいは外へ出ると――いっきに空気が軽くなったような気がした。


 久しぶりに新鮮な空気を吸った。


「じゃあ今まで吸ってたのはなんだったんだ、って話だけどな」


 独り言をぽつり。


 後ろを見れば、アイラルンもこちらに入ってきていた。


 もしかしたらこのまま分断されるかもしれないと危惧していたが、そういうことはないらしい。


「うわっ、ここの空気新鮮すぎますわ!」


 アイラルンも同じようなことを思ったらしい。


「な」


「富士山の六合目くらいですわ!」


「ごめん、その例えよく分からない」


 それって新鮮なのか?


「上高地くらいではありませんわね」


「どこだよ、そこ」


「はあ……朋輩はものを知りませんわ」


「コントやってないで行くぞ」


「朋輩、コントはこれからやるつもりでしたわ!」


 シャネルがいるならそれでも良いけど、いまは俺たち2人だけだ。ここでバカな話をやっていてもつっこみ不在で何にもならないからな。


「で、アイラルン。ここはどこだ?」


 無理やり話を進める。


「はい。ここはですね、先程からさらに一つ上の次元ですわね」


「つまり?」


「ディアタナのお家ですわ。アポ無し訪問となっております」


「とはいえ、相手も気づいてるだろ。なにか対策とかしてくるかな」


「どうでしょうか。あの女神はどうせわたくしたちのことを魔力を無くし零落した神と、その眷属たるただの人間という程度にしか思っていないはずです」


「舐められてるってことか?」


「そういうことですわね」


 俺はあたりを見回す。


 ここは……通路か?


 どこかのお城みたいだ。


 天井の高い廊下。左右にはいかにもな美術品が置かれている。それらはどこかで見たことの有るものばかり。たとえば手近にあるのか……。


「これは……モナリザ?」


「え、朋輩ご存知なのですか!」


「いや、そりゃあ知ってるよ。バカにするなよ」


「ではあちらは?」


「えー、あの彫像? 名前は知らないけど、あれだよね。有名なやつ」


 首と腕のない女神の彫刻だ。なんか海かどっかで発見されたとかで、かなり昔のものだとか。顔がないせいでいかにも美人、というイメージを見る人に植え付ける彫刻である。


 なんというか、マスクをしている女性が美人に見えてしまうのに似ている。


「あちらはサモトラケのニケですわ。名前を聞いても分からないかもしれませんが、見れば誰でも分かりますわね」


「本物?」と、俺は聞いてみる。


「ある意味では」


「それってどういう意味だ?」


「ここにあるものは全て、本物でありますが、本物ではありません。本物の芸術品たちは下の次元にも本物として存在しておりますわよね?」


「だな」


「そしてこれらも、それと同じものです」


「精巧に作られたクローンってことか?」


 俺はガングーとの問答を思い出した。人間とは? 自己とは? という問いだ。


「いいえ。これも本物なのです。何一つ変わらない、まったく同じものですよ」


「けれど本物は下の次元にあるのだろう?」


「けれど――これはそれらとまったく同じものなのです」


「分からないな。まったく同じって言われても俺の感覚ではすっごい精巧な偽物だけど」


「しかしわたくしたちにとっては本物ですわ」


 俺は近くにあった女神の像を見た。美しく作られた石像だ。これはあまり見たことがないけれど?


「こっちは?」と俺はアイラルンに聞く。


「そちらはアフロディテのものですわ」


「どことなくディアタナに似ている気がするけど」


「そういうふうに作らせたのかもしれませんわね。高さでも図ってみます?」


「伸びてるかもな」


「縮んでいるかも知れませんわね」


 芸術巡りにも飽きてきた頃、通路が暗くなった。


 まるで映画館で照明が落とされたときのようだった。


 そして壁には絵画のように薄型のスクリーンがいくつも備え付けられている。そのスクリーンの明かりを頼りに俺たちは歩いていく。


「何が映っているんだ、これ?」


 スクリーンには猿が。


「人間ですわ」


「猿じゃないか?」


 その次はいかにも原人的なものが映っている。


「これは……」


「人間ですわ」


 なるほど、と俺はなんとなく察した。これは人間の歴史か。


 その次はさらにいまの俺たちが想像する人間っぽくなっている。


 歩いていくと、いろいろな歴史が見れた。


 人間の歴史は戦争の歴史である、という話を聞いたことがある。本当にそうやって人間が歴史を紡いできたのかは知らないが、この場所に移されるのはたいていが戦争のシーンだった。


「これは、ディアタナが選んでいるのか?」


「そうですわね。あの女神がチョイスした、この世界のハイライトですわ」


「趣味が悪い」


 人が人を殺している。


 そんな場面ばかりを見せられて気分が良いはずもない。俺たち人間が愚かであると、そう言われているような感覚だった。


 けれどその戦争の歴史が、ある時を境にして変化しはじめた。


 ガングーの登場だ。


「有名人なんだな」と、俺はつぶやく。


「ですわね」


 ガングーが頭角を現し、ドレンスを支配した。それからの戦争はこの世界の人間たちが経験する、初めての大規模対戦だった。


 ガングーはこの世界の歴史を変えた。それまではある種のおおらかさすらあった戦場を、血で血を洗う地獄と変化させたのだ。


 相手を殺し、自分の利益として、そして国を強力にしていく。そしてまた戦い、相手を殺して……。そんなことを続けていった結果、人々は争いに疲れてしまったようだ。


 ガングーの死後、大きな戦争はなくなった。


 そして、どこからともなくこの世界にモンスターが現れ始めた。


 人の身ではとうてい敵わない化け物たち。


「あ、ジャイアント・ウコッケイだ」


 それに対抗できたのは、同じように突如として現れた魔法を使える人々だった。


 人と人の戦いはやがて人とモンスターの戦いへとなった。


 それが落ち着いて、世界には平和がおとずれた。


 小競り合いのような戦争はなくならなかったが、そんなものは数十年に一度のこと。人の一生で一度見るかどうかというくらいのものだった。


「いやあ、めでたしめでたし」


 俺が言うと、アイラルンは悔しそうな顔をした。


「ふんっ」


 不機嫌そうに鼻まで鳴らす。


 ふと見れば、俺が歩いている側ではないアイラルンの側にもスクリーンがあった。何が映っているのかこれまで見ていなかったがどんな映像が流れているのだろうか。


 映っていたのは、小太りの男だった。


 誰だろうか、と思った。


 どこかガングー13世に似ているようにも感じられた。


「そんなつまらないもの見ていないで、さっさと先に行きますわよ」


「いや、ちょっと待って」


 俺はこの男のことを知らない。けれど、その男が従者に呼ばれた名前を聞いて、誰かすぐに理解した。


『ナポレオン』


 と、その男は呼ばれていた。


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