690 アイラルンの考えと慰め
パチパチと音をたて、焚き火が燃えている。
俺はその火を見つめながら、つまらない気分の置き場所を探していた。
「朋輩、なにか追加のものをくべた方が良いのでは?」
「薪とか、小枝とか、そういうの」
「そういえばわたくし、松ぼっくりは燃えやすいと聞いたことがありますわ」
俺はため息をつく。
「大丈夫だよ、シャネルのつけてくれた火だ。そう簡単には消えないさ」
そういえばそのシャネルの姿を先程から見ない。
「そうですか。ふわわ、そろそろ眠たいですわね」
「……昨日、無理やり薬で眠らされただろう。まだ眠いのか?」
「昨日は昨日、今日は今日ですわ」
俺はそこらへんにある棒を持って、焚き火の中に突っ込む。灰をかき混ぜた。
アイラルンは焚き火を挟んで向かい側に座っていた。その顔が、炎に照らされて怪しく揺れて、光って見えた。
「あんた、あの時、寝てなんてなかっただろ」
「あら、どうしてそんなこと言いますの? 朋輩」
「睡眠薬だかなんだか知らないが、アイラルン。あんたは腐っても女神だ。そんなもの効くわけないだろ。あの時は急いでてなあなあにしたが、いまは時間がある。逃げるなよ」
「むうっ……」
アイラルンは鬱陶しそうに自慢の金髪をかきあげると「まいりましたわ……説明なんてできませんわ」と唇を噛んだ。
俺はしかし、なんとなくアイラルンの思うことを察していた。
「あんたは土方を見殺しにした。違うか?」
「人聞きの悪い!」
「たしかに見殺しは人聞きの悪いな。じゃあこういう言い方なら良いか? アイラルン、あんたは土方が死ぬと知っていても止めなかった」
「そ、それは……はい。しかしわたくしは女神です、ことさら現世を生きる人間の生死に手を加えるわけにはいかないのです!」
「嘘だな」
「なっ――」
「この世界に受肉までしておいて、よくもそんなことが言えるよ。あんたはあんたの目的のために土方を殺すことを選んだんだ。違うか?」
「それは……」
「いまさら隠し事なんてするなよ、共犯者。そうだろうな、土方は元々ここで死ぬべき人間だったんだろう。それがもし俺の手助けでもあって生き残っちゃ、この世界の時間を進めるっていう目的に差し障るかもしれない。違うか?」
アイラルンは観念したように首を横に振った。
「朋輩、怒っておりますか?」
怒っている?
どうだろうか。
俺は土方が死ぬということを最後には諦め、むしろその手伝いすらしてやった。
ある意味では土方は望みを叶えたわけで、俺が怒ることではないのかもしれない。
人の死とは、悲しいことではあるが腹が立つことではない。
「俺が怒ることじゃないな」
「……むしろわたくしは今になって申し訳なく思っております」
「アイラルン、あんたにはあんたの復讐があるんだろ?」
「ええ」
「なら、それを果たすためにどんな犠牲があろうと気にしちゃいけないだろ」
少なくとも俺はいままでそうしてきて。それで、ある程度の成功を収めてきたつもりだ。
「朋輩……」
「いちおうこれ、お前のこと慰めてるつもりだけど」
「むうっ、まさか女神であるわたくしが人間に慰められるとは」
「ただな、アイラルン。俺は怒ってないけど、悲しんではいるよ」
土方のために墓でもつくってやりたい気分だった。けれどそれはまだ早いだろう。もし作るとしたら、全てが終わった後だ。
俺たちは戦場から離脱して山中で野宿をしていた。
シワスはあの後、けっきょく俺たちにちょっかいをかけてくることはなかった。だけど俺たちはそこらへんの町に入るようなことはしなかった。いまこの函館付近で、新政府軍の人間ではないということはイコールで旧幕府軍の残党だ。
だから人の目がある場所には行けない。
とはいえ山中も山狩りが行われているようだ。先程、少し離れた場所から人の声が聞こえた。幸いこちらに来ることはなかったが。
