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070 逃亡計画


「でも昨日は聞かなかったけど、貴女はどうしてそんなことを受け入れたの?」


「……ローマのためです」


「ローマの?」


 どうして彼女がエルフとして売られることがローマのためになるのだろうか。


「はい。水口様は私が売られたそのお金をローマに渡してくれると言いました。そしたらローマは今の殺し屋なんて仕事をやめられるって。それで、普通の人生を生きられるって……」


「なんだよそれ」


「そもそもその約束、守ってもらえるの?」


「……わかりません。わかりませんけど私はそれを信じるしかなかった。それにローマはお金が必要なんだってずっと言ってたんです。だから少しでもローマの助けになればって思って」


「優しいのね」


 と、シャネルはどこかバカにするような口調で言った。


 俺はシャネルほどニヒルな性格ではない。だけど、たしかにミラノちゃんのやった行為は裏目に出ている。


 だってローマは……。


「でも違ってたんです」


「なにが?」と、シャネル。


「ローマはキミのためにお金を稼いでいたんだろ」


「そうです。ローマがお金を稼ごうとしていたのは私のためだったんです……。私の身請けをするためにお金を稼いでいたんです」


 ローマはミラノちゃんのためにお金を稼ごうとしていたんだ。


 そしてミラノちゃんはローマのために自分自身の値段を釣り上げた。だがそのせいでローマはミラノちゃんを買うことができなくなった。


「それって二人ともが相手のことを考えて、その結果として二人ともが不幸になったってこと?」


「……そういうことになります。それでローマは私と逃げることを選んだんです」


「貴女がおとなしく売られるって選択肢はなかったの?」


「ありました……けど……私だって嫌だったんです! どこの誰かもわからない人に売られるなんて。それで好き勝手されて――そんなこと貴女だったら、シャネルさんだったら耐えられれますか!」


「シャネル、あんまり意地悪なこと言うなよ」


「あら、ごめんなさい。ミラノちゃんもごめんね」


 ミラノちゃんは泣いていた。


 そりゃあそうだよな、誰だって奴隷になんてなりたくない。いくら最初は覚悟を決めていても土壇場で嫌になるなんてよくあることさ。


「でもこんなことになるなら、逃げなければ良かったです。ローマが捕まるくらいなら……」


「そんなこと言うなよ、ローマだって死んだわけじゃないんだから。いまは助かったことに感謝するんだな」


「……はい」


「そのローマちゃんだけどね、シンクの言う通りパリィ市警に捕まってるみたいね」


「大丈夫なのか、死刑とかにならないかな?」


「ドレンスでは死刑制度は廃止されてるわ。だからその部分は安心して。ま、ミラノちゃんを探すために拷問のひとつでもされてるかもしれないけどね」


「拷問……」


 ミラノちゃんの顔が悲しそうにゆがむ。


「どうにか助けたりできないのか?」


「それは無理じゃないと思うけど、保釈金すら払えばね。でも私たちがローマちゃんとつながってるって相手に知らせるのは得策じゃないでしょう?」


 たしかにその通りだ。


 俺たちはいちおう追ってであるウォーターゲート商会、そして警察からも逃げている状況なのだ。


 厳密に言えば追われているミラノちゃんをかくまっている、というべきか。


「私が聞いてきた話だと、貴女たちが警察に追われているのはウォーターゲート商会からの依頼、その理由はウォーターゲート商会のお金を持ち逃げしたということになっていたけど」


「お金なんて持ち出していません」


「でしょうね。ま、そういう言い訳でしょう」


「でもお金の持ち逃げ程度ならローマもそんなに悪くはされないのか?」


 それこそ殺し屋、サーカスの一員として捕まっていたなら話はべつだっただろう。死刑がないとしたら、終身刑とかになるのだろうか?


「ま、とりあえずあっちはあっちで大丈夫なんじゃないかしら? 今はまだパリィ市警の留置所にいるだけだから、ある意味では安全でしょう。問題はそのあと、罪が発覚して牢獄にでも入れられたら保釈金も跳ね上がるのよ」


「そうなのか?」


「ええ、それまでかかる時間は――聞いたところだと1週間」


「1週間……」


「つまりはそっちのミラノちゃんのオークションが開催されるのとちょうど同じくらいね。それまでここで隠れてるのが得策だと思うけれど、ローマちゃんを助けたいって言うなら無茶をしなくちゃいけないわ」


 どうする? と、シャネルは俺の目をのぞき込む。


「……やっぱり、できればローマも助けたいよな」


「贅沢ねえ」


「だってそうだろ? あいつは悪いことなんて――いや、そりゃあちょっとはしてるかもしれないけどさ。でも友達を助けるために行動していたローマは良い奴だった。そんなやつを助けてやりたいって思うのは普通だろ?」


