709 最後に必要なのはやっぱり愛
シャネルがバグだというのは理解できた。
彼女の力が強すぎることは、女神であるディアタナにすら想定外だったのだろう。
しかし、そこをアイラルンに狙われた?
俺たちのパートナーにするために?
「シャネル・カブリオレとココ・カブリオレ。2人はこの世界における特大のバグだった。そりゃあ大なり小なり、バグはあっただろうさ。けれど放置しても問題のないものばかり。けれどこの2人だけは別だった」
「待ってくれ。じゃあつまりなんだ? 俺とシャネルが出会ったのは、仕組まれていたことだって、そう言うのか?」
「もちろんだ。キミだって思い出してみろ。どうしてアイラルンがキミをあんな辺鄙な場所へと送り込んだのか」
「そりゃあ……水先案内人であるシャネルと出会わせるためだろうけど」
仕組まれていたというのは聞こえが悪いか。
運命なんて甘い幻想的なものではなく、俺とシャネルは出会うべくして出会わされた。アイラルンの狙い通りに。
「ではどうしてシャネル・カブリオレがその水先案内人に選ばれたんだと思う?」
「バグだからか? ん? つまり……バグであるシャネルはこの世界を改変できる。それで、俺はアイラルンの復讐に付き合わされてる。それは世界の時間を進めることで……」
何かを気づきそうになる。
その何かがどのようなものなのかを、俺は注意深く考えてみた。
そしてある結論に達した。
「アイラルンにとって、大事なのは俺じゃなくてシャネルの方だってことか!」
「そうだな。最後の最後にこの世界を決定的に変えられるのは、それこそ女神か、あるいは五行魔法を使える者だけだ。アイラルンにはすでに世界を変えるほどの魔力はない」
「それでシャネルを使うつもりか?」
「だろうな」
嫌な感じがした。
アイラルンは何をたくらんでいる?
シャネルは大丈夫なのだろうか。
アイラルンに利用されるのは、良い。せいぜい手の上で踊ってみせる。そのおかげで俺は、俺の復讐を完遂できたのだからな。
けれどシャネルに何かあるのならば――俺はアイラルンですら許さないだろう。
「シャネル・カブリオレを使うと言っても、それがどのような使い方かは分からない。500年ほど前にディアタナがこの世界に魔法やモンスターを生み出したときのようなことを狙っているのかもしれない。
逆にそういったことを全て無くしてしまって、俺たちが元いた世界のように科学技術を発展させていく気かもしれない。こればっかりは、まさしく神のみぞ知るだ」
「止めなくちゃ!」
「止める、なにを?」
「シャネルを危険な目には合わせたくないんだ」
「その気持は分かるが、しかし俺たちにはこちらから干渉する方法がない。落ち着くんだ」
「くっ……アイラルンのやつ、本当になにをするつもりなんだよ」
「分からんな。ただ、アイラルンの本命が金山アオシではなく、榎本シンクくん、キミだったということがヒントになるはずだ」
「金山じゃなくて、俺だったことが?」
「そう。キミたちの条件は同じものだった。互いに水先案内人である我が子孫をパートナーにもち、そして未来を切り開いていく力があった」
「俺にそんなものは、ない」
「そう謙遜するなよ。キミはよくやったよ。実際、500年止まり続けたこの世界の時間をキミと金山アオシの2人で進めてみせた」
「それは俺がいなくてもできたことだろう?」
たしかにグリースでは戦車やら自動車やら、この異世界では見たこともないようなものをたくさん見た。それらは魔法というよりも、どちらかといえば科学の部類のもので。
金山が魔王として時代をおし進めたのだ。
「金山アオシが進めた時代は、ずっと止まっていたんだ。ディアタナが止めていた。けれどそれを打破して、さらに先に進めたのはキミの功績だ」
「分からないな。俺は俺のやりたいことをやっただけだよ?」
「そう、それこそがアイラルンの狙いなんだろうな。キミが金山アオシを殺すことによって、世界から魔王の脅威が消えた。そして世界の時間は俺たち人間が想像もできない形で進んでいった」
「風が吹けば桶屋が儲かるってやつだ」
「バタフライエフェクトと言ったほうが格好良くないか?」
「横文字だしね。なんか話を聞いてると、この世界中はアイラルンやディアタナに良いように操られてるように感じるよ」
「そうだな、その通りだ」
「そういうのって、どうにも嫌な気分だな」
だってそうだろう?
俺たち人間が必死に生きていても、そんなのは全部が女神たちの想定内。
頑張った結果、女神たちの都合が良かったり、悪かったり。
俺たちは将棋の駒じゃないんだ。
この自己が、ときに迷いながらも選びとってきた未来が今である。それを全て想定通りですと言われたら、俺たちの自己なんていらないじゃないかと思ってしまう。
それならば、適当なロボットでも動かしていればいいのに。それこそプログラミング通りに動くロボットを――。
「嫌と言ってもしょうがないさ。俺たち人間にはどうしようもない。この世界は女神のものだ」
「そういうのも……嫌だ。誰のものでもないだろ、世界なんて」
「俺たち人間の尺度ではな」
けっきょく、アイラルンは俺になにをさせたいのだ?
シャネルにも。
それが分からない。
分からないことは考えたくないのだが、そうも言ってられない。
「とにかく、シャネルのところに戻りたいんだが」
「それはできないだろう。この場所から出る方法などないのだから」
「くそ……どうすれば」
「まあ、そこを2人で考えてみようということさ。どうだい、榎本シンクくん。何かいい案はあるかな?」
俺はガングーを睨む。
いきなりそんなことを言われていい案なんて出るわけないじゃないか。
それでもやけくそで俺は答える。
「俺たちが出れないなら、あっちから来てもらえば良いだろ」
「あっちから?」
「そう。こっちからは行けないんだから――」
その瞬間、ガングーはなにかを察したようだ。
「それだ!」と、興奮した面持ちで立ち上がるガングー。
まるで演劇の主役のような立ち振舞いに、俺は一瞬だけ目を奪われた。
「そうに違いない! なるほど、榎本シンクくん! キミの言う通りだ! 俺はずっと考えていた。どうしてアイラルンの本命が金山アオシではなく、キミなのかを!」
「どういうことだ?」
「アイラルンの目的は――なにはともあれディアタナに対面しなければならない。けれどあの女神にはいま、それほどの魔力がない。次元は越えられないんだ。ならばどうするか!」
その瞬間、俺も察する。
「俺も分かった気がするよ」
俺――というよりもシャネルだ。シャネルが必要だったんだ、やっぱり。
ココさんではダメだった。
「なるほど、そういうことか」とガングーは頷く。「愛、だな」
「愛?」
「そう、最後に必要なのはやっぱり愛だってわけか。アイラルンという女神は昔からそういうところがあるからな。それでいくら失敗してきても懲りない、因業なやつさ」
「因業……ねえ」
ガングーの作り出したスクリーンの画面では、シャネルとアイラルンが話をしていた。
その話の内容に俺たちは耳を傾けた。
『シャネルさん、心配ではありませんか?』
『まあ、心配していないと言えば嘘になるわね。だって私、あの人を愛してるから』
その言葉を待ってましたとばかりにアイラルンは笑った。
その笑い方は、全てが思い通りに行っていると確信する女神の笑顔だった。




