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667 最後の会議


 土方と話していると、あちらからアイラルンが歩いてきた。


 ワルツのステップのようにリズミカルに。


 ああ、さては酔っているなと俺は思った。


「朋輩、ごきげんよう」


「酔っ払いだ! 石投げちゃおう」


「痛っ! 痛いですわ、朋輩! これまでアルコールで泥酔をしたことのない人間だけが石を投げてくださいまし!」


 そう言われると俺はなにもできないわけで。


 土方は無表情だ。怒っているのではなく呆れているのだろう。


「それでアイラルン、なんの用だよ」


「朋輩、とりあえずゴールデンウイークって言ってみて下さい」


「ゴールデンウイーク」


「どうですか?」


「どうって……?」


「楽しくなってきたでしょう?」


 なに言ってんだ、こいつ。


 アイラルン、とうとう頭がおかしくなって……いや、そもそもおかしいか。


「それで、アイラルン。お前は昼間からなにしてるんだ?」


「わたくし何もしておりませんわ。何もしていないことをしているんですわ」


「あっそ」


「ああ、でも朋輩。どうにも大変なことになっているみたいですわ」


「なに?」


「たぶん少しすれば人が来ると思いますけれど」


 アイラルンはニヤニヤと笑っている。けれどその笑い方はどこか悲痛だ。楽しんでいるのではなく、自暴自棄になっているだけに見える。


「アイラルン、べつにあんたが何しようが俺が文句を言えた義理じゃないけどさ、少しは体のことを大切にしろよ。さすがに見ちゃいられないぞ」


「あら朋輩、わたくしのことを心配してくれてますの? あ、なるほど、弱っているところに優しくしてわたくしと男女の直結希望というわけですわね。ああ、嫌だ嫌だ、これだから男って嫌なんですわ」


「バカなこと言ってんじゃないよ、そんなことしたら俺がシャネルに殺される。いや、殺されるのは俺じゃなくてあんたの方か?」


「わたくし女神ですもん。女神は殺されませんわ。嘘だと思うなら朋輩のその刀で斬ってもらってみても構いませんことよ?」


「なあ、榎本。このお嬢さんは何を言ってるんだ?」


「アイラルンは頭がおかしいんだ。あんまり気にしないでやってくれ」


「ムキー! 本当に怪我なんてしませんの!」


 そういうやいなや、アイラルンは俺の刀を引ったくってきた。


アイラルンの柔らかい体が俺の体をむにゅりと押して、そのせいで俺は一瞬、抵抗する気がおきなかったのだ。


 アイラルンは鞘から刀を引き抜くと、自分の手首に当てる。


「ちょっ、ちょっと待てアイラルン!」


「リストカットしてやりますわ!」


「待てって!」


 本気で頭おかしいぞ、こいつ。今日はどうしちゃったんだ?


 俺はアイラルンを止めようとするが、アイラルンは勢いよく自分の手首に刀を振り下ろした。


 斬れた!