「あ、あの。私からもお願いします。どうにかローマのことも助けてあげてください」


「別に私はシンクが望むならそれで良いんだけど」


 ならばそれで行こう、と俺はうなずいた。


 ローマは保釈金でもなんでも支払って助ける。


 ミラノちゃんは追手からかくまう。


「でもねえ、一つだけ問題があるのよね」


「なんだ?」


「ウォーターゲート商会も、ローマちゃんを保釈金を払って引き取るかもしれないの」


「た、たしかにそういう可能性もあるのか」


 そうだ、条件としてはあちらも同じだ。


 今日にでもローマはやつらの手に落ちるかもしれない。そうなればそれこそ拷問でもされる。


 しかし、ミラノちゃんがおずおずと手をあげた。


「あの……それは大丈夫だと思います」


「どうして?」


「ウォーターゲート商会はいま、本当にお金がないんです。ほうぼうへ借金があってその返済に躍起になっていますから、ですからローマの保釈金だって払えないと思います」


「おいおい、かりにも商会なんて名乗ってる大商人だろ? 人一人の保釈金を払えないなんてあるのかよ?」


「……それがあるんです。武器の在庫はあまりにあまって、いまはどこの商人もウォーターゲート商会とは取引をしていません。専売だった利益のでる権利も売ってしまって、それでも借金ばかりが残っているそうです」


「どれだけ武器買ってたんだよ」


 魔王討伐のための遠征ねえ。


 まあ水口のやつはおそらく月元のことを知っていたのだろう。だからこそ、あの勇者が死ぬだなんて思わなかったんだ。あいつからすれば勝ち確定のギャンブルに乗ったつもりだったんだろうさ。


 ざまあみろ。


「まあ最悪保釈金でローマちゃんをとられても、あの子はこの場所のことは知らないでしょ。だからある程度は大丈夫なんじゃないかしら?」


 シャネルはそんなことを言って、自分の髪をゆっくりといじった。


「ま、そうならないのが一番だがな」


 シャネルはそれよりも、とテーブルの上に地図を広げた。どうやら買ってきたらしい。


「これ、見て」


「地図だな」


 へえ、この異世界ってこんな形してたんだ。たぶんドレンス周辺の地図だろう。ヨーロッパに似た形だな。


「私が思うのはここ――テルロンの港町よ」


「港町?」


「そう、その子をいつまでもパリィに置いておくわけにはいかないでしょ。だからこの街、いいえ。この国から逃げてもらうの」


「どうしてそこまでするんだ? ことが終わってもパリィにいれば良いじゃないか」


 はあ、とシャネルはため息をついた。


「そんなのダメよ。オークションが終わる、シンクがその水口っていう商会長を殺す、その後にその子が安全であるっていう保証がないもの」


「お、おい。殺すだなんて……」


 ミラノちゃんの前で言うなよ。


「大丈夫よ、事情はだいたい説明したから」


「そうなのか?」


 ミラノちゃんはゆっくりと頷いた。どうやら俺がローマと逃げ回っている間にだいたいの話しはしていたのだろう。


「商会の人間だって、もし倒産したとしても残ってるでしょ? そういう人間が一攫千金のためにまたミラノちゃんを狙わないとも限らないじゃない。だからいっそこのさい、国外まで逃してあげるべきよ。それに、あんまり言いたくないけどドレンスは半人差別が根強い国よ。この国にいるかぎりは仕事にだってろくにありつけないわ」


「国外逃亡ねえ」ま、悪くない考えなのかな?「ミラノちゃんはそれで良いかい?」


「はい。でも、その場合はローマが一緒じゃないと」


 そうだよな、まさか一人で国外まで放り出す訳にはいかないよな。


「よし、じゃあそうしよう。これで俺たちの目的は決まったな。ミラノちゃんを守る、ローマを助ける、それで水口を殺す。最後には二人を国外に逃がす」


「テルロンの町からは船が出ているから、それに乗ってアメリアに行くのが良いわ。あそこは亜人、半人の差別がない自由の国だっていうから」


「でも私たち、お金が――」


「心配しないで。ね、シンク」


「え? あ、うん」


 たぶん俺たちが払うってことだろうな。


 ま、別に良いけど。


「あの何からなにまで、ありがとうございます」


「良いのよ、気にしないで」


 そう言って笑うシャネルの微笑みは、なんだか彼女に似合わないくらいに優しいものだった。



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