065 ローマとミラノ
「動けば俺の相棒がその中を焼くぞ」
相手は狭い下水道の中、シャネルの火属性魔法ならば黒焦げにできる。できるけど、やったらたぶん相手は死ぬので報酬はもらえない。ま、脅しになればいいのだ。
「命乞いでもしてみるか?」
俺は悪役の笑みを浮かべる。
けっこうこういうの好きよ。たぶん俺って正義の味方より悪役のほうが向いてる。だってほら、正義の味方ってイジメなんて受けないでしょ? よく知らないけど。
「なにか言えよ」
俺は追い打ちをかけるように穴の中に向かっていう。
「……お前か」
だが、聞こえてきたのは俺の予想もしなかった言葉だった。
どこかで聞いたことのある声だ。
なんだかなれなれしくて、
「安心した」
勝手にホっとしている様子だ。
ケモミミが姿を現してくる。
「あっ!」と、俺は思わず叫ぶ。
「あら?」と、シャネルも驚いている様子だ。
「僕だよ、ローマだ」
中から出てきたのは俺の唯一の知り合いといっても言い半人。殺し屋のローマだった。
「お前、なにしてんだよ。そんなところで」
俺はローマとの再会に内心で少しだけ喜びながら剣を鞘にしまう。
ローマは外に出て、「ちょっとな」と気まずそうに言う。
そしてマンホールの中に手を伸ばした。
「ミラノ、大丈夫だ。知り合いだった、安心して」
誰かに向かって声をかけている。
「……大丈夫? その人たちのこと、殺さない?」
まるで鈴を転がすような可愛らしい声が、下水道へと続く穴の中から聞こえてくる。そのアンバランスさに、俺は逆に期待してしまう。いったいどんな可愛らしい子が出てくるのだ!
「ああ、殺さないよ。というか僕より強いから、やろうとしても返り討ちにあうだけさ」
「ま、そうだな」
俺たちって強いからね。
「なんだと、シンク一人くらいなら僕だって倒せるさ!」
「ほー、じゃあやってもらおうじゃないか!」
「童貞になんて負けるか!」
「童貞は関係ない!」
クスクスと笑う声。
そして、出てくる女の子。
ミラノといわれていただろうか、その女の子の耳は
――細長く、とがっていた。
「うそだろ……」
ローマが出てきたときよりも驚いた。
だって、だって俺はその子のことを知っている。見たことがあるのだ、あの奴隷市場で。
エルフだ。俺の前にいるのは疑いようもない、あの日見たエルフの女の子だ。
「安心したわ、ローマもお友達がいたのね」
「こんなやつら友達でもなんでもないさ! 僕の友達はミラノだけだよ!」
どういうことだ?
この二人はどういう関係だ?
いや、まさか……そんな。
だがそうとしか考えられない。俺の勘だか、それとも状況からの分析かはしらないが、この現状を察するに――。
「お前ら、逃げてきたのか」
ローマは答えない。
「おいっ」
俺は強く聞こうと、ローマの細い腕を掴んだ。
「ッ――痛いぞ」
「え?」
見ればローマの右腕からは血が出ていた。誰かに斬られたのだろう、傷がある。
「離してくれよ、シンク」
「あ、ああ。ごめん」
俺は慌てて謝る、まさか傷をおっているなんて思わなかったんだ。
「ローマ、大丈夫?」
エルフの女の子――ミラノが心配そうにしている。
「これくらいへっちゃらさ。それよりミラノこそ、ここまで逃げて疲れてない?」
「うん……私は大丈夫だけど……」
いったいどうしてローマがミラノを逃したのかは分からない。
しかし、これは好機なのではないだろうか? 俺たちがやらなくても水口に大打撃を与えるための作戦が成功しているのだ。
「まずいわね」
シャネルが言った。
「どうした?」
「誰か来るわ、たぶん警察よ」
「警察か……」
おそらくというか、十中八九逃げた二人組みの半人とはローマとミラノのことだろう。状況からみるに逃げられたことに気づいた水口が警察や冒険者ギルドに連絡したというところか。
「なあ、ローマ。お前たち自分が追われてることは知ってるか?」
「当然さ。だからこうして下水道を伝って逃げてたんだ」
