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671 金山のアドバイス


 夢を見ていた。


 夢の中で俺は将棋盤の前に座っていた。


 ――またここか。


 将棋盤の上には駒が散らばっている。それを並べる気にもなれない。だというのに俺はいまから対局が始まるかのように正座している。


 周囲にはそれ以外になにもない。まったくの無だ。


 暗闇とも違う。


 なにもない茫漠ぼうばくとした空間が広がっていた。


 ふと、見れば対面には金山が座っていた。


「よぉ、シンちゃん」


「その名前で呼ぶな」


 いやにリアルな夢だった。


 金山はヘラヘラと笑っている。嫌な笑い方だった。俺の嫌いな笑い方。


 けれどこいつはこういう笑い方しかできないのだろう。


「お前もつくづく因業なやつだな」


「なんだと?」


「流されて生きてるからそういう事になる。お前は国を率いる器じゃなかったってことさ」


「うるさい、お前だったらできたって言うのか!」


「できたね、実際にやってた」


 そうだ、金山は魔王としてグリースに君臨していた。だがそれは正常な国の運営ではなかった。


「あんなもの、力で支配していただけだ」


「けれど、お前にはそれすらできない。なあ、榎本シンク?」


「うるさい!」


「そうイキるなって。俺はお前にアドバイスをしてやろうと思って来たんだよ」


「お前が、俺にか?」


「そう、アドバイスだ」


 これは夢だと最初は思った。


 けれど本当に夢なのか?


 目の前にいる金山は、俺の夢想が作り出した幻影だと誰が確証を持って言える。


「まあ、とりあえず並べろよ」


「並べろ?」


「将棋だよ、将棋。昔よくやったよな」


「……忘れた」


「勝率は俺が六割ってところだったか?」


「違う、俺の方が勝ってた!」


 夢の中の――そうであると思いたい――金山は笑った。


 その笑顔は俺の嫌いな人をバカにしたものではなく、かつて一緒に遊んでいた頃のものに似ていた。


「ほら、こっちは並べ終わったぞ」


 盤面には金山の方だけ、将棋の駒が初期配置に置かれている。


 俺はどうしようか一瞬だけ迷ってから、いそいそと駒を並べた。 


 どうせこれは夢なのだと思った。夢ならば何をしても良い。たとえそれが憎い復讐相手と遊ぶような行為だとしても。


 いや、これは言い訳だ。


 俺は気になっていた。


 俺の夢の中に金山が現れた意味を。


 どうして俺はこいつのことを夢に見るのだ。


「よろしくお願いします」と、金山は頭を下げた。


「……お願いします」


 俺も頭を下げる。


 俺たちが子供の頃に、学校で将棋ブームがあった。


 小学生の頃はべつに俺も引きこもりじゃなかったし、なんなら毎日楽しく学校に行っていたわけで、さらに言えばクラスでもそれなりの立場だったわけだ。


 まあそんなことはいまさらどうでもいい。


 いま大事なことはただ一つ。


 これはある意味で宿命の対決というわけだ。


 小学生の頃とは違うというところを見せてやろうじゃないか。


「悪いけど負けるつもりはないぞ」と、俺は金山に言う。


 金山は俺の言葉を鼻で笑った。


 それからしばらくして、俺の玉は金山に詰まされていた。


「う……嘘だろ?」


 信じられなかった。


「投了だろ?」


「……ああ、負けました」


 引き際は分かっているつもりだ。


 これ以上はどうしようもない。


「ありがとうございました。勝っておいてなんだが、榎本。お前強くなったな」


「あ、当たり前だ!」


 こっちは引きこもり時代にやることがなくてネットで将棋をやったりしていたんだ。だから小学生の頃の俺よりずいぶんと強くなっているはずだ。


 負けるとは思わなかった。


 油断していたわけではない。ただ実力不足だ。


「こっちも500年ほど暇でな、こんなことやってたんだよ」


「くそ、年季が違うじゃねえか」


 そんなの聞いてない! と、文句を言っても負けは負けだ。


 そういやこの前、アイラルンも言ってたよな。グッドルーザーって。負けっぷりの良い人間のこと。俺は素直に金山を褒めようとした。


 したのだ。


「つ、強いじゃん」


「ああ」


「や、やるじゃん」


「そうだな」


 だけど、ダメだった。


「た、ただ次は負けないからな!」


 それでなぜか下手なツンデレみたいになってしまった。


「次もやるのかよ、榎本」


「うるせえ!」


 しかしいい戦いはできていたと思うのだ。


 序盤は互角だった。


 中盤ではこちらが攻めているように感じられたのだが、終盤で逆転された。


 気持ちよく攻めていたはずが、すきを突いて守りの薄くなった玉を詰まされたのだ。もっと守りを考えれば良かった。


 いや、それともさらに早い攻めを狙うべきだったか?


「けっきょくはここなんだよな」


 と、金山は俺の玉をトントンと指差す。


「感想戦か」


 説明しよう、感想戦とは対局が終わった後におこなわれる検討のことである! ただしこれ、仲の悪い者同士でやるとお互いのダメ出し合戦になるのであまりオススメはしない。


「いや、違うな。これはアドバイスだと言っただろ」


「アドバイス?」


「つまり榎本。大事なのは相手の王様を詰ますことさ。そのためにならどれだけ犠牲を払っても良い」


 俺は自分の駒台に乗った駒を見た。


 たくさんある。


 けれどそれらは盤面で活躍しなかった。


 対して金山の持ち駒は少ない。ほとんど最短距離で俺の玉を詰ませたのだ。


「榎本、けっきょくは玉を詰ませた方の勝ちだ」


「なにが言いたい?」


「お前はあれやこれやと望みすぎるのさ。お前のこれまでの人生を考えてみろ。目標は一つだったからなんとかできてきたんだろう?」


「目標……」


「そう、復讐だ」


 俺は笑う。


 まさかそれを俺の復讐相手から言われるとは思わなかった。


「なるほどね、シャネルといい、アイラルンといい、お前といい。みんなして言うことは同じか。つまりこういうことか? 俺に榎本武揚は無理だ、と」


「そうだ。お前に俺のようなことはできない」


「誰もお前になんてなりたくない!」


「ならばガングーのようにでもなるつもりか?」


「ガングーなんて知らない! 俺は、俺はただ……タケちゃんがやりたかった事を引き継いでるだけで……」


「それが望みすぎだって言うのさ。いいか、榎本。お前は他人にはなれない」


「ガングーになりたがってやつの言うセリフか」


「俺はなれたかもしれない。けれどお前は無理さ」


「できるかもしれない」


「無理だ」


「やってみなくちゃ分からない!」


 俺が叫ぶのと、金山が剣を突きたてたのは、ほとんど同時だった。


「自分でも無理だと思っていることを吠えるな」


「くっ……」


 この前の夢のときは、金山の持つダモクレスの剣で貫かれて夢から覚めた。


 ならば今回もそうなのか?


 分からなかった――。


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