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696 仮りそめの恋


 顎をうちぬかれた。


 頭が吹き飛んだかと思うほどの衝撃に、俺は吹き飛ばされて、倒れ込み、そしてそのまま立てなくなる。


 ――やられた。


 すぐに戦闘を再開しなければならないのに、俺の体は動いてくれない。


「はあ……はあ、苦戦させやがって」


 シワスの声が聞こえる。


 だが、俺はまだ立てないでいる。


「シワス、すぐにその男を殺して! すぐによ!」


「分かってるよ、というか死んでないのか?」


「まだ死んでないわ! いますぐにトドメをさすのよ!」


 クリスの声はかすれていて、その上で叫んでいるものだからよく聞き取れない。


 それとも俺の頭がまともに動いていないだけだろうか。


 ダメだ。


 体だけじゃないんだ、頭も動いていないんだ。


 というか俺の頭はまだ首の上に乗っているのだろうか? 分からない、俺は本当にまだ生きているのか?


「殺して、早く殺して!」


「わ、分かったよ」


 考えてみればクリスは俺を殺す正当な理由があるわけか。


 だって俺はこの女の恋人だった月元を殺したのだから。愛する人を殺した人間への復讐、なるほどな。分かりやすい。


 だけど分からないことがある。


 ではシワスとクリスはどのような関係なのだろうか。


 恋人?


 そういうふうに思えなかった。


 この2人の関係は愛し合っているとは思えない。あるいはシワスの愛情はああいう形――好きな人に暴力を振るうことしかできないようなものかもしれない。だがクリスの愛情はきっと、違うだろう。


 クリスはまだ月元のことを好きなはずだ。


 いまは戦いの最中だというのに、俺の頭はくだらないことを考えている。


 愛だの恋だの。


 俺が知っている愛情はシャネルのものだけだ。きっと彼女の愛情は常人のそれとは違うだろう。与えるだけ与える無尽蔵な愛情、そんなもの、普通はありえない。


 俺はそのことに不安を感じたこともあった。


 本当にそんな愛情があるものか?


 なにか裏があるのではないか?


 いつか愛想を尽かされるのではないか?


 けれどいまは、信じている。


 シャネルは俺を愛している。そして俺はシャネルを愛している。


「う、ううっ……」


 声を出そうとして。


 しかし唸り声しかでない。


 俺は立ち上がろうとするのだが、やはり立ち上がれない。


 愛するシャネルのために、ここで死ぬわけにはいかないというのに。


「これ、本当に死んでないのかよ?」


 シワスがそう言っている。


 俺の状況はそんなに酷いのか? 分からない、自分はいまどういう状況なのだ。


 地をなめている。それは分かる。


 頭が痛い。というかあるのか分からないくらいだ。


 けれど俺は手になにかを握っている。


「まだ刀は持ってるけど、気持ち悪い……」


 すでにシワスは勝ったと思っているのだろう。その声には先程までの勢いがなくなっている。


 どこか気弱な声。


 なにか嫌な気配がした。


「触りたくねえ……」


 タンッ、タンッ、と乾いた音が二発。


 銃だ、と思ったその瞬間に、俺の視界でなにかが光り輝く。


 俺はそれで、自分が目すら開けれていないのを理解した。


 立ち上がる前に、まずは目だけでも――。


「おっ、おい! なんだこれ!」


「だからそいつは死んでないのよ!」


「ク、クソ!」


 また乾いた音が響いた。今度は二発どころではない。連射している。


 だが、俺を包むように魔法陣のエフェクトが連続で出現する。


 俺の目は、薄っすらと開いた。


「あ……ああっ……」


 見えているのは俺のスキルが出す光。『5銭力+』が連続で発動している。


 まだ、俺は生きている。


 生きているからには、立ち上がるべきだ。


 よたり、と立ち上がる。


 視界の半分が赤黒かった。


 なにかを喋ろうとするが、うまく言葉が出ない。それどころか顎が動かないのだ。


 俺は自分の状態を察する。


 顎がないのだ。


「た、立ったのか!」


 それにこの感じ、たぶん片目も潰れている。


 それにしては痛みはなかった。


 いや、ゼロというわけではないのだが。


 ただ、麻酔がきいたように痛みが鈍くなっている。


「殺して!」と、クリスが叫ぶ。


 シワスの手になにか黒くて、長いものが持たれている。それがなんなのか、判断がつかなかった。


 けれどそれが火を吹いて銃弾をバラマキ始めたとき、俺はそれがアサルトライフルだったのだと気づいた。


 俺の体は動こうとする。


 その攻撃の当たらない場所へと。


 しかし、動かないのだ。


 花火のようにバラバラと光が輝く。


「な、なんで!」


「落ち着いて、シワス!」


「なんで死なない!」


 俺は立っているだけだ。


 その俺に雨あられのように銃弾が打ち込まれる。しかしその全ては消え去っていく。


「シワス、どいて!」


 クリスが大きな杖を振り上げてくる。


 それで俺の頭を殴ってきた。


 それは俺を殺すほどの一撃ではなかったのだろう。


 振り下ろされた杖の先が、俺の頭蓋骨を割る。


 俺はその場に倒れた。


「クソ、この、このっ!」


 クリスは倒れた俺に何度も、何度も杖を振り下ろす。


 やがて俺に限界がきた。


 衝撃の瞬間に魔法陣が浮かび上がり、クリスの持っていた杖をこの世から消し去る。


「杖がっ――エトワール様にもらった杖が!」


「クリス、やめろって。俺がやるから――」


「うるさい、うるさい、うるさい! 私に指図するな!」


 仲間割れか?


 いいや、違うなと思った。


 クリスはもう自分の欲望を止められないのだ。


 俺を殺したくて殺したくてたまらないのだ。その復讐心は仮りそめのシワスへの恋心よりも勝っているのだろう。


「死ね、死ね、死ね!」


 クリスは俺を足蹴にする。


 俺は立ち上がれないでいる。


 腕も動かない。


 シワスがおろおろしている気配が伝わってきた。


『情けねえな』


 声が聞こえた。


 それはえらくはっきりと。


 誰の声?


 分かる。


 金山の声だ。


 ――うるせえ。


 と、俺は心の中で答えた。


『お前がボロ雑巾みたいになってるのを見るのは楽しいよ』


 好きなだけ楽しんでいけば良いさ。


『いいのか、このままならお前、死ぬぞ?』


 分かっている。


 これ以上の外傷によって殺されるとかではなく、ただこのまま衰弱して死ぬだろうということだ。


 俺はいま、死へと向かって歩いている。


 そのときに、『5銭力+』は発動しないだろうということは予想された。


『ま、それでも俺は良いがな』


 ――俺は、良くねえ。


 立ち上がってみせる。


 そして目の前のこいつらを殺す。


『手を貸してやろうか?』


 いらない、そう答えた。


 そのつもりだった。


 しかし声は出なかった。


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