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654 覇者のシワス


 シワスの剣には構えというものがない。


 両手に黄金の剣を無造作に持ち、やる気に満ちた目で俺を睨んでいる。口元にはさきほどまでのニヤけた曲線はなくなり、真剣とまでは言えないものの、緊張にも似た色があった。


 女の前で格好をつけたいのだろうと俺は察した。


「……分からなくもない、その気持ち」


 俺だってシャネルの前では格好をつけたい。。


 それでシャネルに褒められて、なんなら惚れ直させて顔の一つでも赤らめさせたい。


 ――同族嫌悪?


 一瞬、恐ろしい想像が脳裏をよぎった。


 俺がこのシワスという男に感じる嫌悪感の正体だ。


 似ているのだろうか、俺とこいつは?


 分からない。


 それを確かめてやる。


 水のように流麗りゅうれいに刀を構えた。


 互いに接近武器。もちろんモーゼルを使うこともできるが、それは無粋というものだ。そういう無粋さは俺の好むところではない。相手もそうなのだろうか。いや、たぶんそんな信念などないだろう。


 頭に血が登って、俺を八つ裂きにすることしか考えていないはずだ。


「うあああっ!」


 奇声。


 いや、気勢きせいにみちみちた声。


 突進してくる。


 一本目の剣が振り上げられて、振り下ろされて。


 避けるまでもなく、俺はすでにその剣が当たらない場所に移動している。間髪入れずに二本目の剣が俺を狙って振られる。それも同じように、そもそもとして俺には当たらない。


 右手の剣が振られている間に、左手の剣が次の動作への準備を始めている。


 矢継ぎ早に繰り出される斬撃は、普通の人間相手にやればそれこそ一瞬で細切れにさせてしまうほどのものだろう。


 だが俺には効かない。


「ちょ、ちょこまかと! よけやがって!」


 速い。


 それに一撃、一撃が重い。


 だが昔からこんな格言がある。


 ――当たらなければどうということはない。


 とはいえ。


 ここだ、と思って振るうこちらの返しの一撃もシワスには避けられる。『武芸百般』を持つ者同士の戦い、有効打はお互いに与えられない。


「クソ野郎、引きこもりのくせに!」


 シワスは俺の一撃を避けるために異常なまでに距離をとった。その動作には無駄が多い。


 こちらはほぼ必要最低限の動きで避けている。


 体力はあちらが消耗しているはずだ。もっとも、基礎体力にどれほどの差があるかは分からないのだが。


 それよりもカチンときた。


「引きこもりだと?」


 怒りが、また俺の冷静な気持ちを揺らす。


 水面に浮かぶ波紋のように。


 その揺らめきは小さなものだ。しかし長く残る。ザワザワと心の中に黒い影を落とす。


「お前みたいなやつに、俺は負けるわけにはいかねえんだ!」


 俺の心の揺らぎをつくように、シワスが仕掛けてくる。


 俺はシワスの攻撃を紙一重で避ける。そう、明確に避けてしまった。


 ――落ち着け、俺。ただ少し煽られただけで取り乱すな。


 冷静になれよ、と自分に言い聞かせる。


 どうも過去のことを言われると頭に血が登ってしまう。焦っては勝てるものも勝てなくなる。


「俺はお前を殺して、クリスにいっぱい褒めてもらうんだ!」


「そんな理由で殺されてたまるか」


 元から大ぶり気味だったシワスの剣筋がさらに雑なものになった。


「うおおっ!」


 気合一閃。


 しかしそれは当然のように空振る。


 ――疲れてきている。


 俺は相手の体力を敏感に察した。


 このまま戦いが長引けば俺が有利。こちらはまだあまり疲れていないのだ。相手の体力が無くなるのをまって、一気呵成に仕掛けてやる。


 俺は冷静にそう考えた。


 だが、相手も百も承知と言った感じだ。大ぶりをやめて体力の回復をはかる。


「どうして当たらない! これまでのやつらならこれで一気に倒せたのに!」


 どうやら初めての苦戦のようだ。


「いままで雑魚刈りばっかりしてたからだろ」


 俺は違う。


 これまで何度も苦戦をしてきた。それこそ死にそうな目にだってあってきた。言っちゃなんだが逆境には強くなったと思う。


「クソ、クソ、クソ!」


 シワスはみっともなく叫ぶ。


 しかし何を思ったのか、ニヤリと笑った。


 その瞬間、嫌な予感がした。


「本当は使いたくなかったんだけどなぁ」


 なにをするつもりだ?


「もっと格好良くつかって、クリスのこと驚かせたかったのに」


 なにかが来る、そのなにかが分からない。


 逃げるべきだ、と俺の第六感が言っている。だが俺はおろかにも自分の感覚よりも思考を優先させてしまった。


 ――大丈夫だ。なにをされても俺なら対処できる。


 傲慢だ。


 しかしそう思ってしまったのだ。


 ――ここでシワスの奥の手を真正面から潰して、プライドを粉々にしてやる。


 俺はゆうゆうと構えをとる。なにをするのか見届けてやるさ、くらいの気持ちで。


 しかしシワスの体から、どす黒いオーラのようなものがのぼった。


「覇者一閃――」


 その詠唱を聞いた瞬間、俺の中にいまさらの焦りがやってきた。


「――『グローリィ・スラッシュ』」


 これは無理だ。『水の教え』ではどうしようもない。


 シワスが剣を片方、かかげた。そこに黒いオーラが集まっていく。


 俺は迅速にその場を離れようと跳躍する。だがもう遅い。


 振り抜かれるシワスの剣。そこから放たれた極太のビームのような魔力の塊。


「う、うおおおっ!」


 とっさに刀を前に突き出す。だがそんなものではなんのガードにもならない。


 俺はシワスの『グローリィ・スラッシュ』に飲み込まれる。


 体中を外から内からとズタズタに引き裂かれるような感覚。それらが一瞬だけあって、しかしすぐに俺の周囲を魔法陣が張り巡らされた。


 火花のように魔力が色をつけて光り輝いて、シワスの放ったドス黒い魔力を打ち消していく。


 よかった、もしかしたらこのまま死んでしまうかと思った。


 なんとかなった。『5銭の力+』で守られた。


 そう思ったのもつかの間。


「覇者一閃――」


 今度は黄金色のオーラがシワスの周囲に溢れ出た。


「マジかよ……」


 まさか、と思った。


 だが、そのまさかだった。


「『グローリィ・スラッシュ』」


 もう一方の剣に黄金のオーラが集約する。そしてシワスはその剣を、元気よく振りかぶった。


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