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067 オトリ


 ………………。


 で、気がつけばローマに揺り起こされていた。


「おい、おいってば。シンク、なにのんきに寝てるんだよ!」


「……んっ? ああ、ローマ。起きたのか」


「起きたのか、じゃないぞバカっ!」


 ポカリ、と頭を叩かれる。


 あんまり痛くねえなぁ……。


 まだ眠たい。


「どうした?」と、俺は聞く。


「どうしたもこうしたも、囲まれてるんだよ! 警察に! なんでのんきに寝てるんだ、逃げなくちゃダメだろ!」


「……マジでか!」


 くそ、うかつもうかつだった。ローマは追われているんだった。


 どうしてこの場所がわかったのかは知らないが、俺たちは現在ピンチらしい。


 奥の部屋から治療師の男が出てきた。その顔は無表情だ。まさかこいつがタレコミでもしたのかと思ったがどうやら違うらしい。


「お前たち、厄介事を運んできたな」


「すいません」とローマが謝る。


「まさかお前たちがお尋ねものだったとはな。連絡はそこかしこに回っていたが。ふむ、半人二人組と聞いていたから違うと思っていたんだが」


「僕はそうですがこいつは違います。だから悪いのは僕だけです」


「そうなのか?」


 治療師の男は俺に聞いてくる。


 いいや、と首を横に降った。


「ローマを助けようとしたのは俺だ。だから悪いのは俺さ」


「そんなわけないだろう! シンクは僕のことを思ってやってくれたんだ!」


「シンク……か」


 治療師の男がこちらを見る。


 やっぱりだ、俺はこの男を知っている。この男の目を、知っている。


 でも俺が復讐したい相手ではない。それだけは確かだ。


「いくつだ?」


 と、男が聞いてくる。妙な質問だなと思いながらも、


「17だ」


 答える。


「……若いな。それでお前たち、どうするんだ? 暴れるなら中ではやるな、外にでてやれ」


「あの僕だけ出ます。だからシンクをかくまってくれませんか?」


「ローマ、お前なに言ってるんだよ!」


「だってシンクは関係ないだろ。僕だけが捕まればあいつらは納得するさ、シンクまでお縄になることはない」


「でもそれじゃあ……」


「かくまうことはやぶさかじゃないが」


 治療師の男がそれでいいのか? と首を少しだけかしげた。


「大丈夫だよ、むしろ牢屋の中のほうが他のサーカスのメンバーに殺される心配が減るだけ、安心ってものさ。な、いい考えだろ」


「しかし何されるか分からないぞ」


「いいよ、そのかわりミラノのことは絶対守ってくれよ。約束だぞ」


 ローマの目は真剣そのものだった。


 だけどこっちだって引くわけにはいかない。


「ダメだ、お前一人をオトリにするなんてできない。そんなことをするくらいなら俺が外にいるやつら全員やっつける」


 俺は剣を掴む。


「待て、それじゃあシンクまで本当に犯罪者になっちゃうぞ」


「いまさらそれがどうした!」


「それじゃあダメだよ、それにそんなことして僕たち二人がお尋ねものになったら誰がミラノを守ってくれるんだよ。頼むよ、僕にはシンクしか頼れる人がいないんだ」


 ローマは泣きそうな目で俺を見つめる。


「いきなり、都合の良いお願いだって分かってる。僕はお前のことを殺そうともした。シンクがミラノを守る理由だってないかもしれない。でもお願いだ、僕の代わりにミラノだけは守ってくれ」


 ローマはシャネルにやったように、俺にも頭を下げる。


 俺は小さなため息をついた。


「どうしてそこまで、あのエルフの女の子を守りたいんだ」


「僕たちが友達だからだ、親友だからさ」


 俺は頷く。


 友情は嫌いじゃない、むしろ好きだ。俺はそんな親友いなかったけどさ。いなくなったけどさ。でも、イジメられっ子だって本当は友達がほしいもんだぜ?


