622 襲撃
雨の中を誰も文句一つ言わずに黙々と進んでいく。
かなりの足の速さに思える。それでも足並みは揃っている。
先頭を行くのは案内役の隊士、その後を土方と俺が歩いていく。
「……陸戦で終わるとは思えない」
土方が突然、俺に言った。
「え?」
雨の音にかき消えそうなくらいの声。
「あそこの坊主の言ったこと、覚えてるか」
「えっと……どのこと?」
「海賊たちが何を盗んでいったのか、と」
「ああ、金だとか食べ物だとか、女だとか――それと村って言ってたか?」
「そうだな、村を奪った。じゃあ、海賊とやらはどこから来た?」
「そりゃあ海賊だし海からでしょう?」
「どうやって? まさか泳いできたとでも言うのか?」
「……船で?」
「だな」
何が言いたい、と俺は立ち止まらずに聞く。
「仙台に居たころ、小耳に挟んだ」
「どんなことを?」
嫌な予感がするなぁ。
「幕府から仙台藩に貸し与えられた船が、一隻ある」
「ふむ」
「それが仙台で海賊に盗まれたらしい」
「はい? なんでそんなことになるのさ、普通盗まれんでしょ」
「奥羽列藩同盟のゴタゴタの際にかすめ取られたらしい」
「で、そいつらがこの気仙沼にいる海賊だと?」
「おそらくな」
「なんで言ってくれないんだよ、あの和尚も」
「海戦になると、手伝ってもらえないとでも思ったか。あるいは陸に巣食う分だけでも一掃できれば良いと思った、どちらかだろう」
「先に言ってくれれば準備もできたものを」
「準備? そんなものはもう済ませた」
「え?」
「なんのために一緒に海岸線を見ていたんだ、榎本は」
「むっ……」
なるほどあの時点で土方は作戦をたてていたわけか。
どうなるかは分からないが、もしものときの作戦は先にたてておく。根っからの軍師気質なのかもしれないな、この女は。
「すごいな、キミは」
「バカにしているだろう?」
「まさか」
「私が女だと、そういう目をしていた」
「言いがかりだよ。ただ、あんまり体は冷やさない方が良いと思うよ」
女の子なんだから。
俺が言うと、土方はバカにするように笑った。
「そんな優しい言葉をかけてもらえたのは久しぶりだ」
「ああ、そう。周りの人間の見る目がないんだねきっと」
土方は俺を憐れむように見た。
これ以上からかったら斬られそうなのでやめる。
海賊が占領した村には、一時間ほどでついただろう。
先に突入班と、待機班は決まっており、土方や俺は当然のごとく突入班だった。
「行くぞ」
と、土方が言う。
そのシンプルな言葉が突撃の合図だった。
抜刀、から走り出す隊士たち。
俺もそれに続く。
村の中で一角だけ、にぎやかな建物があった。たぶんもとはこの村の村長か誰かの家だったのだろう。大きな一軒家だ。
土方は俺に「ついてこい」と言う。
「おう」
たぶん、中で酒盛りでもしているのだろう。明かりがついており、声が聞こえてくる。
他の隊士たちは散っていく。そこらへんの家に入っていく。
時々悲鳴のような声が聞こえてくる。たぶん中で寝ていた海賊たちを殺しているのだろう。ただその声も雨のせいで聞こえないはずだ。
大きな家の前に土方は立つ。
ここでも同じだ、数人で突入、そしてもう数人は後詰め。
土方が家の扉を蹴破る。
それと同時に一番やりを決めたのは俺だ。
いまさら人を殺すことくらい――。
相手は海賊だ、いままで悪いことだってたくさんしてきたはず。
そう自分に言い聞かせて刀を振るうことにする。
入ってすぐ、囲炉裏をかこんで男たちが見えた。どいつもこいつも獰猛そうな顔をしている。いかにも悪者だと俺は決めつける。
「なっ――」
突入してきた俺たちに驚いているのもつかの間、その首は落とされた。
まず1人。
と、そう思って周囲を見ると土方が手早く一人の心臓を貫き、そのまま脇差を抜いてもう1人、切り捨てていた。
怒りに似た表情を浮かべ、土方は戦っている。
おっかないな、と思った。
俺はいままでここまで憎しみだけで戦う女を見たことがない。
ぼうっとしていると、叱咤された。
「榎本! 後だ!」
土方に叫ばれ、振り返る。
刀を振り上げている海賊。
俺は振り下ろされるよりも前にその刀の当たらない位置へと抜け出すように移動していた。
そして敵が刀を空振りしたところをねらって、下から跳ね上げるように刀を切り上げ、首を飛ばした。
「すまん」と、土方に謝る。
「危なっかしい男だ」
そうこうしている内に、すでに平屋の中は制圧されていた。数十人の海賊がいたはずだが、どいつもこいつも血まみれで、動かない。
一瞬だった。
「怪我をした人間は?」
「いません!」
「そうか、他はどうだ」
外に出る。どうやらどこにも怪我人はいないらしい。
俺は雨で返り血を洗った。
「さて、どこかに1人2人は息のあるやつがいるか?」
俺が殺した2人は首ごともっていっているので、もちろん死んでいるだろう。
「探します」
しばらくすると、虫の息の海賊が1人連れてこられた。
「お前たちの船はどこにある?」
土方が聞く。
「……あっ」
声は上手く出ていない。
と、思ったら。
土方はその男の手の指を一本、器用に切り落とした。
「もう一度聞く。お前たちの船は?」
「こ、殺して……」
「ああ、殺してやるさ。船の場所を言ったらな」
土方はまるで肉を削ぎ落とすかのように、少しずつ海賊の体を切り刻んでいく。
ここまでやっても人は死なないのか、というくらいに切り刻まれて。
「ここから東……入り江」
と、男は答えた。
「そうか、ご苦労だったな」
ザクッ、と最後に心臓を刺す。
ここまで体を斬られると、殺すことが慈悲であるように感じられた。
「地図!」
と、土方は叫ぶ。
「ここに!」
地図、というのが地図がかりなのか、それとも案内をしていた男のあだ名かは分からない。
「入り江……入り江か。ここから東となると、よし行くぞ!」
「え?」俺は横から地図を覗く。「これどこらへんの?」
「もう半刻歩く程度だ」
「……え?」
まだやるの?
と、俺は文句を言おうと思ったが。
周りの人間たちはすでに準備を開始していた。
おいおい、すごいな。よくここまでやる気がある。
「どうする、榎本殿。やめるか?」
「いや、行こう。こういうのは早い方が良い」
たぶん相手の海賊も驚くだろうな。
村の和尚だって驚くだろうな。
澤ちゃんだって驚くだろうな。
だからこそ、奇襲なのだが。




