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645 土方の核心


 吹雪は夜になるにつれて勢いを増しているようだった。


「これは元々、今日の進軍は無理だったね」


「ふん、私はそれでもやれた」


 俺はなぜか土方と2人で部屋にいた。


 いや、なぜかって言うかシャネルがまたアイラルンと2人で話をしたいというので、俺が土方の部屋におしかけただけなのだが。


 べつに他意はない。


 ただの消去法だ。


 澤ちゃんの部屋に1人で行くのはなんかあれかなと思ったし、大鳥さんの部屋は問題外。俺がシャネルに怒られちゃう。


 そうなってくるともう土方しかいなかったのだ。


 土方はまあ確かに美人だが、性格が性格なのでお友達みたいな感じで接せられるのだ。もっとも相手はそう思っていないだろうが。


「貴様、いつまで部屋にいるつもりだ?」


「いやあ、俺ちゃん穀潰しで追い出されちゃって」


 冗談だ。


 土方はくすりとも笑ってくれない。


 どうやら刀のメンテナンスをしているらしいのだが、こちらを見もしない。


「お前は、やらないのか」


 そしてこちらを見ないまま、聞いてくる。


「なにを?」


「刀だ」


「ああ、そういえばね」


 いわゆる整備というようなことをほとんどしていない。モーゼルの方はときどきバラして煤払いをしているが、刀のほうはぜんぜんだ。


 ルオの国でもらったっきり、ほとんどそのまま使っている。それで問題もないのだから、よっぽど丈夫なのかあるいは特別なのか。


 俺の予想では、この刀――『クリムゾンレッド』は魔力を通す性質がある。そのため、なんかかんか特殊な力が働いていつもピカピカ新品同然なのだ。


 なんかかんか……なんだかんだ……。


「俺の刀は特別製なんだよ」


「そうなのか?」


「うん、見てみる?」


 そう言って、刀を抜く。


 刀身はすらりと細身で、それなりの長さだ。しかしくらべてみれば、土方の刀の方が長く、そして太い。あとはくらぶべきものではないかもしれないが、刀自体の美しさはこちらが上に思えた。


「なんだ、この刀」


 土方が目を細める。


「え、なに? おかしい?」


「熱を持っているぞ」


 どういうことだろうか?


 土方は刀身に触らないように手をかざす。そして「気づかないのか?」と俺に聞いてくる。


「えっと……」


 俺も手をかざしてみる。でもよく分からないので指の先で触ってみる。人肌よりも少しだけ温かい、そんな気がした。


「おかしいだろ」


「え、おかしいのこれ?」


 こういうもんだと思ってたけど、違うんだ。


 いや、たしかに思ってみればもともと持っていた剣はこんな熱を持っていなかった。


「妙な刀だな、色も赤みがかってる」


「ほかにもギミックあるよ」


 褒められたわけではないだろうが、ちょっとだけ得意になって言う。


 俺の友達――友達だよね、ドモンくん――が作ってくれた刀だ。自慢くらいしたい。


「ギミック?」


「そう、この刀ね、魔力が通せるの」


 これはもう、まったくの感覚なのだが。体に魔力を通すようにこの刀には魔力を通せる。つまりこの刀は握れば俺の体の延長線上のような感覚になるのだ。


 手に持って。


「ふんっ!」


 と、魔力を込める。


 刀身の鈍い赤が、さらに際立ち、光る。


「なんだこれ?」


「すごいでしょ?」


「けったいだ」


 あはは、と俺は笑う。口調は険しく感じられるが、土方の表情は柔和だ。面白い、と思ってくれているのだろう。


「榎本――この呼び方でいいのかな」


「いいよ」と、俺。


 土方は俺がタケちゃんではないのことを知っているからな、その詳細までは知らないだろいうけど。


「お前は武士ではないのか?」


「違うね」


 これはタケちゃんではなく、俺、榎本シンクに聞いている言葉だと思った。


「そうか」


「ただそこらへんにいる人だよ、ああそう言えば勲章はもらったことあるな。あれってどうなのかな、勲章もらったら貴族なの?」


「ものにもよるだろう」


「レ、レレレ? なんだったかな。レアンドロなんたらみたいな勲章だったんだけど」


「分からねぇ、シャネルに預かってもらってるからな」


「お前も、ドレンス人だよな? あの銀髪の女と同じ」


「えーっと、そこもまあ難しいけど。イエスでもありノーでもあるよ」


「面倒な男だな。男ならはっきりしてくれ」


「生まれはこっちで、育ちはドレンス。まあそんなところ」


「なるほどな。ならばドレンス人だ」


 そうなのだろうか?


