007 街道での出会い2
今度のスケルトンたちは素手が多い。二人だけ剣を握っている。
だとしても――
「多いなあ」
「本当にね」
シャネルが物陰から姿を現す。その顔は蒼白だ。おそらく先程の魔法で体力を消費したのだろう。
「逃げるか?」
「隙を見てそうしたいものだわ」
「時間、作ろうか?」
「どうでしょう。正直わたし、つかれちゃったわ。だから走れない」
「ならここが正念場かぁ」
やれやれ、とばかりに俺は剣を構える。
やべえ、なんかワクワクしてきた。さっきまでの怖気なんてまったくない。いいねえ、異世界。こういうピンチが好きだ。
よく言うだろ?
――ピンチはチャンス。
でも俺、常々思うんだよね。ピンチなんてただのピンチだぜ。
だからそういう危機でこそ、
「女の子のために一肌脱ぎたいよなぁ」
見よう見まねに剣を構える。
さて、どこで見ただろうか。たぶん時代劇だ。暴れん坊の将軍のあれ。いつも決めのシーンではこういうふうに――バットを構えるように剣を突き上げて構えていた。
こういう構え、やりたかったんだよなあ。格好いいし。
ここでなにか一つ、決め台詞でも……。
「死して屍拾う者なし!」
うん、違うな。
けど――
「うらっ!」
と、俺は突進しながら剣を振り降ろす。
ははっ、相手ザルだぜ。まるで俺の振り下ろす剣に当たりに来るようにガイコツは切り裂かれる。バターを斬るのだってもう少し大変だろう。
振り下ろした剣を横薙ぎに――。
もう一匹、上半身と下半身を別れさせる。
残るは三人。
けれどその三人は一斉にシャネルの方へ。最初からこれが狙いだったのか。
シャネルはとっさに顔面だけを守るようにして腕を上げる。
ふざけるな――このままじゃあシャネルが!
その瞬間、俺の体はまるでターボエンジンを起動させたように加速した。
「うぉぉおおっ!」
遮二無二、剣を振る。
一人。
二人。
三人。
一瞬にして残ったスケルトンを切り倒す。
「はあ……はあ、はあ」
さすがに息があがる。
というか今の動きはなんだ? 自分でも分からない。が、韋駄天の如く動けたことだけはたしかだ。
「シンク! 大丈夫!」
シャネルが駆け寄ってくる。
まったく、俺たち二人とも満身創痍ってところだ。ここで追加の敵が出てきたらもう万事休す。打つ手なしだ。
ガチャリ。
と、音がして馬車の扉が開く。
俺たちは警戒して力なくそちらに構える。だが、出てきたのは少女とも言えるような年頃の、可愛らしい女の子だった。
「……まいったわ、降参」
文字通り緑髪(黒髪じゃないよ!)の少女だ。
「とりあえず、杖を捨てなさい」
シャネルが睨みつけながらそう言う。
少女は素直に握っていた杖をその場に捨てた。
「これでいい?」
「腕は頭の上で組んで」
少女は全てなすがままにする。
馬車の中に他の人間はいないのだろうか、たぶんいないのだろう。つまり先程倒したスケルトンが少女の全戦力だったわけだ。
「なにが目的? お金ならここにはない。私を人質にしたところで無駄、御父様は私のことをなんとも思っていない。だから私の価値はこの体くらい」
ふん、とシャネルが鼻で笑った。
「体ですって? そんな貧相な体してさ」
「むっ」
どうやら少女は腹を立てたようだ。なぜか俺を睨んでくる。
いや、まあ確かに体つきだけで言えば女らしいシャネルの方が幾倍も魅力的なのだが。
けど、
「いや、素敵だと思うよ」
俺は精一杯のフォローをしておく。
「ふふんっ」と、緑髪の少女は満足そうだ。
「ちょっとシンク! 貴方ロリコンの人だったの!」
「え、いやそういうわけじゃないけど」
「まあ良いです、好きにして下さい。できれば命だけは盗らないで欲しいですが」
