063 死活問題! この世でもっとも大切な確認
さて、復讐相手の水口のことも大切だが、もう一つ、大切なことがある。
いや、それは俺にとってあるいは復讐よりも大切なことかもしれない……。
「シンク、もう寝ちゃわない? ロウソクがもったいないわ」
「おう、そうだな」
時刻は……何時くらいだろう? この部屋には時計がないのでよく分からない。でも空はすっかり暗くなっているし夜ご飯も食べたしで、まあそろそろ寝るには良い時間だ。
「それとも寝酒でも飲む?」
シャネルが聞いてくる。
いいや、と俺は首を横に振った。
一時期の自暴自棄的なアルコール依存症以来、俺はワインの味を覚えてしまった。それで寝る前にワインを少し飲むのが癖になっていたのだが、そういうのってもちろん良いことじゃない。
そもそも俺はあんまり酒が強くないので次の日に残ることもあるし。
そんなこんなで寝酒はあまりよくないです。なので気を付けております。
「むしろシャネルこそ一杯飲んだらどうだ?」
さて、大切なのはここからね。
「あら、私?」
俺は戸棚からワイングラスと飲みかけのワインを取り出す。
シャネルはそのワインをじっと見つめた。
「怪しいわね」
――ギクッ。
「あ、怪しくないよ」
「どういう風の吹き回し? いつもそんなこと言わないのに」
「いや、たまにはね。ほらシャネルもストレス溜まってるんじゃないの?」
「別にそんなものないわよ」
たしかに、シャネルって勝手気ままに暮らしてそうだし。ストレスとか皆無かもしれない。いやでもこういう子に限って腹の底には不満を抱えているのかもしれないし……。
なんにせよここでしつこく言って疑われてもつまらないからな。
「いや、飲まないんなら良いよ」
「どうしようかしら。シンクも飲むならいただくわ」
むむっ。これは難しい。さっきも言ったが俺は酒に弱い。一方のシャネルはザル――つまりは酒にめっぽう強いのだ。俺はシャネルがアルコールを飲んで乱れるのを見たことがない。
一緒に飲みだして、先に潰れるのは確実に俺だ。
しかし……虎穴に入らずんば虎子を得ずという言葉もあったはずだ。意味はたしか、えーっと、危険をおかさなきゃビックな成功は掴めないって、たしかそんなかんじだったはずだ。
「よし、じゃあ飲もうか」
俺はワイングラスを二つ、テーブルに置く。
それにしても変な部屋だな、と思う。テーブル椅子。ベッド、とベッド代わりの藁束。戸棚には本やらパンやらワインやらが適当に詰め込まれている。そして邪魔くさい服の山。いちおう畳んであって場所はとらないようになっているのだが、狭い部屋がさらに狭くなっている。
そんな部屋の真ん中で、俺たちはローソクの火を見つめながらワインを飲むのだ。
「乾杯」と、シャネルが言う。
「かんぱい」
――カツン。
甲高い音。きれいに透き通っている。
まず、シャネルが一杯ワインを飲んだ。「んっ」と、どこか艶っぽい声とともに喉元が動く。ワイングラスには少しだけ口紅がついていた。
「美味しいわ」
「そりゃあ高いやつだしね」
こういう高級品の味を覚えるのも問題なんだけどな、と俺は思うのだがせっかくなので高いワインを買うのをやめられない。無駄遣いに文句を言うシャネルだが――自分は服を買い込むくせに――ワインだけは例外なのだ。なぜか。
俺も一口。ま、正直俺はワインの味なんてわからないけどね!
「なにか食べるもの、いる?」
「まだいらない」
どうしてアルコールを飲むとお腹が減るのだろう? 不思議だ。そういえば俺の父親もよく晩酌にビールを飲みながらご飯を食べていたけど、あれもお腹が減っていたのかな?
……父親ねえ。あんまり好きじゃなかったし、もう会いたいとも思わないけど、もしかしたら俺のこと心配してたりするのかな? そりゃないか、あの人だって俺のことなんて好きじゃさそうだったし。
そんなことを考えていたら変にワインが進んだ。
くそ、酔いつぶれるわけにはいかないのに!
どうでもいいけど、この世界はアルコールの摂取に年齢的な制限がないらしい。この世界、というけれど俺はこのドレンスという国のことしか知らないが。少なくともドレンスでは何歳からでもアルコールを飲んでも良い。なのであちらでは未成年の俺がワインを飲んでも罪にはならないのだ!
