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624 怖さはない


 土方は数人の斥候せっこうを出していたらしい。


 そいつらの報告を聞いてから、準備万端攻め入ることになった。


「敵の船は停泊中、入江には番をしている人間がいるらしいが2人だ。蹴散らして一斉に船に入る」


「中にいるやつらは?」と、島田が聞く。


「皆殺しで良い」


 シンプルな命令だった。


 ただ突入して、皆殺し。


 分かりやすい。


「では行くぞ」


 音もなく歩き出す軍団。


 そこに俺はついていく。


「なあ――」と、島田に話しかけようとしたら怖い顔をされた。音をたてるな、ということだろう。


 入江に近づく。


 遠目で見る。


 たしかに見張りがいる。


「市川」


 土方が新選組の中でいちばん年少である市川を呼ぶ。


「はい」


 声を潜めて答える市川くん。


「お前が行け」


「じ、自分がですか?」


「1人で行かせるのか?」


 俺は話しに入る。


 こんな年派の行かない少年と言ってもいい市川くんを、みすみす死地に追いやるというのだろうか?


 もし死んでも被害が少ないから、ということだろいうか。


「誰が1人でと言った」


「そうなの?」


 少し安心。


「新選組の基本戦術は敵に対して2倍の数であたることだ」


 2倍……。


「つまり4人?」


 土方が少しだけ失望した顔をする。


 それで俺はなにかを間違えたのだと思った。


 考える。


 すると、すぐに分かった。


 あくまで2倍の数というのは基本戦術。新選組が京都で戦っていたときはそれでもよかったのかもしれない。けれどここは開けた入江だ。


 必ずしも2人に対して4人で、ということはないはずだ。


「大人数で行くわけだ」


「そうだ。あくまで市川はその中の1番手」


「なるほど、頑張ってね」


 俺は市川くんの肩をはげますように叩く。


「そろそろ、こいつにも人を斬ったときの感触を覚えさせてやらねばなるまい」


 え、そんな理由?


 なんだかなぁ……応援して損したかも。


 しかし市川くんもやる気のようだ。


「任せてください」


 と、目に闘志をたぎらせている。


 しばらく、市川くんは深呼吸を繰り返した。


 そして、よしと自分を鼓舞こぶさせるように飛び出す。


 俺たちはそれについていく。


 見張りの2人は船から伸びるタラップの近くにいた。こちらのことは気づいていないようだったが、いきなり飛び出してきた市川くんに度肝を抜かれたようだ。


 声を出す暇もなかったのだろう。


 市川くんが斬りかかる。


「やあっ!」


 まだ声変わりしたばかり、とも思えるくらいの声。


 ――ザッ!


 と、刀は見張りの1人に刺さった。


「ぎゃあっああ!」


 斬られた男は当然のように叫ぶ。


 しかしもう1人、見張りはいた。そいつに斬りかかったのは島田だ。一刀で胴体を真っ二つにしてみせた。


 そして市川くんが斬った男はまだ生きていた。


 よってたかって、新選組の隊士が斬りかかる。


 俺は切り合いには参加しなかった。たとえるならば学校の掃除の時間みたいなものだ。みんなが掃除していたら、俺1人くらいはやらなくても良いかなって思っちゃうあれ。


 もちろん人殺しと掃除を同一に語るべきではないのだが。


「いまの声が聞こえたかもしれないな、急ぐぞ」


 土方は小さな声で言う。


 しかしあたりは静かなので、声はよく通った。


 タラップがおりているのは幸運だった。このままいっきに駆け上がり侵入する。


 さて、どうするか。とりあえず中の人間を皆殺しにする、という作戦だが。


 見ればそれなりに隊士たちはかたまって四方八方に散っているようだ。


 俺はどうしようか、と思って目についた市川くんについていくことにした。心のどこかで守ってやらねば、という気持ちもあった。


「一緒にいっていいか?」


 と、いちおう聞いてみる。


「え? あの……いいですけど」


「よし、じゃあ探索だ」


 どうやら市村くんも一緒に戦う人がいないらしい。


 お互い、新選組からすれば新参者ということか。いや、俺はべつに新選組に入ったつもりはないのだけど。


 船の中ではいたるところで悲鳴があがりだした。


「1人くらいは、やらなくちゃ」


 時間がない、とばかりに市村くんは焦っている。


 だがその手は少しだけ震えていた。


 寒いのか? いや、違うだろうな。さきほど、市村くんは見張りの男に斬りかかった。もしかしたらその時が初めて人を斬った瞬間だったのかもしれない。


「怖いか?」


 と、俺は聞いた。


「こ、怖くなんてありません」


「そうか」


「けど……少しだけ緊張しています。あの、榎本殿がはじめて人を斬ったときはどうでしたか?」


「俺?」


 初めてのときを思い出す。


 あれはたしか、異世界にきてすぐのことだった。


 あの頃はそうだ、アイラルンが俺の心をいじっていたので、人を殺すことになんの罪悪感も覚えなかったのだ。


 だから、どうだったかと聞かれても――。


「なにも感じなかったな」


「え?」


 そう答えるしかないのだ。


「それにさ、あんまり言いたいことじゃないけど。慣れるよ」


 人というものは、よくも悪くも慣れる動物なのだ。


「そうなれれば良いですけど」


 できれば慣れてほしくなどないのだが。


 俺たちは以前としてタラップから甲板に入った場所にいた。すると、船内から敵が出てきた。たぶんうまいこと逃げ出したのだろう。


 新選組の隊士でないことは服装を見ればすぐに分かった。


 相手は相当焦っていたのだろう、すぐさま斬りかかってくる。それに対して俺は反応していたが、市川くんはビビって足がすくんでいた。


 俺は敵に対して前に出る。一瞬、交差するように俺と敵の位置が入れ替わる。


 ボトリ、と音がする。


 甲板には敵の首が転がっていた。


 なにを思ったのか知らないが、市川くんが首を無くした敵の死体に、刀を突き刺す。


「このっ、このっ、このっ!」


 まるで親のかたきのように、倒れた死体を傷つける。


「おい、どうした。やめろ!」


 俺はその市川くんの姿がどうにも不気味に見えて、制止する。


「はあ……はあ……」


 息が荒い。


 そうとう怖い思いをしたのだろう。


「大丈夫か?」


「はい、大丈夫です……」


「無理もない。殺し合いの場には慣れてないんだろう」


「これから慣れていきます」


 ふむ、気は確かそうだけど。


 しばらくすると、船内から土方が出てきた。


「なんだ、お前たち。まだここにいたのか」


「油を売ってたわけじゃない」と、俺は言い訳する。


 ちらっと土方は、首のない傷だらけの死体を見た。


「そのようだな」


「中は?」


「制圧した」


 船内から死体が運び出されてきた。その死体は入り江の砂浜に無造作に捨てられていく。


 あれは最終的にどうなるのだろうか? と、俺は思った。


「今日はここで寝る」


 どうやら港町まで戻るつもりはないらしい。


 それで正解だと思う。いまから帰るじゃあ、さすがに大変すぎるから。


週末サボりました

雪が酷くて家に帰れないとか色々ありましたが、まあサボりました

すいません

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