たぶんこの傷も逃げているときにおったのだろう。それでも友人であるミラノのことだけは守ったのだ、ローマもたいしたものだ。
「事情はあとで聞く、とにかく俺たちはお前たちを助ける。シャネル、良いか?」
「ええ、当然ね。こういうの何ていうんだったかしら、カモがネギを背負ってやってくるっていうの? そっちのエルフの子が必要だったんでしょ?」
「お前ら、ミラノになにかするつもりか!」
「いや、しない。だから安心しろ」
ローマは俺を疑うように睨んだが、しかしコクリと頷いた。信じてくれたらしい。
「それでシンク、どうするの? 警察を相手取る?」
「……いや、二手に別れよう。シャネルはそっちのミラノちゃんと。俺はローマと逃げる。それなら半人二人組を探しているやつらの目をあざむける」
「あら、シンクったら。いつになく冴えてる考えね」
「おいおい、いつだって俺は冴えてるだろ」
「そうだったかしら? でも分かったわ、良い考えよ。落ち合う場所はアパートね」
「そうしよう。より、ローマ。いくぞ」
「え、あ? う、うん。でもミラノは大丈夫か?」
「安心しろ、俺なんかよりシャネルはよっぽど上手くやる」
実際、そう考えての割り振りだ。シャネルは口も上手いし頭も回る。俺たちはまあ、二人共脳筋寄りだからな。いざとなったら二人で暴れてやっても良い。
「じゃあシンク、私たちは警察の来る方に向かっていくわ」
「よし、頼んだぞ」
「ミラノ、良いかい? 大丈夫?」
「うん、大丈夫よローマ。このお姉さんについていくわ」
ローマはシャネルに頭を下げた。その姿はいままでのローマからしたらちょっと想像できない姿だった。
「ミラノのこと、よろしくお願いします。たぶん、僕だけじゃあミラノのこと逃してあげられないから……」
「任せて、言ってなかったけどじつは私たちって正義の味方なの」
なんだそれ、と俺は笑う。シャネルなりの冗談のつもりなのだろう。
俺とシャネルは視線をからませて、そしてどちらからともなく歩きだした。
シャネルと一緒にいないのは久しぶりだった。たぶんドラゴン退治に山を登ったとき以来。でもあのときもシャネルはしっかりしていた。
たぶん、シャネルたちの方は大丈夫。
だから、問題は俺たちだ。
「お前、その手はまずいんじゃないか?」
「う、うん……」
さすがに片腕を怪我した半人がいたら怪しいどころじゃない。
ローマが歩くたびに、ポタポタと血の雫が地面に落ちる。まるで俺たちの道順を示すように。
「どうする、治療院に行くか?」
この世界では病院と別に治療院というものがある。そこには水属性の回復魔法を使える人がいて、切り傷などをお金を払えば治してくれるのだ。
「だ、ダメだ。治療院は敵が見張ってるかもしれない」
「そうなのか?」
「僕に傷をつけた相手なら、きっとそうするさ」
「お前に傷をつけた相手って……」
ローマだって弱いわけではない。動きはすばしっこくてまるで手品みたいに無数のナイフを操るのだ。俺たちだって戦ったときは危なかったのだ。
「団長だよ」
「団長?」
「そう、サーカスの」
サーカスというのはローマが所属する殺し屋集団の名前だ。その団長、つまりはリーダーか。
「それは手強そうな相手だ。つうかお前、身内にバレてんのかよ。あのエルフの子を逃したの」
「当たり前だよ、僕がどうして殺し屋なんてやってたと思うんだい」
「知らねえよ」
少しだけ広い通りにでる。しかし夜なのと今回の騒動のおかげで人の気配はない。
とはいえ油断は禁物だ。俺は頭の中でアパートまでの道をすばやくシミュレーションする。
「僕が殺し屋なんてしていた理由は……」
ドサリ、と音がする。
ローマが倒れたのだ。
「お、おい!」
「やっぱりダメだったか……血を流しすぎたみたい」
「お前、そんな状態で歩いてたのかよ」
「だって……ミラノに格好悪いところ見せたくないから」
「やせ我慢しすぎだ、バカ野郎!」
