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625 犬のような女神

 

 朝になって、雨はあがっていた。


 俺は土方に言われて、朝っぱらから港町に戻ることになった。


 ようするにパシリである。澤ちゃんを呼んでこいということだ。


 雨が降っていないだけで、なんと歩きやすいことだろうか。ぬかるんだ道に足をとられる面倒があるくらいだ。


 最初、護衛をつけると言われが断った。


 1人で気楽に歩いている方が楽だと思ったからだ。


 とはいえ少しだけ不安もあった。それは――。


「道に迷った」


 これである。


 右を見る。


 左を見る。


 さて、ここはどこでしょう?


 暗中模索……いや違うな、五里霧中? 右顧左眄?


 どれもなんとなく違う気がする。


 たぶん正しいのは『行方不明』とかそんなのだろう。


「さてはて、どうしましょうか」


 たぶん、運が悪かったのだ。さっき曲がったとき、右じゃなくて左が正解だったのだ。


 そんな気はしていた。俺の勘は左だと告げていた。しかし俺のポンコツな記憶ちゃんが、右が正解だと言っていたのだ。


 昨日は夜で、しかもついていっているだけだった。道も覚えているようで覚えていなかった。それでもなんとなく大丈夫だと思っていたのだ。


 記憶しているのだ、と。


「やっぱり自分を信じちゃダメだな。世の中自分を信じてなんて甘言が溢れてるけど、最後に信じられるのは自分じゃなくて他人だな!」


 いや、それも違うか?


 どうにもこうにも1人で心細くなって変なことを言っているみたいだ。


 なんだか歩くたびに周りには木々が生い茂っていき、いつの間にか俺は山の中に入っているようだった。


 よっこいしょ、とそこらへんの大きな石に座った。


 はあ……とため息を吐く。


 こうしているうちに時間は経っていくというのに。


 入り江を出てから2時間くらいたっただろうか?


「進むべきか、戻るべきか、それが問題だ」


 こんな場所で座っていてもなにもならないのだけどね。


 というわけで、俺は歩き出した。それも闇雲にだ。


「とりあえず中間地点の村までは行きたいな」


 最初はそれくらいの気持ちで歩いていた。


 しかしそれも、少しだけして考えが変わった。


「とにかく入り江に戻るか」


 その考えも、そのうちかわる。


「誰か、誰かいないのか! 第一村人は!」


 まるで誰もいない。この場所には俺1人のように思える。


「シャネル~、アイラルン~」


 とりあえず名前を呼んでみる。


 とうぜん、返事はない。


「どうしよう……マジで道に迷ってるよこれ」


 まわりを見る。


 当然だれもいない。


 いないのだが……。


 遠くから、声が聞こえてきた。


「本当にこんな場所にいるの?」


「おまかせください、シャネルさん」


「貴女の言うこと、いまいち信用できないのよね」


「大丈夫ですわ!」


 この声は、シャネルとアイラルンだ!


「おおい!」


 俺を探しに来てくれたのだということは会話の内容ですぐに察することができた。


「あら、いま声がしたわ」


「え? ぜんぜん聞こえませんでしたわ」


「あっちの方からよ」


「ああ、たしかにあちらに朋輩の気配がありますわ」


「貴女って犬みたいに便利ね」


「わたくしは女神みたいに便利ですわ!」


 やがて、木々の中からシャネルが姿を現した。


 今日のシャネルは白いフリフリの服を着ていたので、森の中でもすぐにその姿を確認することができた。


「シンク、どうしてこんな場所にいるの?」


「どうしてだと思う?」と、俺は少しだけ照れながら気取ってみせた。


「道に迷ったんですわ!」


「そうとも言う」


「ぜひとも他の言い方を知りたいものね」


 シャネルは少しだけ呆れているようだった。


 そりゃあそうか、いい年して道に迷ってるんだからなこっちは。


「朋輩がいなくなったって、大騒ぎになってましたわよ!」


「やっぱりか……ちなみに誰か変わりに澤ちゃんのこと呼びに来た?」


「あの黒い服の人たちが来たわよ」


「そうかそうか」


「それで朋輩がいなくなったって、問題になってましたわ」


「すまん」


「まさか迷ってるとはね。どこかでサボってるのかと思ってたけれど」


「いや、でも本当に助かった。このままだと誰にも会えずに死ぬところだったかも」


「本当にシンクは私がいないとダメね」


 シャネルはなぜか知らないが、むしろ嬉しそうにそう言って笑った。


「それにしても朋輩、船を一隻手に入れたのでしょう?」


「ああ、そうだよ」


「すごい戦果ですわね」


「でもあの船、動かせる人いるのかな?」


「ああ、それは大丈夫らしいわ。なんでも、ダメになった船の船員が残ってるらしくて、もう一隻くらいなら余裕で動かせるそうよ」


「そうなのか」


「場所も増えて大助かりだって言ってたわ」


「それなら良いけど……」


「これで北海道にも行けますわね! わたくし北海道に行ったらイクラが食べたいですわ!」


「あるのか、それ?」


 俺たちは歩き出す。


 前を行くのはシャネルだ。


 ちゃんと道を覚えていてくれたのだろう。


 俺はシャネルについていく。


 それにしても、どうしてアイラルンは俺の居場所が分かったんだ?


「なあ、アイラルン」


「なんですの?」


「お前、俺の居場所どうして分かったの?」


「いつだって分かりますわ、それくらい」


「なんか怖いなぁ、それ」


「朋輩がなにをしているのかも、なんとなく分かりますわ」


「え!?」


「アイラルン、それって――」


「なんとなくですわよ、なんとなく」


 嫌な笑い方をする。


 もしかして俺がトイレでやってるあれやこれやも……。


 いや、まさか分からないよな?


 そんなことはまさか分からないよな!


「ほどほどに」


 嫌な感じで釘を刺す。


 背筋を嫌な汗が流れるのだった。


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