「あんたの命なんていらないわ」と、シャネル。「むしろ私達は被害者、襲われたから迎撃しただけよ」
「……嘘ばっかり。姿を隠していたくせに」
「それはまあ、そうだけど。けれど俺たちに敵意なんてなかった。ただの行き違いだ」
ひょいひょい、とシャネルが俺の服を引っ張ってくる。なんだ? と、顔を向ける。
「とにかくお金をぶんどりましょうよ」
と、小声で言ってくる。
「いや、ここは穏便に済ませるべきだ。金の卵を産むニワトリの話もあるだろう。貴族に恩を売っておくのは悪いことじゃない」
「別に、シンクがそう言うなら私は従うわ」
俺はわざとらしく少女に笑いかけた。警戒心を解かせるためだ。
「俺は榎本シンク。こっちはシャネル。キミの名前は?」
「フミナ・プル・シャロン、です」
シャネルが驚愕に目を見開いた。
「プル・シャロンですって!」
慌てて馬車の側面に描かれている小さな紋章を確認しにいく。それは紫の花と剣の交差する美しいエムブレム。おそらく見るものが見ればどこどこの貴族だと分かるようなものなのだろう。
「まさか……本当にプル・シャロン?」
「嘘をついても始まりません」
「有名人?」
俺の質問にシャネル頷く。
「昼前に見てきたでしょう、アウラバ荒野。あそこで300年前に行われた『アウラバの戦い』で、ドレンス側の将校として戦ったのがプル・シャロン家のトラフィックよ。いわく真の天才、英雄皇帝ガングーの右腕、その頭脳とまで呼ばれた男。戯曲とかでも有名じゃない、シンクって本当に何も知らないのね」
「はいはい、すいませんね。つまりフミナはその人の子孫ってわけだ」
「はい、そうです」
「それにしてもプル・シャロン家っていえばドレンス貴族でも名門中の名門じゃない。そのお嬢様がどうしてこんな場所に一人でいるのよ? 護衛もいないなんて怪しいわ」
「私は所詮、家の中でも末席です。ですのでそうそう護衛などつきません。それでも護衛としてこのスケルトンがいましたが、貴方たちに倒されてしまいました」
なるほど。これで最初フミナが自分を人質にしても無駄だと言った意味が分かった。
どうやら彼女はプル・シャロン家の中ではそう高い地位にいないようだ。どこの世界でも家を継ぐのは長男が基本ってもんだろう。
「それにしてもプル・シャロンか……」
シャネルに先程までの勢いがない。どうやらこの子、けっこう権威主義なところがあるようだ。あるいはそのトラフィックのファンなのかもしれない。
「それで、フミナはどうしてこんな場所にいたんだよ」
「……先祖であるトラフィック様が活躍した戦場をこの目で見ようと思いまして、こうして馬車を走らせていました」
「ああ、じゃあ俺たちと同じだ。俺たちも朝からその戦場を見てきたんだ」
「そうなんですか。どうしでしたか?」
「面白かったわ、寝物語で聞いていた英雄譚の舞台を見られたのだもの」
「ま、俺はよく分からなかったけどね」
それでもフミナは嬉しそうな顔をしている。自分の先祖が褒められたことが嬉しいのか、それとも自分と同じ行為をしていた人がいるのが嬉しいのか。例えば観光地なんかで同じものを見る目的で遠方から訪ねてきた人と話をすると、むしょうに嬉しくなるものだ。
「あらためて謝罪させてもらう。よく確認もしないで貴方がたにスケルトンをけしかけたのは謝ります」
「まあ茂みに隠れてたこっちも怪しかったしな。それはお互い様だよ」
「……どうして茂みに?」
「そりゃあ色々とね」「あったのよ」「というかなかった?」「食料が」
「食料? それは大変ですね」
フミナは少し考える素振りを見せると、無表情でうなずいた。何か名案が浮かんだらしい。
「近くの町まで徒歩だとまだ一日以上ある。馬車なら夕方」
「そうですね」と、シャネルは敬語をつかった。
