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662 アボルダージュ


 シャネルはパチパチと拍手をする。


 真っ白いシャネルの肌は、手をうつたびに赤というよりも桃色にうっ血した。


「素敵な考えだわ、雄々しくて。アボルダージュね」


 あぼ?


 あぼなんたら?


 また分からない言葉が出てきた。どういう意味か分からない。


「シャネル、そのアボルダージュってのはなんだ?」


「そこの土方さんが言ったことその通りの作戦よ。海上で相手の船に乗り移って戦うことよ」


「なるほど、つまりれっきとした作戦なわけだな」


 いちおうは軍事顧問としてこの場にいるシャネルの発言に、土方他全ての人たちは納得せざるをえない雰囲気になった。


 けっきょく権威主義的な感情が無学者である土方を否定していたのだ。それならば他の権威によって土方の威厳を尊重してやれば、他の人間も納得するしかない。


「このシャネル・カブリオレ。初代ガングーの直系たる血にかけて土方さんの作戦に賛成するわ。素晴らしい作戦よ、成功した場合のリターンは大きいわ」


 会議室にいる人間たちが息を呑む。


 おそらくはシャネルの初代ガングーの直系という発言に驚いているのだろう。


 ネームバリューとはすさまじいもので、ガングーの名前が出ただけこの戦いに神風が吹いたような上り調子の雰囲気が出た。


 もっとも冷静に考えればシャネルが初代ガングーの子孫である証拠なんてなにもないのだが。


「もちろんどんな作戦にも失敗はつきものだけど――アボルダージュのさいの失敗におけるリスクはあって船が数隻。もっとも、成功するにしても失敗するにしても斬り込み部隊は何人も死ぬでしょうけどね」


 しかしシャネルのいかにも堂々とした態度。


 初代ガングーもそうだったが、カブリオレ家の人たちには異常なまでに自信家の傾向があるのだろうか?


 それを見せつけられると、いまここで「嘘ついてるでしょ」なんて言える度胸のある人間などいない。


「どのような犠牲が出ようと斬り込みは成功させる!」


「そうね、素晴らしいと思うわ。榎本さん、どうかしら?」


 一瞬、誰のことを呼んでいるのか分からなくなった。


 榎本さん?


 ああ、俺か!


 シャネルがそんなふうに俺を呼ぶからびっくりしちゃったよ。


「ああ、うん。拙者も賛成だよ」


「拙者?」と、澤ちゃんが目をむく。


 あわわ、拙者はまずかったか。だよね、そんな言い方しないよね。


「はい、僕もいいと思います」


 いや、僕もおかしいか。


 とはいえ、なんだかんだで、じゃあやってみようと言う雰囲気が出てきた。


 アボルダージュ、なるほどね。船から船に飛び移って戦うのか。なんだか楽しそうな作戦じゃないか。海賊みたいだね。


 海賊といえば、キャプテン・クロウはこの会議には不参加だ。あとアイラルンも。なんでも海賊船――ではないのだけど、厳密にはドレンス軍艦なのだけど――の中においしいお酒があるとかで、会議に参加したがるアイラルンを厄介払いにするために手伝ってもらったのだ。


 あの女神を人前に出してもろくなことにならない。


 そんなの試してみなくてもわかるよね?


「じゃあ、そのアボルダージュをやる、ということで良いね?」


 俺はみんなを見渡す。


 誰も意見を言わない。つまり良い、ということだろう。


「敵はおそらく宮古湾で一度停泊するはずです」


「そこって俺たちが来たときも一回休んだところだよね?」


「そうです。蝦夷に渡るにはまずあそこで補給をするのが普通ですから」


「ならばそこを狙う。幸いにも宮古湾の地形は調査してある」


「いつの間に……」


 いや、土方はそういうことよくしてたな。入念と褒めるべきだろう。


「では斬り込みに参加のメンバーは新選組ということで。参加させる船に関しては後で考えをまとめるとしましょう」


 台本が決まった。


 その後はなんだかんだと和やかな談笑が行われ、そして会議が終了した。


 会議が終わると、みんな出ていく。部屋には俺とシャネル、そして澤ちゃんと土方だけが残った。


「まったく無茶な作戦を提案してくれたものです」


 澤ちゃんが不満を言って、


「良い作戦よ、本当に」


 シャネルが褒めた。


「俺は楽しそうだと思うけど。それにここらで一発賭けに出ないと」


 そうですね、と澤ちゃんは認めた。


 よく見れば澤ちゃんの目の下には深いクマがある。きちんと寝れていないのだろう。体は大丈夫だろうか? 体調を崩さないだろうか。


「それにしても、大鳥のやつ。まったく発言しなかったな。乗ってくるかと思ったが」


 さきほどの会議には大鳥さんもいた。


 けれどいつも土方に突っかかっていく大鳥さんが、今回は何も言わなかった。


「お腹でも痛かったのかな」


「そういうタマか? どうせ私のことを腹の底で笑っていたんだ」


「そんなことないと思うけど」


 土方は大鳥さんのことはあまり好きじゃないようだが、そんなに酷い人には思えない。


 すごいその、すごい酷いこと言っちゃうとね。シャネルがいなければあの人のこと好きになってたんじゃないかな、なんて思っちゃうような人だ。


 ――ジロリ。


 シャネルがこちらを見た。


「ど、どうした?」


「いいえ」


 なにを見ているのだ。まさか心が読めるわけでもあるまいし。


 いや、案外シャネルならできるのか?


 うーん。


(今日も可愛いよ!)


 口には出せないようなことだが、心の中で思うだけなら簡単だ。


「なにバカなこと考えてるの?」


「わっ! やっぱり心の中が読めるんだ!」


「そんなわけないじゃない。ただバカなこと考えてるんだろうなぁって思っただけ」


「えぇ……」


 俺ちゃんそんな分かりやすい顔してる?


「大鳥のやつは気に入らないな」


「まあまあ、そう喧嘩腰にならないでよ。トシちゃんのこと、あっちも認めてるはずさ」


「トシちゃんと呼ぶな!」


「おお怖い、ごめんごめん」


「なんにせよ私はこれから作戦の概要を突き詰めて考えるぞ」


「土方さん、私も手伝いましょう」


「あ、じゃあ俺も」


「榎本殿はいいですよ」


「え?」


「そうよ、シンクはいても仕方ないわ」


「そうかぁ?」


 だって俺も参加しなくちゃ――。


 参加、し、な、く、ちゃ!


「あのー、もしかしてなんですけど」


「なんですか?」と澤ちゃん。


「これあれですか? 俺は不参加という流れですか」


「そりゃあ作戦を決めるのには必要ないでしょう、休んでいてください」


「いやいや、そうじゃなくてさ。アボルダージュに!」


 俺が言うと、3人の女性たちはみんなして目を合わせる。


 なにを言っているんだ、という顔だ。


「当たり前でしょう?」と、シャネル。


「榎本殿は総帥ですよ?」と澤ちゃん。


「足手まといだ」と、土方。


 そ、そんな!


「ひどい! とくに土方! 足手まといはひどすぎる!」


 俺は子供のようにジタバタと暴れるが。


「はいはい、シンク。私たちは行くわよ」


 シャネルに連れて行かれる。


 あばば。


 そんな~。


 俺も参加させてくれ!


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