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705 ガングーとスマホ


「これは俺が500年ほど考えたことだ。これが結論というわけでもなく、あらも多いと思う。ただ、俺の頭ではこれが限界だった」


「自分とはなにか、己とはなにか、その答えが?」


「そうだ、己とは、己だ。どのような存在になろうと、たとえ肉体をなくそうと、異世界に行こうと。俺という人間がここにいる、そう自分で思っている、そのことだけが自己を肯定している」


「そういうの、なんて言うんだっけ? 『我思う、ゆえに我あり』みたいな?」


「この世の全てを疑うことができたとしても、それを疑っている自分は疑えないということだな。なるほどな、と思うよな」


「言葉をこねくり回して、出てきた結論がそれか」


「けっきょく大体のことは昔の偉い人間が言ってるってことだな。お、榎本シンク。どうだ? 見えてきたんじゃないか?」


「見える? なにが?」


「目を凝らしてみろ」


 俺は言われたとおりに目を細める。すると、なにもないと思われていた空間に光が見えた。


 その光に手を伸ばす。


 触れた瞬間に光が俺を包み込んだ。


 そして、俺は見知らぬ場所に立っていた。


 先程までの何もない空間ではない。そこは石畳の街道の脇にある、カフェの席だった。


 なぜこんな場所に?


 周囲には誰もいない……。


 と、思ったら肩に手を置かれた。


「やあ、来たな」


 先程まで、何もない空間で聞いていた声。


 馴れ馴れしさには少し嫌な気分もするが……。


 俺は振り返る。するとそこには、いかにも自分に絶対の自信がある男にしかできない笑顔を浮かべた男が立っていた。


 俺はその男を見て、息を呑んだ。


「あ、あんた……」


「榎本シンク、キミを待っていた」


「そんな、まさか、嘘だろう?」


 俺はその男を知ってる。金山の夢の中で、その姿を見た。


 それに話だってたくさん聞いてきた。


 高い身長、そしてすらっと伸びた手足。目は力強く、口元は笑顔でありながらも引き締まり、その体中から英雄としての自信がみなぎっている。


 美男子だ、男のくせに妙に色気のある顔立ちをしている。顔が薄い、とでもいうべきだろうに、その眼力のせいだろうか。視線を向けられたものはいやおうなしに照れくさく思えてしまう。こうして近くで見れば分かるのだが、まつげが長いんだな。


「自己紹介は、必要かな?」


 なんだか面と向かってだと、渋い声だった。


 大人っぽい、聞いているだけで安心するタイプのバリトンボイス。


「いらないよ、英雄ガングー。あんた、そうだろ?」


「ああ、そうさ。キミに会いたかった」


 俺は立ち上がる。なんだかガングーが立っているのに俺だけ座っているのもな、と思ったのだ。けれどガングーは笑いながら、「いいよ、座ってくれて」と言う。


「いや、しかしね」


「そうだ、せっかく会えたんだ。握手でもしよう」


 そう言ってガングーは手を差し出してきた。


 俺はその手をとる。


「ほう、なかなか良い手をしている」と、ガングー。


「なに、なんだって?」


「俺くらいになると、手を握っただけでその男のことが分かるのさ。榎本くん、キミは素晴らしいな。これまで何度も大変な目に合ってきたが、そのたびに諦めずによく戦ってきた」


「そ、そんなことが分かるのか?」


「いいや、ウソさ」


 え?


 嘘って言った、いまこの人?


 なんなんだ、どうしてさらっと嘘をついた?


