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675 着替えと船出


「こっちの服が良いわよ」


と、シャネルが俺にコートを渡してくる。


かつてガングーが愛用したという丈の長いコートだ。黒を基調とした生地に、赤の差し色が入っていて、なんとなく洒落て見える。


「おう」と、俺はそれを受け取る。


 この服を着るのも久しぶりだなと思った。刀をけば様になって見える。


「朋輩、朋輩、これ見て下さい!」


 アイラルンがキャッキャと喜びながら、俺の前でターンしてみせた。


 フワフワしたスカートの裾がなびいて、アイラルンの長い金髪が傘のように広がった。


「似合ってます?」と、聞いてくる。


「ああ、似合ってるぞ」


 アイラルンが着ていたのはシャネルのロリィタ・ドレスだった。ピンクと白の可愛らしいもので、砂糖菓子みたいにキラキラしていた。


 あまりシャネルが着ているのを見たことがない、甘ったるいロリィタだった。逆に、誰かに服をプレゼントするとき、シャネルはよくこういった可愛らしいものをくれてやる。


 もしかしたら、シャネルのやつ本当はこういう可愛らしさ全開のロリィタファッションがしたいのかもしれないと思った。


「ねえ、シンク。私は?」


 そのシャネルさん、今日も黒を基調としたゴシック・ロリィタのドレスを着ている。


 黒といえばシャネル、と言ってもいいくらい、シャネルにはこういう服が似合うと思う。


「可愛いよ」と、俺は答える。


 本当は俺の好みとは違う服装だ。けれど、これまでずっとシャネルと一緒にいて、見慣れたというのは表現が悪いかもしれないが、まあそういうことだ。


 むしろ俺はシャネルが普通の服を着ている方がおかしいと思うだろう。


「ふふっ」


 シャネルは照れたように笑うと、俺から少しだけ離れた。


 まるでその分、近づいてきて欲しいとでも言うように。


「今日はね、赤と黒なのよ」


 ルージュ。


 ノワール。


 と、シャネルは歌うように言った。


「お揃いですわ!」と、アイラルン。「良いなぁ!」


 言われて気がつく。俺の服とシャネルの服は配色が同じだ。まず黒があって、そして赤い色が混じっていく。


 シャネルをまじまじと見つめた。


 真っ白い雪白のような髪はなめらかで、美しい。頭には飾りである小さな帽子が、ケーキに乗るイチゴのようにちょこんと乗っている。


 黒を基調とした生地に、赤いレースとフリルたち。


 シャネルの優しさと、バイオレンスさが入り混じったような、そんな印象を与えられた。


「あー、そのなんだ?」


 なんと言えば良いんだろうか。


 シャネルは何か言ってほしそうだ。


 さっき可愛いって言ったよな? それ以外だと……えーっと。


 好きだよ、とか?


 いやいや、言えないぞそんなことは。しかもアイラルンが横にいるわけだし。そんなこと言っちゃったら末代まで笑いものだ。


 いや、俺に末代なんているのか知らないが。


 え、もしかして俺が末代? 子供なんて作る予定、いまのところまったくないし。


「混乱してきた」


「どうしたの、シンク」


「あ、いや。こっちの話。なんにせよお揃いだな」


「他に言うことはないの?」


「いまは、ない」


 と、俺は含みをもたせた。


 そうすると、シャネルは「じゃあ後で、2人きりのときにね」と言ってくれた。


 アイラルンは「ほげー」とアホそうな顔をしていた。


 さて、俺たちは最後の準備を終えた。


 これから俺たちは五稜郭を出る。


 逃げるのではない。


 俺は俺として、復讐をしにいくのだ。


 こちらの本陣に入ってきた情報によると、シワスの姿が海沿いの防衛隊により確認されたらしい。どうやらシワスは船に乗って移動しているらしく、いくつかの海沿いの警備部隊がやつにやられていた。


 なぜこちらに来ない?


 やつは俺を殺すためにいるんじゃないのか? 違うのか? ディアタナは何を考えているのだ、やつの目的は――。


 おびき寄せようとしているのか? この俺を?


 だとしても良い。


 好都合だ。


 昔の人はいいことを言った。虎穴に入らずんば虎子を得ず、と。


「行くぞ、向かうは弁天台場だ」


「朋輩、もしかして土方さんを助けに行きますの?」


 俺は首を横に振る。


「それは二の次だ。もちろんそうなれば良いなとも思うけど、あれもこれもって考えないことにする。俺の目的はシワスへの復讐、それだけだ」


 分かりました、とアイラルンがうなずいた。


「でもシンク、どうやって弁天台場ってところまで行くの? 馬で早駆けさせても数日はかかるわよ」


「そこは俺ちゃんも考えた。そしていい考えが浮かんだ」


「まあ」


「珍しいですわ!」


 なんだか2人にバカにされている気がするけど、俺だってたまには名案くらい思い浮かぶさ。


 部屋を出て、外に行く。


 部下たちが俺をタケちゃんと勘違いして敬礼を送ってくる。が、俺は手を横にふる。


「違うよ、俺は」


 と笑いながら答えた。


 え? と、部下たち――厳密には元部下というべき人たちだろうか――は、不思議そうな顔をした。


「俺はシンクだよ」


 馬に乗り、俺たちは近くの港を目指した。函館はすでに敵に包囲されており、落ちるのも時間の問題だ。


 それに対して反撃する力すら失っている俺たちは、すでに意味のない籠城をすることとしていた。こんな状態では榎本武揚という旗頭すらすでに必要ない。


 俺は澤ちゃんと相談してこの戦争を終わりにすることにした。


 榎本武揚は死に、俺は生き返ったのだ。


 ――港には一隻の船があった。


 ここを函館からそっぽを向いた位置にあり、敵の手が回っていない。それに元からここには軍艦が置かれていなかった。


 変わりに、軍艦としては小柄な船が一隻だけ停泊していた。


 その船から、片腕のない男が嬉しそうに降りてくる。


「榎本さん!」


「やあ、キャプテン。準備は整ってるかい?」


「もちろんです!」


 キャプテン・クロウ。


 俺たちをドレンスからここ、ジャポネまで連れてきてくれた男だ。


「お久しぶりですわ!」と、アイラルンが挨拶する。


 シャネルは済ました顔でここまで乗ってきた馬たちを逃してやる。元から船に乗せるつもりはない。


 俺の考えとはこうだ。


 機動力の高いこの船を使って、弁天台場まで一気に行く。そこでシワスを待ち受ける。


 弁天台場の方は現在、小競り合いの真っ最中らしい。


 そこを指揮しているのは土方だ。彼女はまったく降伏するつもりはないようで、徹底抗戦の構えをとっていた。


 この蝦夷共和国で、現在も戦い続けているのは土方たちだけだろう。いや、すでに蝦夷共和国ですらないのだろうか。


 澤ちゃんの話では、蝦夷共和国はもう降伏を決めているらしい。


 そんな状況でもまだ戦おうとする人間が、ここにはいるのだが。


「では榎本さん、良いのですね!」


「おう、キャプテン、悪いけど戦場までひとっ走りしてくれ」


「分かりました。よし、野郎ども、錨をあげるぞ!」


 俺たちは海賊船に乗り込む。


 キャプテン・クロウには申し訳ないが、もう少しだけ付き合ってもらおう。


 頼みますよ、と笑いかける。キャプテン・クロウは任せて下さいと笑ってみせる。死ぬことなど怖くはない、といった感じだ。ありがたい。


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