632 女言葉とオーガ
俺の存在に土方も気づいたのだろう。目を丸くしている。
「なぜここにいる!」と、怒鳴られた。
少し遠いな。
「そんなことより被害は?」
俺は土方の方に駆けながら、そう聞いた。
「敵はほとんどやった。だが最後の最後であんな化け物が出てきやがった!」
土方は腕にさらしを巻いていた。そのさらしから血がにじんでいる。
まさか、と思ったらそのまさかだった。
腕を怪我しているのに刀をさらしで巻いて、無理やり握っているのだ。
「土方!」
「な、なんだ」
俺は思わず大声で言ってしまう。
「バカ、こんなことするな! 女の子だろうに!」
腕がずたずたなのに無理やり戦うなんて。
「う、うるさい!」
俺は土方の腕をとり、巻かれていたさらしを力づくでほどく。
「いたい、痛いからやめてくれ!」
「うるせえ!」
文句は聞くつもりはなかった。
さらしをとって、刀もひったくる。
「な、なにをする!」
「アイラルン!」
「はいはいよ」
ひったくった刀をアイラルンに渡した。
「このバカ女をシャネルのところに連れて行け! 治癒魔法をかけてもらえ!」
「朋輩、お言葉ですがシャネルさんいま魔法は使えませんわ」
「ああそうか! じゃあなんでも良い、安静にさせておけ!」
「ふざけるな、お前――」
「とにかくあんなオーガは俺が倒してやるから! 土方は下がってろ!」
「……う、うん。分かったわ」
分かったわ?
いまなんか変なこと言った気がするけど。
女言葉で喋らなかった?
まあいいや。
とにかく俺は土方を下がらせて、自分は逆に前に出た。
「さてさて、回復能力。というよりも再生能力か?」
首を落とせば、あるいは……?
あるいは再生には限度があるかもしれない。あいつがどういった理論で体を再生させているのかは分からないが、なにかしらの力を使っているのは確かだ。それが魔力であることくらい、そこらへんの知識にうとい俺でも分かる。
俺は刀を青眼に構える。
オーガは一度腕を落とした俺に狙いを定めているのか、ブサイクな表情をさらにゆがめている。口から覗く大きな牙から、粘度の高いヨダレがたれている、だらしがない。
「来いよ」と、俺は挑発するように言う。
まさかその言葉が通じたとも思えないが、オーガが勢いよく走り出した。
こちらに向かって腕を振り上げてくる。
近づいてきて――俺は攻撃が当たるその前には位置を変えていた。空振るオーガの腕。相手からすればいつから俺が移動していたのかさえ分からないだろう。
俺はオーガの足を斬りつける。
両足を一瞬で切断してみせた。
モンスターといえど二足歩行。足がなければ立つことさえできない。
「ウガアアッ」と、言う叫び声をあげてオーガがその場に倒れた。
それを見て、新選組の隊士たちがわらわらと集まってきた。
全員でオーガの体に刀を突き立てていく。
その間にもオーガは足を再生させていく。
「足を斬れ!」
俺の号令に隊士たちは素直に従う。
オーガが残った腕を振り回す。それで数人が吹き飛ばされた。それでも果敢に向かっていく隊士たち。だが、再生を始めた足を上手く斬ることはできなかった。
先程よりも早い速度で足が再生された。
オーガは立ち上がるというよりも飛び跳ねた。
その巨体からは想像もできないほどに、高く、高く飛び跳ねたオーガ。
対空迎撃は――俺は周囲を見回すが、すでに大砲の一門も残っていない。
焼け石に水とは思いながらも、モーゼルを抜き、オーガの目玉をめがけて一発の銃弾を打ち込んだ。
百発百中の命中精度を誇る俺の弾丸はオーガの目を撃ち抜いたかに思えた。
だが弾丸は、オーガのまぶたに阻まれた。
「防いだ!?」
そんな現状確認に意味はないと分かりつつも、言ってしまう。
「ブヨウ! あいつの顔面は異常な硬さだよ!」
この声は島田のものだ。
「いたのか!」
「いたさ」
島田は足を怪我しているようだった。それでも精一杯大きな体を伸ばして立っていた。
「うちらだってバカじゃないさ。あいつの再生力を見て首を落とそうと狙った。けどとにかく首から上だけは硬いんだ!」
「なるほどね、つまりはそこが弱点か」
「おそらくはね、ただ落とせれば――の話だが」
「やるさ。あんたたちも手伝ってもらうぞ」
「もちろんさね」
狙いは首。
あれさえ落とせばなんとでもなる。
オーガは少し離れた場所に着地した。その周りには誰もいない。
だが、さきほど踏み潰され砲身が折れ曲がった大砲があった。オーガはそれを片手で掴んだ。
「武器にするつもりだよ」と、島田が言う。
「見りゃあ分かるさ」
俺はモーゼルをしまう。おそらくこれでダメージを与えることはできないからだ。
「あいつの手足ならば落とせるだろう。まずは全員で四肢を落とすぞ」
「それでダルマにしてどうするんだい?」
「最後のつめは俺がやる」
なんとしても首を落とす。
「できるのかい?」
「できるかどうかは分からない」
「あんたねえ……」
島田は少しだけ呆れた顔をする。
「けどな、できないと思ったらできることだってできなくなるんだよ」
いい考え方だろ? と、俺は島田に笑いかけた。
島田はなるほどね、と頷く。
「よし、行くぞ」
「あんたら、とにかくあの化け物の手足を落とすよ!」
島田の号令で新選組の隊士たちがもういちどオーガを取り囲んだ。
オーガは無茶苦茶に大砲を振り回す。隊士たちはそれに当たらないようにじりじりと間合いを詰めていく。
背後をとった者が斬りかかった。
オーガの背中がばっさりと斬られた。そこから数秒間だけ血が出た。が、すぐさま血が止まる。
それでもダメージは与えられた。
「効いてるよ!」
だが、数人がオーガに吹き飛ばされる。見たくはない。が、吹き飛ばされた人間を見てしまう。人間のもろい体なんて、力いっぱい大砲で叩かれれば粉々だ。
俺は自分がオトリになるつもりでオーガの前に立った。
「こっちだ!」
刀を構える。
オーガは直情的にこちらに狙いをさだめる。
振り回される大砲。それを傍目からは紙一重で避けていく。しかしその実、俺には攻撃を避けているというつもりはない。
ただただ、攻撃の当たらない場所に先回りして移動しているのだ。
そして隙を見つけて、まわりのみんなが攻撃にうつる。俺はただただ回避にてっしていた。
オーガの体が傷ついていく。
そして、とうとう島田がオーガの腕を肩から落とした。
それからは早かった。
体勢を崩したオーガに全員で斬りかかる。一本一本と手足を斬った。
そして胴体だけになったオーガはその場に倒れる。
「これで、トドメだ!」
俺は刀を倒れたオーガの首に振り下ろした。
刀が首にかかる。
しかし俺は理解する。このままならば首を落とすことはできない。
ならば、と俺は刀に魔力を込めた。
クリムゾン・レッドが紅く光り輝く。
「隠者一閃――『グローリィ・スラッシュ』!」
魔力を無理やり放出させるのではなく、刀に留めて振り下ろした。
首どころか地面すらも切り裂いた。
オーガが断末魔の叫び声をあげて、そして、体は灰になってその場で消えた。
「はあ……はあ……」
疲れていた。
それでも、俺は勝った。




