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684 焚き火とか水とか、好きとかなんとか


 宴会をするからと土方は小屋を出ていく。


 準備が整ったら呼びに来るから、少し待っていてくれと。


 土方が出るのと入れ違いに、シャネルとアイラルンが入ってきた。


「不気味だわ」と、シャネルは第一声。


「やっぱりそう思った?」



「土方さんって、あんな人だったかしら。もちろん私はよく知らないのだけど」


「俺が記憶していた土方は、ああいう感じではなかったな。いや、まあ。いちおう2人きりのときは笑ったりしたけど。シャネルたちもなんか言われたのか?」


「そこで出ていくときにね、ニコニコしながら『これから宴会をしますので、ぜひ参加してください』なんて言われたのよ」


「やっぱりおかしいよな?」


 いや、まあ。


 心に余裕ができたということか?


 違うな。


 きっと色々なことを諦めたのだろう。もう死ぬつもりなら、肩肘張る必要がないということだろうか。


「わたくし、あの人、好きですわ。二日酔いのときに助けていただきましたし」


「それは貴女だけでしょう?」


「皆様が言うほど、酷い人ではありませんわ」


 もちろん俺たちだって土方を酷い人間だとは思っていない。これまであいつに助けてもらったことも多々あるのだ。


 ただ、おかしいと思う。


「ま、ただ宴会を開いてくれるって言うんなら良いか……」


「ですわね」


「あんまり飲み過ぎちゃダメよ」


 しばらくすると島田が俺たちを呼びに来た。


「出な、宴会の準備が整ったよ」


「早いね」


「ま、最初から準備してたからね」


「え? そうなの?」


 土方のやつ、恩着せがましいな。まるで俺が来たから準備してくれるような事を言ってたのに。それとも、土方なりに俺を持ち上げたのだろうか?


 小屋から出ると、大きな焚き火が行われていた。


「うーん」


 俺はその焚き火を見て、なんとなく嫌な気持ちになった。


「どうかしたの?」


 と、シャネルは俺の変化にすぐに気づいてくれた。あるいは目ざとく、かもしれない。


「あの焚き火を見ていると、昔のことを思い出す」


「昔のこと?」


「ああ、分かりますわ朋輩。蛮族の宴会ですわねね」


 なんの話だよ、と俺はため息をつく。


「そうじゃなくてキャンプファイアーだよ。ほら、宿泊学習とかあるだろ?」


「なあに、それ?」


 かくかくしかじか、と俺は宿泊学習というものを説明する。


 学校に通っている人たちが一晩――あるいは二晩くらいだろうか――都会の喧騒から離れて山の中なんかにある宿泊施設に泊まるのだ。


 だいたい夜の時間にキャンプファイアーをして、そこで踊るわけだ。


「マイムマイムってね。ん? マイムってなんだ?」


「水、ですわ」とアイラルン。


「え、水のことなの!?」


「はいですわ。ヘブライ語ですので、あまり馴染みはありませんよね。あれは水が出てきて嬉しいと、そう踊っているのですわ」


「なんかキャンプファイアーとは間逆な気が……」


「ですわね」


「よく分からないけど、そういうものがあるのね」


 で、まあ踊るんだけど……。


 失敗したなぁ……。


 ちゃんと踊れなかったんだよね。まあ、その頃はべつにクラスでイジメられてたわけでもないから、良かったんだけど。


 ただ、良い時代があれば悪い時代もある。その悪い時代の記憶というのは、しょうがないと思えるのだが。良い時代の悪い記憶というのは後から思い出しても身悶えするものだ。


「まさか踊らないよな?」


「どうでしょうかね?」


「あら、踊りなら得意よ」とシャネル。


「そうでしょうな、俺は苦手だけど」


 火の近くには土方がいて、どうやら手ずから酒を振る舞っているようだった。


 俺たちもさっそく酒を貰いに行く。


「大事な作戦の前だ。あまり酔っ払われても困るので、一杯だけだぞ」


 土方はいつもの男言葉に戻っていた。


 しかしその笑顔は柔和なものだった。


「一杯で~も、ニンジン」


「アイラルン、もう酔っ払ってる?」


「そんなことありませんわ!」


「おいおい、困るぞ。ほどほどにな」


 やっぱり笑顔の土方は小さなコップをくれた。といってもお猪口よりは大きく、湯呑よりは小さい程度。そこになみなみと酒をついでくれる。


「ありがとう」と、俺。


「ああ」


 まだ話していたいこともあったが、みんな土方に酒をついでもらおうと並んでいた。なので俺はその場を離れる。少しすれば土方も時間が開いて、ゆっくり話すこともできるだろう。


