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665 アボルダージュの失敗

今日から更新再開します

完結に向けてがんばります。


 広く、薄暗い部屋の中心で、俺はアイラルンと盤を挟んで向かい合っていた。


「ああ、朋輩。それは無理ですよ」


「え?」


 俺は駒を持っていた手を止めた。


「そこに持ち駒の角を打つでは、攻めが途切れてしまいますよ」


「え、そうか? 細いけどちゃんと攻めはつながってると思うんだけど」


「はあ……朋輩、そろそろわたくし、駒落ちくらいでやったほうが良いと思うのですけどね」


「まあそう言わないでくれよ、女神様。指導将棋だと思って気長にやってくれや」


 俺たちは将棋をやっていた。


 土方たちがアボルダージュ作戦のために出発してから2週間以上はたっていた。この世界にはスマホもないので離れてしまえばまともに連絡を取り合うこともできない。


 土方は今頃どうしているだろうか。


 アボルダージュは成功したのだろうか。


 俺は不安な気持ちを抱えながらも毎日をなんとなく過ごしていた。


「あら、2人ともまたその遊びやってるの? 飽きもせずによくやるわね」


 シャネルが部屋に入ってきた。少しだけ呆れたように俺たちを見ている。


「しょうがねえだろ、これくらいしかやることないんだし」


「はい、朋輩。王手ですわ」


「えっ? ねえ、これもしかして詰んでる感じ?」


「ですわね。15手詰めですわ」


「マジかぁ、そんなん読めんわ。降参、降参、投了ですよ」


「朋輩のザ~コ、ザ~コ!」


「なんだ、えらい煽るじゃないか。もう遊んでやらないぞ」


「なにをおっしゃってるんですか。わたくしが朋輩と遊んであげているんですわ」


「言ったな!」


「もう、ケンカしないの。それさっさと片付けちゃいなさい」


「なんかあったの?」


 俺は将棋盤の上から駒を一斉に落とすようにして最初に駒が入っていた箱の中に入れた。


「報告があったって、そういう話よ」


「報告……? 土方のか!」


「ええ、そうよ」


 マジか、そうと決まれば今すぐにでも澤ちゃんのところに行かなければ。


「朋輩、今度からは二枚落ちでやりましょうね」


「はいはい、今度からな」


 なんでも良いけどアイラルンのやつ、どえらいくらいに将棋が強い。なんか頭の中に将棋ソフトのエンジンでも入ってるんじゃないか? ってくらい、俺が手も足も出ないくらいに強いのだ。


 なので一緒にやってもまったく勝てないのだが……それでも暇をしているよりはマシだった。


「シャネル、澤ちゃんは?」


「たぶん部屋じゃないかしら。私が会ったときは会議室の方から出てきたときだったわ」


「よし、じゃあ行くぞ」


「朋輩、そんなに慌てなくてもあちらから来るのではありませんか?」


 アイラルンが気だるそうに言ってくる。それで何をするのかと思えば、部屋の棚の中からとっくりを取り出す。その中を覗き込んで、


「からですわ!」


 と叫ぶ。


「なんだこの酔っ払い……」


「嫌ぁね、酔っ払いって。お兄ちゃんもよくお酒を飲んでいたけれど、はっきり言って泥酔している人ってはたから見ていると恥ずかしいわよ」


「ですって、朋輩」


「お前のことだぞ、アイラルン」


「とうっ!」


 いきなり、アイラルンが手に持っていたとっくりを投げつけてきた。


 俺はそれを空中で受け取り、逆さまに返す。


 ポタン、とアルコールのしずくがこぼれ落ちた。


「少し残ってたわね」と、シャネル。


「だな。アイラルン、飲むんならちゃんと最後まで飲めよ」


「朋輩にだけは言われたくありませんわ!」


「なんだと!」


「2人ともケンカしないの。まったく、澤さんのところへ行くのでしょう? ほら、シンクもちゃんと準備する。アイラルンも、貴女は女神なのでしょう? 少しは女神らしい振る舞いをしなさい」


 俺たちは2人して怒られる。


 もちろんシャネルの言うことが正論であるため、なにも言い返せない。


 黙々と準備を終わらせて部屋を出た。シャネルはもちろんのこととして、なぜかアイラルンもついてきた。


「シンク、先に言っておくけれど」


「どうした?」


「……あんまり良い報告は聞けないと思うわよ」


 どういう事だろうか?


 なんだか嫌な予感がした。


 俺は少しだけ歩く速度を上げて澤ちゃんの部屋まで行く。


 部屋の扉をノックした。


「澤ちゃん、入っても良いか?」


「榎本殿ですか……どうぞ」


 中からいかにも元気の無さそうな声が聞こえてきた。


 俺は一瞬だけシャネルと目を合わせた。


 ほらね、理解したでしょとシャネルは悲しそうな顔をしている。


 だいたいの事情は察した。なので俺は少しばかり覚悟を決めた。


「入るよ」


 澤ちゃんの部屋は殺風景だった。


 かなり広く見えた、がらんどうだ。


五稜郭の陣営には数十人が住んでいるが、一番上等なのは俺の部屋だ。とはいえシャネルとアイラルンで3人が中にいるため、実際のところはけっこう手狭なのだが。


それと比べると澤ちゃんの部屋ははてしなく広い。


「榎本殿、こちらから行こうと思っていたんです」


「うん、先に来た。土方から報告があったんだろ?」


「はい、ありましたよ。悪い報告が」


 やっぱり悪いのか……。


「聞こう」


「そこに座ってください。お茶の一つでも出せれば良いんですが、あいにくとそんなものはありませんので」


 べつに構わないでいいよ、と俺はそこらへんに座った。


 どこから話すのが良いでしょうか、と澤ちゃんは重たそうな口を開いては、閉じて、閉じては、開いた。


「簡単な説明で良いから」と、俺は澤ちゃんが話しやすいように言った。


「アボルダージュが……失敗しました」


 そうか、と俺は頷く。


 作戦だ、成功することもあれば失敗することもある。


 ただこのアボルダージュは乾坤一擲、この蝦夷共和国の進退を決める大切な作戦だったのだ。これに失敗したということは、まあ、つまりそういうことだな。


「それに加えて、土方氏も足の骨を折る怪我をおったそうです」


「大丈夫なのか?」


「命に別状はないそうですが」


「なら良かった」


「ただ、我々の軍艦のうちで回天かいてんは中破の状態。高雄たかおは機関に異常を発生させ満足な速力を出せなくなっております。蟠龍ばんりゅうだけは健在ですが、この旧型艦では函

館の防衛はままならないでしょう」


「甲鉄艦がこちらの手に入らなかった以上、これを相手にしなければならないわけだもんな」


「もはや我々に甲鉄艦を打ち倒す方法はありません」


 うーん、言いにくいことをはっきり言うなぁ。


 それだけ澤ちゃんが現実主義なのだろう。


 たしかに、俺たちの戦力ではもう甲鉄艦をどうにもできないのだろう。だからこそアボルダージュという、相手の船をまるごと奪う作戦を決行したのだ。


「どうする?」と俺は聞いた。


「どうしようもありませんよ」と、澤ちゃんは答える。


 それ以上、会話の必要はなかった。


 敗北、という言葉が俺の思考をよぎる。


 もうどうしようもないのだ、そのどうしようもないことを、どうにかできるほど、俺は上等な人間ではない。


 けれど――。


「諦めちゃうの、シンク?」


 シャネルの言葉に、俺は首を横にふった。


「諦めたくない、最後まで」


 何か手が、まだ何かあるはずだ……。


 少し考える、と俺は澤ちゃんの部屋を出るのだった。


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