というかシャネルもいちおう20歳にはなってないんだよね。大人っぽいせいで忘れがちだけど。ほとんど同い年なのだ。
「あんまり飲むと明日にさわるわよ」
「明日って……なにも予定ないだろ?」
「そうなんだけどね、でもそういうのって不健康よ」
「……うむ」
くそ、早くも酔いが回ってきた。
いつもならここらで藁束ベッドに潜り込むのだが……。
「どう、もう少し飲む?」
そう言われては断れない。
アルコールに弱い男ってなんか格好悪い気がしちゃう。いや、実際どうかは知らないけど男としてそう思っちゃうんだよね。だから無理してでも飲んじゃうんだ。バカだな、俺。
シャネルがグラスになみなみとワインをそそぐ。
「ワインってさ、香りとか楽しむものじゃないの?」
なんかそういうイメージがある。グラスにだってたくさんじゃなくて少しだけそそいでさ、グラスの脚の部分を持ってクルクル回すようなイメージが。
「あら、ごめんなさい。私あんまりそういうことしないから」
「いや、どうせ俺もそんな上品な飲み方しないし」
味が分からないんだ、当然香りも分かるわけがない。
でもそういうのできたら格好良いよな……。今度勉強してみようかな?
なんてことを思っていると、あくびが出た。
「あら、大きなあくびだこと。眠たい?」
「まだ大丈夫」
「なんなら、はい」
シャネルが両手を広げる。大きな胸が目に飛び込んでくる。
「な、なに?」
俺は目のやり場に困って視線をそらす。
「私の胸で眠る?」
「いやいやいや」
もちろん眠りたいです。
いや、でもこの胸っておっぱいって意味じゃなくて比喩表現的な胸じゃないか? たとえば胸を借りるとかのさ。こう、包まれてる母性本能的な――ダメです、酔っ払ってあんまり言葉が出てきません。
シャネルはニコニコと笑いながらこっちを見つめている。なんだかぜんぜん元気そう。
というかシャネルっていつも何時に寝てるんだよ。俺が寝る時間にはまだ起きてるし、俺が起き上る前には目を覚ましている。ミステリーである。
やはりシャネルが寝ている間に、という作戦には無理があるのだろうか?
どうしても、どうしても、どうしても。俺には確認しなくてはならないことがあるのに!
――そう、シャネルが処女かどうかを、だ!
気になってるんだよ、これ。
というか心配してるんだよ、まじで。
これでシャネルが経験済みだったら……俺死んじゃうかも! 自殺しちゃうかも、ショックで。悲しすぎるぞ。
なのでこれはまさに死活問題なのです!
いや、信じてるけどね。うん、信じてる。でもほら、俺と出会う前のシャネルって何してたのか分からないじゃん? 元彼とかいたらヤダなあ……。
そうです、これが童貞です。
相手は処女じゃないと嫌なのです。ついでに言うと声優さんも処女であるべきなのです。もちろんアイドルもです。んなバカな、って言われることがあってもそうじゃなきゃ嫌だの!
つうか俺くらいになるとあれだからね、シャネルが他の男と話してるだけで嫌な気分になるからね。
「どうしたの、シンク。怖い顔して?」
「死活問題です」
「はあ?」わけがわからない、という顔をされた。「酔ってるの?」
「酔ってない」
いや、嘘。ほろ酔い? ま、そんな感じ。
シャネルが自分の分のワインをつぐ。俺のグラスにはまだワインが残っている。飲む? とシャネルがボトルを傾けてきた。俺はグビッとグラスをからにする。
「あら、良い飲みっぷり」
「そう?」
褒められた?
「ええ、格好いいわよ」
シャネルの小さな拍手。それで大きな胸がちょっと揺れている。
「ふっふっふ」
俺は無意味に笑う。
やばいな、酔ってきたな。俺って酔ったら寡黙になるタイプなんだけど、なぜかシャネルと二人っきりだと笑い上戸なんだよな。甘えちゃうというか、そういうのだろうか?
でも今日は笑ってそのままバタンキュー(古い)ではいけない。どうにか隙を突いてシャネルのギルドカードを盗み見しなくてはならない。ローマに教えてもらった隠しコマンドを使って、シャネルが処女かどうか確認しなくては!
そのためには……。
そのためには……。
そのためには……。
あれ、頭が重たいぞ?