 と、思った。


 が、しかし刀はアイラルンの体を素通りする。


「え?」


 これには俺も驚いた。


「なぜ斬れない? 奇術のたぐいか?」土方も目を丸くする。


「すごいね、一発芸としては」


 俺は危なっかしいので刀を取り返して、今度は取られないように腰に指さずに手に持った。


「手品ではありませんわよ」


「はいはい、分かったよ」


「そもそもわたくしの世界の物質が、わたくしに傷をつけられるはずがありませんわ」


 ケラケラと笑っているアイラルン。


 あれ、でも『クリムゾン・レッド』ってドモンくんが落ちてきた隕石かなんかから作った『流星刀』だって言ってたはずだけど。


 それにアイラルン、死なないだけで普通に怪我とかおってたでしょ。


 やっぱり何かしらの手品だろうな。


 そんな話をしていると、俺たちを呼びに来る人があった。すぐに会議をしたいので、集まってくれと言うのだ。


「なにかあったのか?」と、俺は伝令の人に聞く。


「敵が上陸してきました!」


「とうとうか……」


「ま、いつかは来ると思ってたけどね」


 そもそも甲鉄艦を奪えなかった時点で俺たちは制海権を失ったということだ。遅かれ早かれ敵は来る。俺たちはすでに防衛を蝦夷共和国の本土決戦へと切り替えていた。


 そのための準備として、あらかじめ函館の周囲に兵は配置されていた。


 とはいえ……。


「援軍なき籠城戦など意味がない」と、土方は言う。


「だね。俺ちょっとシャネル呼んでくるよ。先に行ってて」


「分かった」


 会議の席にはシャネルもいてくれた方が良い。俺には分からないようなことをいろいろと知っているから。戦争についても彼女は意外と知識があるし。


 そういうわけで勘を頼りにシャネルを探す。


 あっちかな、こっちかな?


 五稜郭の中を歩き回っていると、シャネルは案外すぐに見つかった。澤ちゃんと一緒に廊下にいたのだ。


「ほら、行きましょう。もう少しよ、もう少し」


 どうやら澤ちゃんを励ましているようだ。


「シャネル」


「あら、シンク」


「いまから会議するらしいんだ、行こうとしてたところ?」


「ええ、そうよ。ただ澤さんが少しだけゴネちゃってね」


 いやいや、と澤ちゃんはシャネルにすがりついて首を横に振っている。あんまり精神的な調子はよく無さそうだ。


 ここのところずっと不安定なところがあったからな。こういう状態を見せられても不思議には思わなかった。


「澤ちゃん、大丈夫か?」


「べつに私は大丈夫です。それよりも蝦夷共和国の現状を心配するべきでしょう」


「これだけ言えれば平気だな、会議に行こう」


「……ですね」


 諦めれないのか。


 それともすでに諦めているのか。


 澤ちゃんはどちらなのだろうか?


 本当に諦めているのならばこんなふうに悩んで心を病む必要もないだろう。だからきっと、澤ちゃんもどうにかしてこの状況を打破しようとしているのだ。


 俺たちは会議室へ行く。すでに人員は集まっており、俺と澤ちゃんが最後だった。


 俺は前と同じ席に座り、会議が開始された。


 みんな好き勝手なことを言う。


 どこどこを攻めよう、どこどこを守ろう、それらの意見を全て聞いているだは会議の意味がない。


 まず封殺されたのは降伏するという意見だった。


 とにかく戦う。そのためにここまで来たのだ、ということで意見は統一されたた。


 そして早急に分散していた兵たちを集結させことになる。


「ただ兵を集めるのにも時間はかかります。その間に誰かが敵の足止めをしなければいけません」


 澤ちゃんはそう言う。


 これはすでに捨て駒のような任務だった。


 誰も手を上げたくはないだろうな、と俺は思った。


「僕が行くよ」と、大鳥さんが手を挙げる。「これまで土方たちにばかりやらせていたからね」


 どこか覚悟を決めたような感じだ。


「大鳥なんかに任せていられるか。私も行く!」


 土方は張り合うように言った。


 けれどそれは無理だろうと思った。なにせ土方はいま足を折っているのだ。そんな状態で戦闘に出られるわけがない。


「では2人に行ってもらいましょう。防衛拠点は木古内きこない、そして二股口ふたまたぐち。この二箇所さえ守ることができれば、敵はこの五稜郭まで来れません」


「澤ちゃん――俺も」


「ダメですよ、榎本殿。貴方はここにいてください」


 悔しかった。


 俺も行きたかった。


 自分が行けばなんとかなるとすら思っていた。けれどたしかに俺がここを離れるわけにはいかないのも確かなのだ。俺はお飾りとはいえこの蝦夷共和国のトップなのだ。それがそのまま戦場にでるようなことはできない。


「なあに、心配するな。勝てはしないだろうが負けもしないさ。時間くらいは十分に稼いでやる」


「ですね、僕の伝習隊ならだいじょうぶですよ」


 こうして五稜郭から新たに二箇所に部隊が送られることとなった。その間に蝦夷に散らばった兵たちは集められる。


 最後の決戦が近づいていた。


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