 俺は日本人であると思っていたが。生きていた長さでいえば、とうぜん異世界にいた時間よりも前の世界にいた時間のほうが長いのだから。


 けれど……楽しい思い出なら、異世界に来てからの方が多いな。絶対に。


「ドレンスの、レアンドロ勲章? まさかそれ、レジオンドヌール勲章か?」


「ああ、それそれ。そんな感じのやつ!」


「最高勲章だぞ? お前、ドレンスでなにをした!?」


「え? まあ、いろいろ」


「いろいろって……ガングーが制定した誰もが憧れる勲章だ。いつくか種類があるはずだが、どれだ?」


「そんな詳しいことは分からないよ、シャネルに聞いて」


「そうか。そういう意味ではまあ、貴族であるかもしれないな」


「やった、俺ちゃん貴族だ!」


「そういうふうには見えないがな」


「実感もないしね、俺はただの気ままな冒険者だよ」


「それがいまや蝦夷共和国の総帥か? 人生なにがあるか分からんな」


「そうだね」


 桂馬の高上がり。


 夢の中で金山に言われた言葉を思い出した。


「私も……同じようなもんさ」


「え?」


「私はもともと農民だった」


 なんとなくだが、そんな話を聞いたことがあった。


 いやなに、この女である土方から聞いたのではない。元にいた世界で、新選組の土方歳三のことを少しだけ知った。


 たしかそれによれば、どっかの田舎から武士になりたくて局長である近藤勇、イケメンで有名な沖田総司と共に上京したはずだ。


 いまでいえば、田舎者が高校を出たあとに都会に行くようなものだろうか?


「それがあれよあれよと武士だ。新選組の副長になり、そしてその新選組の面々もいなくなり、いまや蝦夷で戦っている」


「悲しいのか?」


「少し、そうね。感傷的にもなるわ」


 女言葉が出た。


「土方はさ、どうしてときどき口調が変わるの?」


 じつに無粋な、直接的な聞き方だった。


 相手の核心に触れてしまうかも知れない、危うい質問だ。


 けれど土方は答えてくれた。


「こうしていなくちゃ、自分がたもてないのよ」


「たもてない?」


「鬼の副長として自分を律し、他人にも厳しくあたり、そしてなんとかかんとかやってきたのよ。そのザマがこれ」


「ザマって……」


「笑うでしょう? 姉のように慕っていた人も、弟のように可愛がっていた人もいなくなって、友達も恋人も、もういない。ただ1人で戦い続けてる」


 気弱になっているのだな、と思った。


 だからこんな悲しいことを言う。


「俺がなってやるよ」


 自分でも、どうしてそんなことを言ったのか分からない。


 けれど、言ってしまった。


 俺は土方に対して悪い感情を抱いていなかった。だから言ってしまった。


「え?」


「なってやるって。もういないんだろ? なら俺が新しい――」


「恋人?」


「違う! 友達だ!」


 そっちじゃない!


 そんなこと言ったらシャネルに怒られちゃう。


「うふふ、冗談だよ。そっか、榎本殿が友達か。まあ、いいけれど」


 あの土方が笑っている。委員長みたいな真面目な顔、険しい顔ばかりしていた土方が。


 ちょっと可愛いじゃないか。


「どうぞこれからもよろしく」


 俺は手を差し出した。


 土方はその手をとる。


「よろしく。それで、新しい友達。貴方の名前は? 私は土方歳三だ」


「榎本シンク」


「榎本……なんだ、名字は本当に榎本だったのか」


「顔も似てるだろ?」


「性格は大違いだけどね」


 だろうね、と笑う。


「じゃあシンク。改めて、これからよろしくね」


 土方は照れたように頬を染めた。それでなぜか、俺も照れてしまった。


「お、おう」


 握手をしている手が熱い。


 クリムゾンレッドよりもっと熱い。


 たぶんだけど、俺はドキドキしていた。


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