フミナはいいです、とばかりに手を振る。
「だから、私の馬車に乗るというのはどう? 貴方がたは町に早くつく。加えて報酬としてお金も出すし、食料も渡す。その変わりスケルトンの代わりに護衛を頼めないかしら?」
「護衛ねえ」
悪い話じゃなさそうだ。
見ればシャネルも無言で頷く。
「お引き受けしましょう」
フミナはニッコリと笑った。
彼女の笑顔を初めて見たが、こうして見れば中々どうして年相応の少女らしくて可愛らしい。
「ではプル・シャロン様。私たち二人が護衛をいたします」
シャネルは小さく頭を下げた。
その様子を見てフミナは困ったように笑う。
「いえ、もっと砕けた言い方の方が良いです。先程までの感じが……新鮮で楽しかったです」
「あらそう? じゃあそうさせてもらうわ」
「なんでも良いけど切り替え早いな、シャネル」
「私としては相手が貴族でもタメ口を聞いてるシンクに恐悦至極でございますわよ」
シャネルはおどけて言うと、俺に向かってわりかし優雅に頭を垂れた。ドレス調の服装と相まって、こうしているとシャネルも貴族みたいだった。
「じゃあ契約は成立。二人共、馬車に乗って」
「馬は誰が動かすの?」
「骨を集めて一体くらいはスケルトンを作ってみる。たぶん予備の部品もあるから、なんとかなる」
部品、という言い方にかすかな違和感を覚えた。
きっとこの骨は本物の人骨なのだろう。それをただの道具のように扱う少女、フミナ。たぶんこの世界の人は俺たちの世界の人間とは微妙に違う倫理観で行動しているのだ。厳密にいえば現代日本の倫理観、だろうか。
フミナが骨を骨格標本のように地面に並べる。そして杖を取り出しなにやら小声で呪文を唱えた。
杖先がほの暗く光り、その光が骨たちに振りそそぐ。カタカタと骨が揺れたかと思うと、そいつらは透明なゼラチンのようなものに繋がり、まるで命をもったかのように一個のスケルトンとして立ち上がった。
「ふうん、陰属性の魔術。上手いものね」
「そういうシャネルさんは火属性ですよね」
「シャネルで良いわよ。その変わり、私も貴女のことフミナって呼んでも良い?」
「そう望んでいました」
「貴族様の名前を呼ぶだなんて、家来に見られたら私たち首を斬られるじゃないかしら?」
「そうなったら俺はシャネルを置いて逃げよう」
「とか言って、また助けてくれるんでしょ?」
「どうだかな」
フミナは俺たちを見て目を細めた。
「仲が良いんですね。お二人はどんな関係ですか? もしかして恋人?」
この質問に対する適切な答えを俺は一つだけ知っている。
「そうだなあ、俺とシャネルは朋輩さ」
ほうばい、なんだか良い言葉だ。
でも二人はその言葉の意味をよく分からなかったようだ。「照れちゃってさ」と、シャネルは俺の肩を叩いてきた。ちょっと痛かった。
さて、と馬車に乗り込む。
椅子は柔らかくて座り心地が良い。と、思ったら馬車が動き出したとたんに腰に衝撃がきた。あまり乗り心地がよくなさそうだ。
考えてみれば当然である。そもそも車のタイヤなんかと違って馬車の車輪にはゴムがついていないのだ。道からの衝撃が伝わりやすい。
「これはけっこう……くるな」
「慣れの問題」
馬車はゴトゴトと揺れている。
思わず窓の外を見た。
日本じゃ見られなかった田舎の景色。たぶん地方に行ったらこんな景色ザラにあるんだろうけど、俺の住んでいた半端な都市じゃあ郊外まで出なければ見られなかった。
舗装もされていない道を馬車が走っている。
……ああ、俺は異世界に来たんだなぁ。
今さらながら思ってしまった。
ふと視線を感じて、シャネルの方を見れば、彼女と目があった。シャネルは俺に対して軽くウインクしてみせた。
ああ、異世界って悪くない。素直にそう思った。