「僕は野郎じゃないぞ……」
なんでもいいよ、と俺は背中から剣を外して代わりにローマを担ぐ。
「お、おい……」
声はいまにも聞こえなくなりそうなくらいに小さい。夜で、しかも周りが静かだけら聞く取れているのだ。
「ダメだ、このままアパートにはいけない。治療院に行くぞ」
シャネルも水属性魔法は使えるが、ローマのこの傷はどう考えてもシャネルの水属性魔法で治せる範囲を超えている。
「待て……そしたらお前も狙われるかもしれないぞ」
「そんなこと知るか。治療院に行かなくちゃお前が死ぬかもしれないだろ」
「ううっ……」
まったく、なんて軽い体だ。ひ弱な俺でも簡単にかつげる。
こんな小さな女の子が……殺し屋なんてやっていたのか。
「あのな……僕が殺し屋をやっていた理由な……」
「もう喋るなって」
「いや……喋ってなきゃ気絶しそうなんだ」
「あきれたぜ、どれだけやせ我慢してたんだ」
でもちょっとそういうの分かるな。
俺もシャネルの前では格好悪いところ見せたくないから。ま、もうかなり見せちゃったけどさ。でもこれ以上は見せたくない。
「僕たちね、もともと奴隷だったんだ……いや、今も奴隷みたいなもんだけどさ」
「少なくともミラノちゃんは売られてたな」
「うん、でも昔は僕もそう。でも僕は買い取られたんだ、団長たちに。サーカスに……」
「それで殺し屋に?」
「違うよ……最初はね、殺される用に買われたんだ」
「殺される用?」
「そう。その頃のサーカスにはね、ある女と、その子供がいたのさ。で、その子供の8歳の誕生日に、僕は買われたんだ。初めての殺人用の生きた教材としてね」
「な、なんだそれ」
「でも、そうはならなかった。はは……いま思い出してもざまあみろって思うよ。逆に殺してやったんだ、そのガキと、母親をさ。僕の初めての殺人だよ。そしたらなんだ、団長のやつが僕のことを気に入っちゃってさ、それから僕はサーカスで見習いとして働くようになったんだ」
ローマはケラケラと笑った。
まるで自分をあざ笑うように、だ。
たぶん、そうでもしなければ過去の酷い出来事なんて語れなかったのだろう。
「その頃からミラノちゃんとは一緒なのか?」
「ううん、ミラノに会ったのはここ一年くらいさ。サーカスがいまの雇い主とつながってから」
「いまの雇い主ってつまりは、ウォーターゲート商会か?」
「うん、そうだよ。それからさ、僕が殺し屋をすることに意味ができたのは……」
「どういうことだ?」
「ミラノは、まだ奴隷だったんだ。だからね、僕がね、そのミラノを……」
「お、おい。大丈夫か!」
声が更に小さくなる。
俺は急いで走る。
くそ、実は治療院がどこにあるのかよく知らないのだ。
「ミラノを助けてあげなくちゃ。お金をたくさん稼いで。それで……」
「しっかりしろ、ローマ! いまに治療院につくぞ!」
ローマはもう意識がはっきりしていないのか俺に話しているのかも分からない。
「ミラノ……もうちょっとで。もうちょっとで……お金が……た、ま、……る」
まずい、こうなりゃ人見知りだとか言ってる暇じゃない。
俺は手近な家のドアを叩く。
「頼む、開けてくれ! ここらへんにある治療院の場所を教えてくれ!」
だが誰も出てくる気配はない。
本当に不在なのか、それとも怪しいと思って居留守をつかっているのか。
何軒か試してみるが、どこの家も扉が開くことはなかった。
「どうするんだよ……くそ!」
ローマはもう喋らない。かすかに呼吸はしているから生きてはいるようだ。
でもこういうのは虫の息といって、もういつ死んでもおかしくないかもしれない。
――ええ、こうなったら最終手段だ。
本当の本当の最終手段だ。
寂しいから話し相手が欲しいってのとはわけが違うぞ!
「おい、アイラルン! アイラルン! 因業の女神様よっ! 出てきてくれよ!」
俺は腹の底から叫ぶ。
そして、時が止まった感覚がした。アイラルンがきてくれたのだ。