「ちょっとシンク、寝るならベッドに行きましょう」
うん、と答えたつもりが言葉はでなかった。
「まったく、ダメよ。歯だって磨いてないじゃない」
「……うん」
あ、今度は言葉ががが、で……た。
ダメだ、眠たい。
バタン。
「ちょっと、ちょっとシンク? あら、かわいい寝顔」
シャネルの声がどこか遠くから聞こえてくる。
くそー、失敗した!
俺は諦めて泥の中に沈みこむように眠った。
――――――
ガバッ!
俺は起き上がる。
くそ、やっぱりダメだった。酔いつぶれた!
だが俺はすぐに気がつく。
――あれ、あたりが暗いぞ?
「もしかして、まだ夜?」
思わず言ってしまう。
「んっ……」
すぐ近くから色っぽい声がした。
まずい、と思い俺はすぐに口を閉じる。
……寝ている! シャネルが寝ているぞ!
ま、いつものごとくなぜか俺の藁束に入ってきてるんですけどね。というかこれあれか? そもそもベッドで寝てないのか? なら俺にベッド使わせてくれ、藁束好きなんだろ。
あたりは真っ暗。俺の目をもってしてもよく見えていない。
俺は辛抱強く目が暗闇に慣れるのを待つ。しかしいくら待っても暗いまま。さすがに光源の一つでもないと、いくら視力が良くても見えないのか?
こうなれば――。
俺は心の中で『スキル発動!』と念じる。
いや、実はアクティブスキルなんだよね、『女神の寵愛~視力~』って。あんまり使ったことないけどさ。だってこれ疲れるし。
しかし背に腹は代えられない。
一瞬にして俺の目は暗視ゴーグルでもつけたようにあたりを見ることができた。
「うわっ!」
思わず声をあげる。
なんつう格好してんだ、シャネルのやつ。
ネグリジェというのだろうか……紫色の下着だ。こんなのエロ同人誌の中でしか見たことないぞ。ペラペラじゃねえか、寒くないのか?
どうやらシャネルはぐっすりと眠っているらしく目を覚ます様子はない。
……おっぱい触っちゃおうかな?
思わず伸びる右手を、自分の左手で必死に止める。
やめろ、ここでそんなことをすればシャネルは目を覚ますかもしれない。そうなればせっかくのチャンスが水の泡になる。
俺は自分の性欲を必死で抑え、藁束から抜け出す。
足音を殺し移動、シャネルのギルドカードはいつも彼女の服に入っていたはずだ。
「うぐぐ」
小さな声で気合を入れる。
スキルを発動したせいで魔力がごりごり削られている。早くしなければいけない。
なんでもいいけどシャネルを見たとき、頭の上のあたりにポップが見えた。『火属性魔法B』と『幸運E+』って書かれてたからな。シャネルのスキルだろう。
最近は戦闘をしないでのあまりスキルを使うこともないが、今度戦う時は有効に使っていきたい。
真面目な話しはおいておいて、それよりもシャネルのギルドカードだ!
「どこだ、どこだ、どこだ……」
小さな声でつぶやきながらシャネルの服を探す。シャネルの服ってどれも同じようなゴスロリで見分けがつきにくいのだ。
しかしなんとかギルドカードが入った服を見つけることができた。そのために他のたたんであった服をきたなくしたけど……まあ気にするな!
俺はさっそくギルドカードに隠しコマンドを入力する。
………………ほっ。
安心した俺はシャネルのギルドカードをしまう。
うんうん、信じてたよシャネル。処女だって!
まったく俺ちゃんったらどうかしてたぜ、シャネルが俺以外の男になびくわけないだろ! はっはっは、なんだか気分が良いぞ。
俺はシャネルのギルドカードをもとあった場所に戻す。服のたたみかたは分からなかったのでそのまんま放置。
魔力を消費していく『女神の寵愛~視覚~』のスキルをオフにして藁束に戻った。
するといきなり俺の首元に、ヘビのようにシャネルの腕が絡みついてきた。シャネルの手が冷たいものだから、
「ひゃっ」
と、情けない声が出る。
ま、冷たさだけじゃなくて単純にビビったってのもあるけど。
しかしシャネルが起きているわけではなさそうだ。つまり寝たままで抱きついてきやがった!
俺は抜け出そうとしたが、やっぱりやめた。
よし、このまま一線越えちゃうぞ!
そう決心して――。
――しただけで、その後が続かない。
よし、おっぱいを揉んでやる!
と、思っただけで揉めない。
……そうです、これが童貞です。
そんなふうに悶々としたまま、俺は眠れぬ夜を過ごすのだった。
ま、シャネルが処女って分かっただけ良しとしましょうや。
ちゃんちゃん。




