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664 乱取り稽古と負けは負け


 前から後ろから、右から左からと新選組の隊士たちは一斉に襲いかかってきた。


 とはいえ、厳密に言えばその足並みは完全に揃っているわけではない。それぞれがそれぞれのタイミングで俺に攻撃をしかけてきているのだ。


 一番手は少しだけ身長の低い男だった。


「うらっ!」


 大ぶりの拳を俺はヒラリと避ける。


 そしてがら空きになった胴体に掌底をくらわせた。男は悶絶もんぜつし、その場に膝をつく。これで1人、戦闘不能だ。


 次に俺に向かってきたのはおそらく柔道家だった。


 露骨に俺の襟首をつかもうとしてくる。だが、どうぞと掴ませてやるほど俺もお人好しではない。伸びてきた手を拳で払い、その場にしゃがむようにして姿勢を下げながら足払いをくらわす。


 こちらの上半身を狙っていた男は、まさか自分の下半身をいきなり攻撃されるとは思わなかったのだろう。体勢を崩して派手に倒れた。とはいえさすがは柔道家、受け身はバッチリのようだった。


 俺は軽やかに立ち上がり、次の敵を察知する。


 3人目は市村くんだった。


「うおおおっ!」


 まったくなっちゃいない。


 がむしゃらに俺の腰のあたりをめがけて突進してくるだけで動きが直線的すぎる。


 けれど気合は十分だ。


 俺は突っ込んでくる市村くんの動きを的確に察して、市村くんが俺の腰を掴むのと同時に自らも倒れ込む。


 背中から倒れ、そして市村くんが俺の真上に来たあたりで、片足を市村くんのみぞおちの辺りに合わせた。そのまま片足を伸ばして、倒れ込む勢いに合わせて俺の後方へと市村くんを飛ばす。


 見様見真似でやってみた『巴投げ』だったが、これが思いのほか上手くいった。『武芸百般EX』のスキルのおかげだ。


 とはいえ俺も倒れることになった。


 明確に隙きを晒している。ひっくり返った亀のような体勢で、俺は一瞬だけさてこれからどうしましょうか、と考えた。


「朋輩、そこでブレイクダンスですわ!」


 アイラルンがなにかわけの分からないことを言っている。ブレイクダンス?


 けれど、なるほどとも思った。


 昔テレビで見たことがある。ブレイクダンスをやっている人たちの動きを。背中を地面につけて、コマのように回って立ち上がっていた。


 よし、やってやる!


 そう思い、俺はこんな感じかな? と、体を回してみた。


 だが――。


 グルン。


 ただその場を回っただけで立ち上がれなかった。


「あっ、そうか! ブレイクダンスは踊りだから武道じゃないのか!」


 なんたる失態。


 自分はなんでもできると思い込んでいた。けれど俺はそもそも運動神経が良い方じゃないし、ただ『武芸百般EX』のスキルで色々できるようになっているだけなのだ。


 その場でただ回っただけの俺を、回りの隊士たちは不思議そうに見つめた。


「よいしょ……」


 とりあえず誰も攻撃してこないので、ただ立ち上がる。


 たぶんあまりに奇抜な動きだったため、攻撃するのを忘れていたのだろう。


「お前たち、いまのうちに袋叩きにすれば良かったんだぞ!」


 土方の叱咤しったがとんだ。


 それで隊士たちは我に返ったのか、また俺に向かってくる。


 それを俺は1人、また1人と討ち取っていく。


 やがて隊士たちは全員がそこらへんに倒れていた。


 立っているのは俺だけだ。


「やったね! シャネル、見てたか!」


 無傷だ。


「見てたわよ」と、シャネル。「でも服が汚れてるわ」


 暴れたせいた。


「なんだなんだ、せめて誰か一発くらいはと思ったんだが情けない」


 土方はちょっとだけ不機嫌そうだ。


「そういうトシさんはどうなのさ? やらないの?」


「ん、私か? そうだな……おい、誰か木刀を持て!」


 ああ、冗談のつもりだったのにやる気みちあだ。


 しかも、え? 木刀ですか?


 市村くんが慌てて木刀を持ってくる。土方と、俺に手渡してくる。


「おいおい、普通こういうのって竹刀しないでやるもんじゃないのかよ?」


「天然理心流はこういうやり方なんだ」


「なんだよそれ、危ないぞ?」


「それが良いのさ」


 男言葉の土方は木刀を構えた。


 下段だ。それもかなり低い位置に構えている。


 やれやれ、と俺も木刀を握る。


 相手が下段ならばこちらはバランスよく中段に、と思った。


「来ないのか?」と、土方。


「レディファーストさ」と、俺は格好つけて言う。


「ならばそうさせてもらう」


 土方の木刀が、さらに下がった。


 地面すれすれまでつきそうなくらいに。


 ――どういうつもりだ?


 あれでは攻撃などできないはずだ。どこかに当たれば斬れる真剣ならまだしも、持っているのはただの木刀だ。


 土方の考えが分からない。


 だが、あちらからと言った以上は俺から動くことなどできない。


 どういう行動をされても良いようにと身構えた。


「ふっ――」


 土方が笑ったように思えた。


 その次の瞬間。


 土方の木刀が地面を突き、そのまま砂埃をすくい上げながら跳ねた。


「なっ!」


 土やら泥やら小石やら、よく分からないものが俺の顔めがけて飛んでくる。


 それに目を奪われている間に土方は俺に急接近。


 トンッ、と首元に木刀を突きつけられた。


「こんなものだな」


 土方は満足そうに笑っている。


「ま、まいった」


 俺は素直に負けを認めた。まさかそんな奇策に出るとは思わなかった。


「シンク、お前は少しばかり素直すぎるな。ケンカはどんな手を使っても勝てば良いんだ」


「卑怯なことは嫌いなんだがね」


「勝てば官軍、という言葉もあるだろう」


「なるほどね」


 というわけで俺ちゃんは情けないところをシャネルに見せてしまった。


 トボトボとシャネルの元に行く。


「負けちゃったよ」


「残念ね」


「朋輩、情けない! さすが朋輩、情けない童貞!」


「童貞は関係ないだろ」


 土方は新選組の隊士たちに囲まれて賞賛の言葉をもらっている。


 みんな楽しそうだ。


「こういうのはどうだろうか」と、俺はつぶやく。


「なあに?」


「俺はあえて負けたんだ。こうしてアボルダージュの前に新選組の士気をあげようと思って」


「あら、シンクがそこまで考えてたなんて驚きだわ」


「朋輩、そういうの恥の上塗りって言いますわ」


「ですよねー」


 勝ちは勝ちで、負けは負けか。


 少し悔しいが。


 ケンカは勝てば良い、か。


 俺の美学とは違うが、仲間にいたら頼もしいやつだよ土方は。


 土方は珍しく笑っていた。その笑顔は、ちょっと見ものだった。


「美人ね」と、シャネルが認めるくらいに。


「そうだね」


 と同意してから、俺は「いやでもキミの方が美人だよ」と付け加えた。


 言ってから恥ずかしくなってしまう。


「朋輩、顔が真っ赤ですわ!」


「うるさい」


 アボルダージュの決行は近づいている。


 それが終わった後も、こうして笑えていれば良いな。と、そう思うのだった。


他の小説を書くのでしばらく更新停止します

次回更新は4月11日21:00を予定しております

最近は休むことも多くて申し訳ないな、と思っております。

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