「握手なんかでその人間の人となりが分かるか? そんなわけがないだろう」


「いや、まあ……」


「ただ見ていただけさ、キミのことを」


「見ていた、どうやって?」


「これでだ」


 そう言って、ガングーは服の内ポケットからスマホを取り出した。


「また冗談か?」


 と、言いつつも俺はスマホに見入る。


 うわ、久しぶりに見たなこれ。すげえな、スマホだ。人類の作り出した叡智の結晶! は、言い過ぎか。


「驚かないんだな」


「いや、かなり驚いてますけど……敬語、やめていい? やめるよ」


「どうぞ、俺もキミに敬語は使わないからな、榎本シンク」


「それにしてもあんた、意外とひょうきんな人なんだな。俺てっきり、もっと怖い人かと思ってた。俺と会うためにわざわざスマホの玩具用意してたの?」


「玩具じゃないさ」


「俺、あんたと握手したことシャネルに自慢しようかと思ったけど、やっぱり少し考え直すよ」


「いやいや、自慢はしてくれたまえ。そしてこのスマホは本物だ」


「本物ぉ? え、マジで? そのスマホが? ねえ、これちょっと型が古くない?」


 どうでもいい事が気になる俺。


「なに? 最新型のリンゴのあれだぞ」


「いやいや、古いって。最近のスマホはあんた、カメラがたくさんついてるんだよ。え、もしかして知らないの?」


「カメラ……たくさん? すまない、理解できてない。良かったらここに描いてみてくれないか」


 そういってガングーはスマホを俺に渡してくる。


 簡単なお絵かきアプリが立ち上がっていた。


「つまりさ、こういう感じで――」


「なんだこれ、ボト○ズか?」


「そうそう、スコープドッグみたいな!」


「こういうふうになるのか? そうか、榎本シンクくん。どうやらキミは俺よりも先の未来からこちらの異世界に来たようだな」


「たぶんそういうことだろうね。って言っても数年くらいの差だと思うけど」


 俺はスマホのアプリを落とす。


 すると、スマホの画面にはとんでもない美人の女性が写っていた。


 ちょっと意地悪そうな目をした女性だった。胸がでかい。髪は金髪だったが、瞳がサファイアのように青かった。お姫様のような服を着て、首と、胸の下の方に手を当ててポーズをとっている。


 どこか、シャネルに似ている女性だった。


「いい女だろ?」と、ガングー。


「ごめん、見ちゃった」


「良いんだ。その人はビビアン、俺の妻だ。ということは、キミの恋人の遠い先祖ということになるな、俺と同じで」


「なるほど、どことなくシャネルに似てるのはそれでか」


「そういうことだ。さて、可愛い可愛い嫁自慢も終わったところで。まあ座れよ。なにか飲むか? この場所では飲み食いだってできるぞ、虚しいだけだがな」


「いや、いらない。なんか口に入れたら帰れなくなる気がする」


「ヨモツヘグイか。その考えかたでいけば、俺はもう帰れないだろうな、ビビアンのところへ」


 俺たちはカフェの席に座った。


 ああ、ここはと俺は座ったあとで景色を見て思った。


 ここはドレンスにあるカフェだ。たしかガングーがかつてよく訪れたという伝説のある。俺はシャネルと一緒にここに来たことがある。


 そうか、ここはガングーにとっても思い出の場所なのだろう。


「さて、では顔を突き合わせて。話でもしようか。それとも動画でも見るか?」


「動画って……」


「俺は思うのだが、他人に勧められて見る動画ほどつまらないものはないよな? 『これ、これ面白いからさ! 絶対ウケるから!』って言われて見せられて、面白かった動画なんてあるか?」


「いや……俺友達いないしそういう経験はないな」


「そうなのか! それは良い事だ!」


 い、良い事なのか!?


 俺の中で、なんだこの人はという感覚が強くなっていく。


 だが、嫌な人ではないとも思った。たぶんそう思うのは俺が陰キャで、あっちが陽キャだからだろう。でもべつに、陰キャだって陽キャのことが頭から嫌いだというわけではない。


「ああいうくだらない動画を見せられる時間は、人生において一番ムダな時間だ」


 そういって笑うガングーは、スマホを横に置いた。というよりも、立てたというべきだろうか? ガングーのスマホのカバーには脚がついていて、テーブルに斜めに立てられるようになっていたのだ。


 俺はなんとなく、不思議な気分だった。


「まさかスマホとはね……」


「そう、動画も見れる」


「……? あんた、俺に動画を見せたいのか?」


 そうだよ、とガングーは笑った。


 どうやら彼は俺にムダな時間を過ごさせたいようだった。


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