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672 つながる夢


 金山が俺に剣を向けている。


 その切っ先にはまったくブレがない。


「榎本、さきに言っておくぞ。これはお前の夢なんかじゃない」


「なんだと!」


「これは俺たちの夢だ」


 意味が分からなかった。


 ただこの夢は何かがおかしい気がした。


 夢であって、夢ではないような――そんな気がしたのだ。


「お前をこの夢から覚ましてやることは簡単だ。どちらかが――死ねばいいのさ」


「この前のようにか!」


「そのとおり。ただ気をつけろよ、こんな話がある。夢の中で死んだら、脳が勘違いして現実でも死ぬんだそうだ」


 そういう話は、俺も聞いたことがあった。


 まさか、と思った。


 金山はこの夢の中で俺を殺して、現実の俺をも殺そうというのか――。


 しかし、金山はいっこうに俺に剣を突き刺ささない。


 それどころか、距離をとった。


「殺さないのか」


「殺されたいのか? あいにくと、無抵抗のお前を殺したところで俺は面白くもなんともないさ。抜けよ」


 抜け?


 どういうことだ。


 そう思った瞬間、俺は自分の腰回りに重たさを感じた。


 見れば俺の腰には一振りの日本刀があった。柄の部分で分かる、俺の刀だ。


「戦うつもりか」


「ちょっとした余興だと思え。こんな夢の中に閉じ込められて俺だって暇してるんだ」


 閉じ込めれれた?


 この金山はやはり俺の脳が作り出した幻影ではなく、金山の意思を持つ何かなのか?


「お前は何者だ」


「正真正銘の金山アオシさ。もっとも、厳密には記憶の残滓とでも言おうか」


「わけの分からないことを」


「俺とお前の夢は一度つながった時に、そのままになったのさ」


 その言葉で俺は思い出した。


 たしかに俺はいちど、グリースで金山の夢を見た。あのとき、金山も俺の夢を見ていた。


 夢がつながるなんてわけがわからないけど、この異世界ならそういうこともあるのかもしれない。


 俺は刀を抜いた。


「一つ聞く、もし俺がいまお前をもう一度殺せば、お前は俺の夢の中から消えるのか」


「さあ、どうだろうな」


「どうだとしても。殺されるわけには、いかない」


 前回の経験でも知っている、この夢の中では『5銭の力+』もスキルも作用しない。


 死んだら目が覚める。


 あるいは、二度と目が覚めないかもしれない。


 そのどちらかだ。


「いくぞ!」


 金山が剣を振り上げる。


 次の瞬間には、やつは俺の懐に飛び込んでいた。


「くっ!」


 油断した。


 まさかここまで早いとは思わなかった。


 とっさに左腕を前に突き出した。金山が振るう剣の刃の部分を親指と人差し指でつかんだ。


 もちろんそんな程度で切っ先が止まるわけはない。しかし力の向く方向を変えることはできた。


 すれすれで金山の剣が空を切る。


 その間に俺は距離をとった。


「不意打ちかよ」と、俺。


「運動会じゃないからな」


「は?」


「よーいドンでは始まらないさ!」


 金山は間髪入れずに俺に向かってくる。


 金山の剣は肉厚で、重たい分、威力も高そうだ。


 対して俺の刀は細身。軽く薄く、そして早い。しかしその分、耐久性は低い。


 真正面からお互いの武器がぶつかり合うのは不利だと判断した俺は、回避にてっする。狙うはカウンターだ。


「防戦一方か!」


 落ち着け、と俺は自分に言い聞かせる。


 金山の攻撃を避けながら、心を冷静にさせていく。


 やがて、なにか歯車が噛み合うような感覚があった。その感覚すらもすぐに消え去り、俺はまるで水のように澄んだ心で金山を見つめた。


「やめておけ」と、俺は言った。


 もう金山の攻撃は当たらない。


 金山が歓喜のような雄叫びを上げて、俺に斬りかかってきた。


 だがそれを俺は避けるでもなく、すでに当たらない場所へと移動している。そして次の瞬間には――。


 ボトリ、と音がした。


 金山の腕が根本から切断されて、俺の背後へと飛んだのだ。


「なっ!」


 金山は何が起こったのか分からない、という顔をする。


「いちおう聞くぞ。この夢は俺たちのどちらかが死なないと覚めないんだな?」


 俺は眺めるでもなく、金山の全身を視界に入れながら問う。


「そうだ」


 金山は残った腕で肩の根本を抑えながら笑っている。


 夢とはいえ痛覚はあるはずだが。


「悪く思うなよ」


「べつに、また遊ぼうぜ」


 俺は遊んでいるつもりなんか無かったのだが。


 ただ、俺は気になった。


「お前、どうして魔法を使わなかった」


 それともこの夢の中では使えないのか?


「べつに、そんなことしたら俺が勝っちゃうだろ」


「言ってろ」


 本当に遊んでいたつもりだったのか?


 分からない。


 ただ金山は楽しそうだった。


「榎本、俺のアドバイスを忘れるなよ」


 俺は苦々しい思いだ。


 こいつが本物の金山だとすれば、俺はこんなやつにも心配されたことになる。


「お前に言われずとも」


「そうかい。ならまあ、また会おうぜ」


「もう出てくるな」


 俺は金山の首を落とす。


 その瞬間、俺は目を覚ました。


 ――まだ夜だった。


 ベッドの上で半身を起こすと、隣で寝ていたシャネルがピクリと動いた。


 まさか、と思うと目を覚ました。


「……シンク」


「ごめん、起こしたか?」


「ううん、自然と起きたのよ」


 気を使ってくれている? どうだろうな。


「まだ夜だな、もう一眠りするよ」


 と、言ったものの。


 これで眠ってまた夢の中に金山が出てきたら嫌だな。また来たのかよ、って思われそうで。


「そうね、まだ眠いわ」


 ふと、胸の中に嫌な予感が去来した。


 でもそれは俺自身に対するものではなく、虫の知らせに近いものだった。


「おやすみ」と、俺はシャネルに言う。


「ええ」


 シャネルは俺をベッドの中に引きずりこんだ。


 そして何をするかと思えば抱きまくらのように俺を抱く。


 甘い匂いがして。


 俺はさきほどの嫌な夢のことを忘れられた。


 けれど、手の内にはまだ、金山の首を斬ったときの感触が残っていた。俺はその感触を忘れたくて、シャネルの肌を触ってみた。


「んっ……、なあに?」


 シャネルはくすぐったそうな声を出して、いろっぽい吐息を吐き出した。


「いや、あの……」


 本当は胸をもみたかったのだが、俺はどうしてもそれが恥ずかしくて腰の辺りを撫でるように触った。


 すべすべの肌。


 暖かな感触。


 そして柔らかい。


 俺の指はズブズブと沈み込むようにシャネルの肌に包まれる。


「ねえ、冷たいわ」


「ご、ごめん」


「べつに良いのだけど」


 嫌な夢を見て目覚めたときに、隣に好きな人が居てくれるというのはなんと素晴らしいことだろう、と思った。


 けれど、同時にこうも思う。


 ――俺の手は汚れている。


 ――この手でシャネルを触るなんて、悪いことじゃないのか?


 眠れなかった。


 俺はシャネルを抱き寄せることもできず、ただ目を閉じているのだった。


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