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706 人生で一番無駄な時間


 人生で一番無駄な時間が、他人に勧められた動画を見る時間だというガングーの意見に俺は同意も否定もできなかったが、分かったことは一つある。


 それは、他人に勧められた動画というものは断りづらいということだ。


 どうしてこんなに断りづらいのだろうか、本だと別なのだが。


 本なら『これ面白いから呼んでよ』などと言われてもすぐに断れる。「俺、あんまり人に勧められた本とか読まないからさ」とか言えば良いだけなのだが。


 思うに動画というのはすぐに見れるからだ。すぐに見れるから、断るのもしのびなくて見てしまうのだろう。


「とりあえず見るけどさ。画面、小さくない?」


「だな。じゃあ大型スクリーンでも作ってみるか?」


「大型スクリーン?」


 ガングーが腕を振ると、中空に半透明なスクリーンが現れた。


 なんだかSFの世界みたいだ。俺は気になって、立ち上がり、裏側に行ってみる。


 おお! こっちから見ても半透明だ!


 いや、そりゃあそうか。


 触ってみようと手を伸ばしたが、触れることはできないらしい。


「すごいな、こんなもんどうやって作るの?」


「この場所はなんだって作れるんだ。とはいえ、自己以外の他人を作ることは出来なかったんだがな」


 俺は座っているガングーを見つめた。


 彼は悲しそうな顔をして、手元のスマホの画面を眺めていた。他人のいない寂しさをまぎらせようと、見飽きたスマホの画面を眺めているようだった。


「でも何でも作れるっていうんならすごいよな」


 俺はガングーを慰めるように言った。


 昔から、一人遊びが得意だった。引きこもっている頃も本を読んだりして時間をつぶしていた。そういう俺からすれば、何でも作れる場所に閉じ込められた――おそらく彼はこの場所から出られないのだろう――ガングーは羨ましくも思えた。


「このカフェテラスも俺が作った。思い出の場所さ」


「ああ。シャネルと行ったよ。500年たってもこの場所はあるんだよな」


「はは。そうは言ってもあれはレプリカさ。俺の伝説にあやかって作られた店だよ。500年前の店主の子孫がやっているとか、そういうんじゃない」


「ああ、そうなの。というか知ってるんだ」


「なにを?」


「500年後の世界のことを、どうして知ってるんだ?」


「それをいまから見せてやろうと思ってるんだよ」


 ガングーが手元のスマホを操作した。すると、半透明なスクリーンに映像が映った。


 なんだろうか、これは?


 どこかの教会のように見える……。


「ここは?」


「ドレンスにある大聖堂さ」


 行ったことがない場所だ。ドレンスと言っても広いからな、俺が行ったことのない場所など無数にある。


 すべてが終われば、そういう場所をシャネルと回ってみるのも良いなと思った。あたかも新婚旅行のように。


「この大聖堂では現在、人々が集まっている。何をしていると思う?」


「ガングー、あんたは質問するのが好きなんだな。俺には分からないよ、だって俺は無神論者さ。神様なんて信じない」


「ほう、これは不思議なことを言う。キミだってディアタナやアイラルンを見ているのだろ?」


「あれが神様か? 俺たち日本人の思う神様って、もっとこう……偉大なもんじゃないのか?」


「なるほどな。しかし神に対して具体的とは言えないにしてもビジョン、期待と言い換えてもいいな。そういうものがあるならば、キミは無神論者ではないよ」


 俺は首を横に振った。


「哲学的な話は聞きたくない」


 もう、うんざりだった。もっと簡単な話をしよう。


 なんかあるだろ、男が2人いるんだ。馬鹿話とかさ。


「すまない。じゃあ答えを言うが、彼らはただ大聖堂に集まって祈りを捧げているんだ」


「ミサってやつ?」


 なんかそういうの、聞いたことがあるぞ。


「そこまで大きなものじゃないな、ただの日曜礼拝だ」


「日曜日なのか」


 いいな、日曜日。


 曜日の中では一番好きだよ。日曜日だけは家に引きこもっていても罪悪感が軽減されるからね。不思議なもんで、引きこもりをやっていても曜日の感覚というのは少しあるのだ。それで、月曜日から金曜日の間はなんとなく学校に行かなければいけないという罪悪感がある。


 けれど土日は別。


 月曜日から金曜日まで学校に行ったり仕事をしたりした人たちと同じように、俺も部屋の中で安心を得ていた。


 ああ、可哀想な俺ちゃん!


 かつての俺はそんな惨めな生活をしていたのだ!


「切り替えるぞ」と、ガングーが言う。


「ん?」


 プツンッ。


 と、テレビのチャンネルが替わるようにスクリーンの映像が変わった。


 これは……どこかの執務室か?


 というかこれ、ドレンスだな。だって執務室の椅子に座っている小太りな男のことを俺は知っているのだから。


 画面腰しでも脂ぎった顔が分かる。


 そこに映っていたのはガングー13世だった。


「ああ、懐かしいな」


 こうして映像とはいえ見るのは久しぶりだった。


「我が麗しの子孫のうちの1人さ。小さい頃は俺に似て可愛らしい顔をしていたんだがな。30を越えたあたりから太りだしてな」


「へえ。というかこの映像、いまの映像なの?」


「そうだぞ」


 ガングー13世は疲れたような顔をしてなにやら資料を読んでいる。サインをしようか、しまいか悩んでいるようだ。きっと俺には想像もつかないほどに、大切な決定をくだそうとしているのだろう。


「こうやってあっちの世界のことが見れるわけだ」


「そう。これだけが俺の無聊ぶりょうをなぐさめる」


「ぶりょうって?」と、俺は聞く。


「退屈という意味だ。榎本シンク、キミは他人にものを聞ける人間なのだな」


「そりゃあ聞けるよ。聞けない人いるの?」


 ガングーは少しだけ笑った。


「俺がそうだ。どうもプライドが邪魔をしてな。他人にものを尋ねるということができない。損な性格だとは知っているだがな」


「ふうん」


 自分で分かっているのなら直せばいいのに、と俺は思った。


 けれど自分の欠点なんてそう直せるようなものでもないか。


「さて、俺の子孫といえばもう1人いるな」


「もう1人?」


 いたかなぁ、と俺は首を傾げた。


「シャネル・カブリオレだ」


「なるほど!」


 俺は思わず手を叩く。


 いや、べつにシャネルのことを忘れていたわけではない。ただシャネルの存在は俺にとって近すぎて、ガングーの子孫といきなり言われてもパッと出てこなかったのだ。


「ちなみに、あんたの子孫ってシャネルとガングー13世だけなの?」


「いいや。たくさんいるが、見ていて楽しいのはこの2人だけだな」


「なるほどね」


 そういえばこの人は、シャネルのことを何か知っているようだった。


 俺はそれを聞き出さなければならないと思ってここまで歩いてきたのだ。


「なあ、シャネルの話を聞きたいんだけど……」


「彼女を見るのとどっちを先にする?」


 これはあれか?


 いわゆる良い知らせと悪い知らせが……みたいなやつか? いや、違うか。


「とりあえず、いまのシャネルを見せてくれ。心配だ」


「そうだな」


 ガングーが映像を切り替える。


 その瞬間、俺はガングーのスマホを奪い取り、地面に叩きつけているのだった。


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