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679 魔法


 シャネルがどうするのか分からないが、任せろと言ったのだから心配いらないのだろう。


 俺はシャネルに対する絶大な信頼感を持っていた。


 シャネルが大丈夫だと言えば大丈夫だし。


 任せろと言うならば任せても良いのだ。


 もしかしたらシャネルが白と言えば、黒も白なのかもしれない。


「風が吹いてるわね」


「まずいのか?」


「いいえ、これくらいならむしろ歓迎よ」


 杖を握るシャネルは片目をとじて、照準を合わせるように甲鉄艦を見た。


 相手の射程はすでにこちらの海賊船をとらえているのか、前方の大砲が火を吹く。弾は直撃せずに、こちらから見て右の方の海に落ちた。


 水しぶきがあがり、甲板の上まで飛び散ってくる。


「下手くそ!」


 と、俺は叫ぶが、キャプテン・クロウは青い顔をした。


「いいえ、かなりの精度です! 次は当てられるかもしれません!」


「そうなのか?」


 どれくらいの距離が近くて、どれくらいが遠いのかはよく分からない。


「大丈夫よ、その前に終わらせるわ」


 杖がかかげられた。


 俺はすぐにシャネルがなにをしようとしているのか察した。


「魔法を使うのか?」


 使えるのか!


「任せて」


 もちろん任せるつもりだ。


 しかし不発に終わらないか?


 中二病全開の詠唱をして、なにも出ませんでしたで、こっ恥ずかしい思いをしないか!?


 けれどシャネルは俺の心配などよそに、堂々と歌うように詠唱を開始した。


「無窮の火よ、無謬の水よ、我が求めしは永遠の愛。人、人、人と人は言い、美、愛、真実と生をたゆたう! ――『フラム・ロマン・フルーヴ』」


 その詠唱に呼応するように、まず甲鉄艦の周りの水が柱のように上空に舞い上がる。水の柱はまるで意思をもつようにぐにゃりと曲がって、甲鉄艦を締め付けるように取り囲む。


 次の瞬間、その水は炎に変わった。


 水なのか炎なのか分からないそれは、甲鉄艦を締め上げ、そして金属製の装甲をドロドロと溶かしていく。


 船内はいまごろ大パニックだろう。


 シャネルはまるで指揮棒を振るように杖を動かす。そのたびに炎は蛇のように甲鉄艦の側面を蛇行していく。


 やがて、船は炎に包まれた。


 そして、そのまま沈んでしまった。


「ふうっ……まあ、こんなものかしらね」


「いやいやいや」


 こんなもの、じゃないよ。


「あら、ごめんなさい。沈めちゃったわ! 略奪、するつもりだったのよね」


「いやいやいや」


「なあに、シンク。そんな不満そうな顔して」


 不満などもちろんない。


 ただ、ねえ?


「なあ、シャネル。魔法使えないんじゃなかったのか?」


「使えるようになったのよ」


「なんで!?」


 だってそういう話だったじゃん! 


 この国では魔法は使えないって、最初からそういう設定だったじゃん!


 なのになにこれ? あきらかな大技だったよね。海からドバーッて水でてき、それが、え? いきなり炎に変わって? 水は炎に変わりません!


「困ったわね……どこから説明しようかしら」


「ちゃんと説明してくれよ」


「あのね、使えるの。この国では魔法」


「だって使えないって」


「ううん、使えるの。だってここ、ジャポネじゃないもの」


 ジャポネじゃない?


 どういうことだ、と言おうとして俺は気づいた。


「あっ、そうか……ここは蝦夷共和国なのか」


「ようするに気の持ちようね。ちょっと前にね、もしかしたら使えるんじゃないかって思って試してみたの。そしたらちゃんと使えるじゃない。アイラルンにも相談したら、まあそういうこともあるんじゃないかって」


「そういうこともあるって……じゃあなんで今まで教えてくれなかったのさ」


「せっかくだから驚かせようと思って。どう、驚いた?」


「そりゃあね。どうにかするって、どうするつもりかと思ったよ」


 なんとかなったでしょ、とシャネルは笑う。


 俺は苦笑いだ。


 久しぶりにシャネルの魔法を見た。そのせいか、彼女の魔法の規模というものを忘れていた。


 そうそう、こんな感じだったよねシャネルの魔法って。


 規格外で、むちゃくちゃで、暴力的で。


 でも間違いなく頼りになる。


「あらんっ?」


 シャネルがよろけた。


 俺は彼女の肩を支える。


「大丈夫か?」


「久しぶりに大きなのを使ったから、加減を間違えちゃったわ。ちょっと疲れたの」


「部屋に運ぶよ」


「うん、ありがとう」


「すごいですね!」と、キャプテン・クロウが嬉しそうに叫んでいる。


「まあね。シャネルだから」


「いえいえ、榎本さんもさすがです! 単身乗り込んできた敵をやってしまったのですから!」


 本当のところは逃したのだが、まあキャプテン・クロウには分からなかったようだ。


 船員たちは大喜びだ。そりゃあそうか、あんなに恐ろしい甲鉄艦をこちらの被害をほとんど出さずに沈没させたのだから。予定していた略奪は行えなかったものの、命があるので大満足という感じだろう。


 俺はシャネルを部屋に連れ帰る。


 そして、ベッドの上でぼーっとしていたアイラルンをどかす。


「朋輩、すごい魔力でしたわね」


「だな」


 シャネルはベッドに横になる。


「それに少々、あの女神の感じもしましたわ」


 あの女神、というのはどう考えてもディアタナだろう。


「シワスに襲われた」


「あら、それで大丈夫でしたの?」


「だからここにいるんだろ。ただ、逃げられた」


「大丈夫ですわ。どうせまた来ます」


「……そのようだな」


 しかし次は逃したくない。どうするか、それまでに考えておくべきだろう。


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