682 弁天台場にて
とっぷりと日が暮れて、俺たちは弁天台場へと向かった。
もちろん見張りの兵もいるだろうが、軍隊が動くならまだしもこちらは3人での行動だ。見つかることなく近くまで行けた。
それでも入り口の兵士には事情を説明しなければならない。
頼むから俺のことを知っている人であってくれよ、と思いながらも、俺はシャネルとアイラルンを少し離れた場所において1人で弁天台場へと通じる坂道を上がった。
門のような、櫓のようなよく分からない建造物がある。そこの上には兵士が数人いて寝ずの番をしていた。
兵士の1人が俺に気づいた。
「止まれ!」
と、叫んでくる。
俺は素直にその場に止まった。
「誰だ、貴様!」
「榎本シンクだ」
「知らない! 敵か、味方か!」
その質問、頭悪そうじゃないか? と思いながらも「味方だよ」と答えた。
「証拠はあるのか!」
「証拠って言われてもな……ああ、そうだ。土方に会わせてくれ。そしたら俺の顔を見て判断してもらえるはずだから」
「お前みたいな怪しいやつに土方さんを会わせるわけがないだろう!」
うん、それもそうか。
はてさて、どうすれば良いのかな。
「とりあえず中に入れてくれよ」
「ダメだ!」
「うーん」
どうしようか。
本当に一回でも土方に顔を見てもらえば分かるんだけど。そこをなんとか、と頼み込んでも強情だ。どうやら弁天台場に援軍が来るだなんて、兵士たちも思っていないようだ。
まあ、援軍って言っても俺とシャネル、あとついでのアイラルンくらいなんだけどね。
「ちょっとそこで待ってろ! いま人を送るから!」
「本当に味方なんだけどなぁ……」
しばらく待っていると、門から若い兵士が三人出てきた。
武器を置け、と言うので俺は刀を地面に置いた。
「下がれ、下がれ!」
「はいはい」
俺は敵意がないことを示すために両手も上げてやる。
1人が俺の刀を拾い、2人が恐る恐るこちらのボディーチェックをしてくる。ベタベタと無遠慮に体を触られる。
「お、おい。これはなんだ! 懐になにか入ってるだろう!」
「ああ、それモーゼル。それも武器だから取っていいよ」
「むっ……素直だな」
「だから味方なんだって。なにもしないから、中に入れてくれよ。俺はあんたらの援軍だ」
「援軍って、お前1人か?」
「いいや」
俺の言葉に、兵士たちは少し安心したようだ。
「ご、五稜郭からの援軍か?」
「いちおうね」
「やった! それで、何人くらいだ? 100人くらい?」
俺は茶目っ気を出して、指を3本たててみせた。
「300人!」
「いいや、違うよ」
「まさか3000!」
「すげえ、五稜郭の全戦力をこっちに回してくれたのか!」
「あはは、違う違う」
「え? じゃあ、30人?」
そんなもんだよな、と兵士たちは少しだけ残念な顔をした。
俺はそれを見て申し訳なくなる。
「ごめん、3人だ」
「えっ?」
「すまんね、少なくて。でもほら、一騎当千って言うでしょ? 俺が1000人分の働きするから、それで勘弁して」
「それ援軍なのか?」
「こっちに落ち延びてきただけじゃないのか?」
「って言うか、五稜郭いまどうなった?」
「さあ、どうだろうな。とりあえず入れてくれるんだよな?」
「まあ、良いか。それであと2人は?」
俺はシャネルとアイラルンに「お~い、良いってさ!」と声をかける。
ひょっこりと、アイラルンが遠くの木陰から姿を現した。
そしててこてこと近づいてくれる。
「女だ……」と、兵士の1人がしみじみと言った。
「美人だな」
「久しぶりに見た」
かわいそうに、こんなところにいたから、女の人を見るのも久々でアイラルンですら可愛く見えてしまうのだろう。
いや、まあアイラルンはいちおう美人なんだけどね。性格に難があるだけで。
「入れていただけますのね?」
「もちろんです!」「どうぞどうぞ!」「疲れてなどいませんか!」
兵士たちはアイラルンをまるでお姫様のように扱う。
「ほ、朋輩。げへへ、わたくしもしかして人気者?」
「砂漠にあるオアシスなら、それが泥水でも人は飲むからな」
「泥水ってオアシスって言いますの?」
言わない?
そんなことを言っていると、後ろからシャネルが来た。
「わっ、また美人が!」「すごい髪の色!」「すげえスタイル……」
シャネルは賛美の声を右から左へ受け流す。男たちに視線すらくれてやらない。それがまた、いかにも高嶺の花という感じだ。
「ぐぬぬ、視線を取られてしまいましたわ!」
「一発芸でもしてみたらどうだ? そしたらみんな見てくれるぞ」
「わたくしにそのようなことをしろと!」
「2人とも、バカなこと言ってないで。中に入れるのでしょう? 行くわよ」
はーい、と俺たちはシャネルについて弁天台場の中へ入る。
中に入って、「それで土方は?」と、また聞いてみる。
「お前ら、本当に土方さんの知り合いなのか?」
「疑ってるのかよ、大親友だって」
「ですわ、ですわ!」
怪しそうな目で兵士たちは俺を見る。
どうにかして信じてもらおうと思って周囲を見回す。
「おっ」と、思わず声を出してしまった。
ちょうど知った顔が歩いてきた。
おどろくべき長身、プロレスラーみたいな体躯、そのくせ女なのだからびっくりだ。
「おおい、島田さん!」
歩いてきたのは新選組の島田魁だった。
江戸で一度やりあったことがある。あの頃はまだタケちゃんの名前を語っていなかったから、やつが知っているのは俺――つまり榎本シンクのはずだ。
「ん? あんた……」
「やあ、久しぶり。トシさんいる?」
島田は嫌そうな顔をした。
「あんた、何しに来たんだい?」
「見てわからない? わからないか、俺は加勢に来たんだよ」
「そうですわ、マーズに来たんですわ!」
ちょっと待って、いまアイラルンがなにか言った気がするけどよく分からない。
「帰りな」
てっきり喜んでくれるかと思ったら、島田ははっきりと拒絶の言葉を発した。
「え?」
「ここにあんたのすることはないよ。副長に会わせるわけにもいかない」
「どうしてそんなこと言うのさ?」
どう見たって弁天台場は人手不足だ。
いまは少しでも戦力が欲しいときじゃないのか?
「もう一回だけ言う、帰りな」
「帰れない!」
「あんた……死にたいのかい?」
「そんなわけないだろ」
考えなしに、俺は答える。
死にたいかと聞かれて、はい死にたいですと答える人間はそういないはずだ。
けれど言ってから気づいた。
――ああ、違うのか。
ここにいるの人たちは死にたいのだ。
島田は不思議なくらい優しい顔をした。
「だからね、あんたは帰るんだよ」
俺はなんと答えればいいのか分からない。
ただじっと、島田の目を見つめた。