「まあ、このさいだ。俺はこの国が今後どうなるかなんてしったこっちゃないし、その規模が世界になったところで同じさ。とにかくシワスを殺す、それしか考えてないよ」
「そうですわね。あの男さえ殺せば、全てが終わります。それはあちらも同じ」
「同じって言うと?」
「おそらく、ディアタナも同じことを思っているはずです。朋輩を殺せば全てが終わる、と」
なるほどな、と俺はこの女神たちの考えを察した。
この代理戦争ももうしばらくで終わるのだ。たしかにな。この函館戦争だって俺たちの負けで終わりなのだ。俺とシワスの殺し合いだって、いい加減終わらせようじゃないか。
「やつら、どこに行ったんだろうな」
「そういうことはわたくし、分かりかねます」
「普通に考えれば五稜郭か……? そこにシワスもいるのか? ただ五稜郭はいま焼けているはずだ。松前城って可能性もあるのか――」
分からない。
どちらだろうか。
「朋輩はどちらだと思いますか?」
「五稜郭だな」
「それまたどうして?」
簡単だ、そちらの方が近いから。
今日の戦場は五稜郭からもほど近い場所だった。おそらく旧幕府軍の兵士は皆殺し――とまではいかないものの、ほとんどが殺され残った人間は捕虜になるか俺のように逃げ出しただろう。
その状況なら新政府軍としては堂々と五稜郭に入るはずだ。解放軍としてな。
それにもう一つ。
松前城までは少し距離がある。シワスの性格上、戦闘の後に離れた松前城まで行くようなことはないだろう。
だから五稜郭だ。
「よし、明日攻めよう」
「五稜郭を、ですか?」
「ああ」
アイラルンは驚いた顔をした。
「えーっと、朋輩。わたくし達だけでですか?」
「そりゃあな。嫌ならお前は待ってるか?」
「シャネルさんは?」
「むしろ待ってて欲しいくらいだけどな。あいつの性格上ついてくるだろ」
「……ですわね」
どうする? と俺はアイラルンに聞く。べつに無理強いするつもりはない。むしろアイラルンが居ないほうがやりやすいくらいだ。なんならシワス1人を殺しに行くだけなら、俺1人でいいのだ。
「い、行きますわ!」
「そうか」
「ここで終わりにしましょう!」
「だな」
これは暗殺というのだろうか、と俺は考えた。
なんだかこれも人聞きが悪いな。
そうだ、決闘と呼ぼう。うん、そうしよう。
決闘ならば、1人で行くべきだと俺は思った。できるだけ誰にも気づかれずにここを出発して、五稜郭まで行ってシワスを殺して、昼前くらいには帰ってきて。
それで俺はシャネルに言うのだ。
――もう全部終わったよ。
それが都合の良い妄想だとしても、そうしたいと俺は思った。
「朋輩、やっぱり怒っていますか?」
「うん?」
「いえ、だって随分直情的ですから……」
「当たり前だろ」と、俺は答えた。「あんたには怒ってないが、シワスは別だ」
あの狙撃から、それこそ腸が煮えくり返っているのだ。
本当はいますぐにでもシワスを殺しに行きたいくらいなのだ。
「こ、怖いですわ」
「なにがだよ」
「朋輩がですわ」
「ふんっ。それよりシャネルはどこに行ったんだ、本当に?」
「え、分からないんですか?」
「なにが? 食料でも採りに行ったのか?」
アイラルンが呆れたような顔をする。
なんだ、聞いちゃいけないことだったのか?
しばらくするとシャネルが帰ってきた。
「ただいま」
「おう、シャネル。どこに行ってたの?」
「ちょっとそこまでね」
「ふーん」
なにしてたんだろうか?
朋輩、朋輩!
と、アイラルンが口をパクパクと動かす。なんだろう?
「どうした?」
なにを言っているのか分からない。パクパク、三文字の言葉をつぶやいているようだ。
「ン、ン、ン!」
まったく解読できない。
「言っておくけどアイラルン――」と、シャネルが怖い顔をした。「私、そんなことしないから」
はて、本当に何の話をしているのだろうか。分からなかった。