「なあ、ローマ。俺たちだって友達だよな?」


「え?」


「だって一緒に冒険しただろ。スライム倒してさ、ぷにぷにシシだったか? あいつの肉あんまり美味くなかったよな」


「そうだな」


 クスリ、とローマが笑った。


「全部終わったらさ、今度はもっと美味い肉くおうぜ。それまでさ、お互い頑張ろうな」


「う、うん」


 決定だ、俺はローマをオトリにする。


 そしてローマの願いどおりにミラノちゃんを守ってやるさ、全力で。そうすれば水口に対しても損害を与えられるんだしな。俺の復讐にもなる。


「じゃあ僕、行きますから」


「良いだろう、こいつのことはかくまってやる」


「ローマ、死ぬなよ」


「もちろんさ。それに上手いこと逃げられるかもしれないだろ」


 そうだな、と俺は笑った。


 ローマは一人で出ていく。


「お前はこっちだ」


 治療師の男がそう言う。


「すいません……かくまってもらって」


 男はなにか言いたげにこちらを見たが、「気にするな」と呟くように言っただけだった。


 俺が通されたのは地下室だった。というよりも薬の貯蔵庫というべきか。


「隠れていろ」


 男は階段の上から俺に言う。


 地下室への扉が閉められそうになる。


「あの、どうして俺にこんな良くしてくれるんですか?」


 ローマじゃないが、俺はこの人にここまでしてもらう理由がない。いきなり夜中にやってきて、お尋ね者を治療してくれなんて厄介事を持ち込んできたのだ。


 普通ならしめだされそうなものだ。


「昔、してやれなかったからな」


 男はそれだけ言うと扉を閉めた。


 ……暗い。


 なにも見えなくなった。


 でも、なんだか心の中に灯りがともったような温かみがある。


 たぶんあの男は俺のことを知っている。申し訳ないが俺は忘れてしまっているが、おそらくは俺と同じ転移者。クラスメイトの一人なのだろう。


「ここから出られたら聞いてみるかな」


 俺はそう思って、地下室の扉がもう一度開くのを待ったのだった。





 扉が開かれたとき、最初に見えた男の顔は、やっぱり誰だか分からないダンディな初老の男性だった。


「帰ったぞ、まったく警官ども。俺にまで根掘り葉掘り聞いてきた」


「あのさ、あんた俺のことを知っているのか?」


 同級生と分かれば敬語はやめだ。


 男は今ごろ気づいたのかとばかりに鼻で笑った。


「知っているさ。その様子じゃあお前は俺のことを覚えていないようだな」


「すまん……」


「別にいいさ、俺はそう目立つ方でもなかったからな」


 そういう意味では俺は目立っていたのだろうか?


 そりゃあそうか、イジメられて不登校になったやつなんてクラスメイトからすれば噂の的だろうな。


「それで気にならないのか、俺がなにをしてるのか?」


 ローマをここに連れてきたのだ、説明する責任が俺にはあるかと思った。


「興味ないな」


 しかし男は首を横に降った。


 そうか……興味ないか。まあ聞かれても言えることじゃないけど、だからこそ逆に言いたくなることってあるよね。童話にもあったろう? 王様の耳はロバの耳ってやつ。


「あ、そうだ。お金……」


 まだ治療の代金を払っていなかった。


 といっても俺は財布を持っていないから、靴下の中に入れていたコインでたりるだろうか。


 俺は靴下の中に入っている中で一番高額とみられる銀貨を取り出す。


 あんまり入れすぎると歩く時に違和感しかないからな、こつは左右に3枚ずつくらい入れること。それくらいならあんまり問題ない。


「妙なところに入れてるな」


「ま、いじめられっ子の習性ということで」


 というか昔もこれをやれば良かったんだよな、それなら財布をとられてもノーダメージだし。さすがに裸にされるようなイジメは受けたことなかったから大丈夫だろう。あ、でも服を破られたこととかはあったか……。


 男は俺の銀貨を受けとると、お釣りも渡さずにそれを自らのポケットに入れた。


 適正価格だったのか、それともお釣りをちょろまかしたのか。あるいは本当はもっとお金がいるのをまけてくれたのか。どれが正解か分からないがこの男は俺にたいして騙すようなことはしないだろう。


「さっさと帰れ、俺はまた眠る」


 何時くらいなのだろうか? 地下室から出てみたが、うっすらとだが外は明るくなっている。


「なあ……あんた」


 俺は男になにかを聞こうとした。けれど、なんなのかは自分でも分からなかった。


「気をつけろよ、まだ警察がいるかもしれない」


「いや……俺は顔もバレてないから大丈夫だと思うけど」


「そうか」


 なんと言ったらいいのか分からず、俺は「また来るよ」と言ってしまった。


「こんな場所こないのが一番だ、怪我には気をつけろ。もっとも、お前が俺のことを思い出したというのなら話は別だがな」


 俺は頭をかく。


「教えてくれれば思い出すかもしれないけど」


「ふん、どだい忘れている相手のことなんてもともと興味がなかったんだ。俺たちなんぞその程度の関係さ」


 たしかに興味がない相手のことなんて忘れるのが普通だ。


 それに相手は成長している、これで17歳のままだったら話は変わるかもしれないが。


「ごめん」


「謝ることじゃないさ、俺もお前以外だったら忘れているやつは多いからな」


 そういうものなのだ。


「じゃ、じゃあ。俺いくわ」


 男はもう何も答えなかった。ただ無言で、少しだけ手を振っただけだった。


 俺は夜明けの街を歩く。


 どうやらもう警察の警戒はとかれたらしく、すっごく静かな時間だった。


 俺はちょっと寂しく思った。甘えん坊なのだろうか、俺は。シャネルはどうしているんだろう。すぐ会えるさ。そう思いながら俺は一人だった。



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