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678 梅干しの種


 すぐに答えはでない。


 なので、俺は少しだけシワスと会話してやることにした。本当は戦いの最中にペラペラと喋るのは趣味じゃないのだが。


「砲弾に乗ってきたか、無茶苦茶なやつめ」


「ああ、分かった?」


 当たり前だ、と俺は舌打ちする。


 まさか瞬間移動できるわけじゃあるまいし、こちらの船に跳び移ってくる方法など限られている――いや、シワスたちは瞬間移動ができるのか? 魔法が使えるようだし。


「お前の女はどうした?」


「クリスはいないよ」


「いいのかよ、お前のママだろ。いないと泣いちゃうんじゃないか」


 俺はできるだけ挑発的な言葉を選んだ。


 それで激昂するならやりやすいと思った。だが、シワスはふっ、と笑う。


「榎本、お前って本当に小さい男だよな」


「なに?」


「分かるよ、お前は余裕がないんだ。だからそうやって他人に対して強い言葉でしか出られない。そんなんだからイジメられるんだ」


 なにかが切れた。


 苛立たしさとか、そういうレベルじゃない。


 目の前の男を早急に殺さなければならないと、そう思ったのだ。


「黙れ……」


 俺は他の人たちと分断されるように、シワスと向き合っていた。おそらくシワスがそういうふうに動いたのだろう。


 船員たちはシワスに向かっていく。


「やめろ!」と、俺は思わず叫んだ。


「邪魔だよ!」


 ただ、触れただけに見えた。


 だというのに、シワスの周りにいた船員たちは切り刻まれている。


「お前たち、下がれ! 俺がやる!」


 とはいえ、武器がない。


 俺の刀はどこだ、と探す。シャネルが拾ってくれていた。だが、こちらに投げるのを躊躇しているのだ。さきほどキャプテン・クロウが投げたサーベルが落されたから、それを警戒しているのだろう。


 どうする?


 そう思った瞬間、俺は自分のポケットの中のことを思い出した。


 俺はそこから梅干しの種を取り出す。さっきアイラルンが食べていて、吐き出したものだ。


 梅干しの種を指で弾き飛ばした。


「おっ!」


 一瞬では俺が飛ばしたものがなんなのか、シワスは分からなかったはずだ。


 ただの梅干しの種を大仰な動作でよけた。


 それが隙となる。


 俺はシワスに急接近して、胸ぐらを掴み、振り回すように甲板に倒した。


「シンク、これ!」


 シャネルが俺に刀を渡してくれる。


「おう、まだ下がってろよ」


「分かったわ」


 シワスは立ち上がった。照れたように笑っている。


「はは、榎本。やってくれるねえ」


 しかし少しだけフラフラしている。いま甲板に倒されて、それなりにダメージがあったのだろう。


 ここで殺す。


 俺はそう決意して、刀を構えた。


 なんだか心臓がドキドキしていた。冷静さを欠いていることは自分でも理解できる。落ち着けと言い聞かせるが、ダメだった。


 怒りで頭の中が支配されている。


「シワス、お前だけは許さない」


「イジメられっこの引きこもりのくせによ」


 それは、言われたくなかった。


 とくにシャネルの前で。


 恥ずかしさと、怒りと、恐怖で心の中がぐちゃぐちゃになる。恐怖、そう、恐怖だ。俺がイジメられっこだったと知って、シャネルに嫌われるんじゃないかという。


 だけど俺は復讐をしたのだ。あの5人に、だからもう前に進んだんだ。


 こいつが、こんなバカげたことを言わなければ、俺の心は平穏でいられたのだ!


「殺す!」


 シワスが武器を作り出した。今度は目も見張るような大剣だ。馬だって一息で斬れそうなくらいの。一メートル以上はある。


 そんなものを振り回せるのだろうか? できるのだろうな。


「やってみろ、榎本!」


 すわすが巨大な剣を振るった。その瞬間に突風が吹く。まるでその場にある空気をもろとも切り裂いているようだ。


 ブン、ブンと剣を振り回すたびに風がうずまいていき、次第に竜巻のようになる。


 誰も近づけなくなる。モーゼルだって撃ったところでなんにもならないだろう。


 ――だからどうした?


 俺は構わず突撃する。


 風が俺の体を傷つける。だが少しの痛みなど我慢する。そういうことができるから、男の子なのだ。


 刀を突きの姿勢に構えた。


「ふんっ!」


 巨大な剣がこちらに振り下ろされてくる。


 だがそれすら、俺は構わず突き進む。


 バチン、と特大の静電気が弾けたような音がして、魔法陣のエフェクトが出た。その瞬間、シワスの剣は消え去っている。


「うおおおっ!」


 俺はシワスの胸に刀を突き刺した。


 そしてそのまま、力いっぱい横にスライドさせる。


 胸の、少ししたのあたりをバックリと斬ってやった。


「な、なんで剣が――」


「悪いな、そういうスキルだ」


 こちらはところどころの擦り傷。その程度の軽症。


 対してあちらは胸を引き裂かれていた。


「くっ……ふざけるなよ」


 シワスは根本から消滅した巨大な剣を手放すと、また新たな武器を作り出した。だがその瞬間に膝をつく。


 俺は小さく息を吐いて、冷静になろうと努力する。


「死ねよ」


「と、止まれ……」


「命乞いでもしてみるか?」


 もちろんそんなことをしたところで助けてやる命じゃないが。


「止まれって……言ってんだろ!」


 その瞬間だった。


 あたりがいきなり静かになる。


「なっ――」


 この感じ、アイラルンが出てくるときに何度か感じたことがある。


 周りで動いている人がいなくなる。海の波だって止まる。動いているのは俺とシワスだけ。


「クソ……ふざけやがってよ、榎本シンク!」


 なぜ時間を停めた、その理由が分からない。


 だが、なんにせよこいつを殺さなければ。そう思って俺は刀を振り上げたのだが、その瞬間だった。


 シワスの体を光が包む。


 そして、その体が消え去った。


「なっ!」


 一瞬、なにが起こったのか分からなかった。


 しかし次の瞬間に気づく。


 逃げられたのだ!


 シワスが消えたのだ。


 そして停まっていた時が動き出した。


 音が戻る。


「シンク!」


 シャネルが心配そうに俺の名前を叫んだ。


「逃げられた」


 対して、俺は冷静だ。


 いまさら冷静になっても遅いと言うのに。


「えっ? あれ? さっきの男は?」


「消えた。ちくしょう、もう少しだったのに」


 クリスとかいう女のしわざか、はたまた女神ディアタナか。なんにせよ卑怯だと思った。


 俺のスキルだってチートだが、あっちも大概だ。


 女神がついているなんて。


 あ、いや。こっちにもいちおう女神はいるのか。邪神みたいなもんだけど。


「榎本さん、いまの敵は!」


「なんとかしました。もう考えなくていいです」


 それよりも、いまは甲鉄艦だ。


 シワスの脅威が去ったいま、俺たちの敵は甲鉄艦だけ。


 むしろ個人の力で対応できたシワスのほうがまだ可愛いかもしれない。見れば見るほど、こんなものどうして良いのか分からなかった。


 だが、シャネルは後を私に任せて、と微笑むのだった。


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