 それまで俺はシャネルや、アイラルンと話をしていよう。


 そう思ってキャンプファイアーから少し離れた場所に腰を下ろした。


「私、これいらないから」


「では、わたくしが」


「嫌よ、私はシンクにあげるって言ったの」


「い~、依怙贔屓えこひいきですわぁ!」


「依怙贔屓……えこってなんだ? 環境に配慮することか?」


「エコは大事ですわ、地球環境も大事ですわ、核戦争とか嫌ですわ」


「……? 私はアイラルンが何を言ってるのか分からないけど、依怙って他人を頼りにすることじゃなかったかしら。あとはまあ、それ自体に他人を贔屓するという意味もあったはずよ」


「ほえー」


「シャネルさんは博識ですわ」


「褒めてるつもり? それともけなしてる?」


「まさか!」「まさか!」


 俺たちはそろって首を横にふる。シャネルは不満そうに自分の分のアルコールを一息で飲み干した。まるで水のように、だ。


「やっぱりあげない」


「あーあ、アイラルンのせいだ」


「朋輩のせいですわ!」


「ふんっ」


 シャネルはご機嫌斜め。


 斜め? どうしてご機嫌が斜めになるとへそを曲げたという意味になるんだ? ん? どうしてへそって曲がるんだ!?


 俺は自分の中に出てきた疑問符を全て忘れて、酒を飲んだ。


 美味しい。


 が、すぐになくなった。


 アイラルンの方もだ。アルコールの度数はむやみに高く、また味も雑味が多い酒だった。それでも、まだ飲みたいと思えた。


「ふむ……飲みたりませんわ」


「だな」


「朋輩、もう一杯もらってきますわ!」


「土方がくれるかな?」


 一杯だけと言ったら本当に一杯しかくれない女だと思うが。


「大丈夫ですわ。他から調達してきますわ」


 そう言って、アイラルンは立ち上がり、てこてことどこかへ行った。


 俺はシャネルと2人になる。


「ふふっ、あの女神もたまにはやるじゃない」


「え?」


「自分が邪魔者だと思って離れたのよ、きっと」


「いやあ? アイラルンがそんなこと思うかな」


 ただ単にアルコールが飲みたくて探しに行っただけだと思うけど。


「違うとしてもそういうことにしておきましょう、その方が楽しくお話できるわ」


 ふと見ればシャネルは地面に座っているのではなく何か布のようなものを敷いていた。用意が良い。


 膝を抱えて、体育座りをしている。


 頬が赤いが、酔っているわけではないだろう。


「火って不思議だわ」と、シャネル。


「なにが?」


「あんなに綺麗なのに触ると火傷するんだから」


 俺は火というものを綺麗だと思える感性は持ち合わせていなかった。けれどシャネルがそう言うのならば、そうなのだろうなと思った。


「みんながそれぞれ思い思いの話を火を囲んでしてる」


「どんな話してるんだろうな」


「それには興味がないわ。ただ私は人がそこで思い思いのことをしている、ということが素晴らしいと思うだけ」


「どうしてそう思うの?」


「どうしてかしら……たぶん私、他の人たちに意思があるというのがいまいち信じられていないのね。だから他の人たちがやっている行動っていうものをまじまじと見ると、不思議だな、楽しいなぁって思うのね」


「なんだそれ」


 人に意思があるというのが分からない?


 たしかにまあ、シャネルってそういう部分あるかもしれないな。


「ねえ、シンク」


「どうした」


「私のこと、好き?」


 俺はこくりとうなずいた。


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