663 シャネルに怒られる
数日が過ぎた。
アボルダージュ作戦の準備は着々と進んでいるようだったが、俺はまったくの蚊帳の外だ。
「行きたい行きたい!」
と、叫んでも。
「ダメよ」
シャネルに止められる。
部屋の中で俺は駄々をこねる。
「良いもん、勝手に乗り込むもん!」
「『もん』ってなによ……」
「え、キモかった?」
「少しね」
ぐぬぬ。さすがにショックだ。好きな人にキモいと言われるのが一番こたえるかもしれない。
「シンク、人には役割というものがあるわ」
「適材適所って意味なら俺が行くべきだろ? だって斬り込みだぜ? 誰が行くより俺が行くほうが戦果をあげられる」
「シンクは人を殺したいの?」
「え? いや、そんなことはない」
いったいどういう質問だ。まさかそこで「うん、そうだよ」なんて答えるわけないじゃないか。
「でも私にはそう見えるわ」
「べつに人を殺したいだなんてそんな残酷なこと言ってるわけじゅないんだよ。ただ俺にだってやらせてくれって言ってんの」
「暇だから?」
「ま、まあそうだよ」
シャネルはどこか悲しい顔をしていた。
そんな顔をされると部屋全体が暗くなったような気がする。
「なにが違うのかしら?」
「なにがって?」
「シンクが言っていることは、人殺しをしたいってこととなにが違うの? 自分の暇つぶしのためにそんなことをするのは辞めて」
「でも……俺はみんなのために……」
「シンク!」
俺はビクリと肩を震わせるほどに驚く。
シャネルがこんなふうに大声を出すだなんて。
「シンク、貴方の目的はなに?」
「それは……復讐だ」
「誰に対する?」
「人斬りシワス。あいつはタケちゃんを殺したから」
「そうよね。その目的のためなら私は貴方がどんなことをしようと止めるつもりはないわ。むしろ手を貸します」
「うん」
「けれどシンクがいましようとしていることはどうかしら? 復讐のための行動?」
少し考えてみる、ほんの少しだけだ。
だってすぐに答えは出るから。
「違う」
「そうでしょう? なら貴方のやろうとしていることはただの人殺しよ。そういうの、私はオススメしないわ。やめた方が良いわ。そういうことは専門の人たちに任せておきなさい」
「つまり土方たちに?」
「そういうこと。その間シンクはここでゆっくりしてましょう。ああ、言い方が悪いはね。どっしり構えてましょうよ。ね、総帥様」
「……分かった」
「いい子ね」
「いま子供扱いしてる?」
「さあ、どうかしら」
むむむ。
とつぜん部屋の扉が開いた。見ればアイラルンが顔をちょっとだけこちらに覗かせていた。
「痴話喧嘩、終わりましたか?」
「痴話喧嘩!?」
いきなりなにを言い出すのだろうか、この女神は。
「え、違いますの? 怒鳴り合う声が聞こえた気がしましたが」
「怒鳴り合ってはないわよ、私たち」
「あら、でしたら勘違いですわ」
アイラルンは外から帰ってきた飼い猫のようにヌラッと部屋の中に入ってくる。
「なにが勘違いだよ」
「それより朋輩、外に行きましょうよ」
「外?」
「今日はいい天気ですわ、最近雪もあまり降りませんし」
「そうだなぁ、シャネルはどうする?」
「良いわよ、部屋の中にこもってたら気も滅入るわ」
「そうだなぁ」
シャネルは当然のように本を持つ。
そしてアイラルンはアルコールを。
俺は武器だけ持った。
そして外へ。
さて、外では斬り込み部隊がアボルダージュのための訓練をしていた。土方が大声で怒鳴りながら、新選組の面々に指示を下している。よく見れば新選組以外の陸軍もいるらしい。おそらく志願制なのだろう。
「いいか、船の上での戦いとはいえ陸の上と同じだ! 地に足つけることと甲板に足をつけることの何が違うか!」
なるほどねぇ。
少し離れた位置に俺たちは座る。
なかなか用意の良いアイラルンはレジャーシートのようなものを用意していた。こうしているとなんだかピクニックみたいだ。
もっとも見える景色はむさくるしい男共の訓練なのだが。刀を振り回している。
それでよく見たら、怒られている子がいた。
目をこらす。
市村くんだ。
新選組の中でひときわ若いのでよく目立った。
「こら市村、もっと踏み込め!」
「はい!」
「臆病になるな、とにかく踏み込んで斬るんだ!」
「はい!」
まさに手塩にかけるという様子で土方は市村くんに心構えを説いている。
それに元気に答える市村くん。
「師弟ってのは良いもんだなぁ」と、俺は思わずじじむさいことを言ってしまった。
「あら朋輩、羨ましいんですの?」
「いやべつに、俺にだって師匠くらいいるし」
「あら、そっちですの? てっきり朋輩も弟子がほしいのかと思いましたわ」
「弟子かぁ……」
考えたこともなかったな。
そもそも俺が人様になにかを教えるなんてことできないだろうし。
「シンク、あれに参加してこれば?」
「え、俺が? だってアボルダージュは――」
「べつに訓練に参加してきたらどう、って言ってるの。受け入れてもらえるわよ、きっと」
うーん、と俺は首をかしげた。
まあたぶん受け入れてはもらえると思うけどさ。
なんて思っていると、土方の方からこちらに歩いてきた。
「なにをしている?」と、聞いてくる。
「酒飲んでますの」
と、答えたのはアイラルンだ。
「お嬢さん、こんな昼間から酒を飲むというのはいかがなものかと」
「そんなこと貴女には関係ないですわ」
「ふむ、たしかに」
「それよりもこの宿ろくを引き取ってくださいませ」
「なんだ、シンク。お前は厄介者なのか?」
「いやいや、そういうわけじゃないけどさ。ただそうだな、あっちに参加させてくれよ」
「ふむ、まあ良いだろう。組み手をさせてやる」
「組み手?」
「そうだ、武器を持たずに乱取り稽古だ。面白そうだろう?」
痛いのは嫌だな、と思った。
けれどシャネルが「頑張って」と言うものだから。
「よし、いっちょやってやるか!」
という気持ちになった。
みんなの輪に入る。ちょっと参加させてね、と。
「組み手かぁ、やったことないけど。どうするの?」
「簡単だ。シンクが輪の中心に立て」
「ふんふむ、それで?」
「それぞれが順番に向かっていく、それをお前がいなすんだ」
「え、俺が? 1人で?」
「そうだ」
「それはイジメでは?」
「なに、シンクならできるだろう。お前の強さをみんなに見せつけてやれ」
これはもしかして?
俺が良いように使われたのか?
「さ、やってみせろ」
俺の回りを新選組の隊士たちが取り囲んだ。
ちらっと見ればシャネルが本から目を上げこちらを見ていた。
ますますやるしかない。
「よし、やったる!」
俺は土方に武器を手渡した。
そして、俺の回りを囲んでいるやつらが一斉に襲いかかってきた。




