616 死体とラム酒
土方が出ていった後、澤ちゃんは深い溜め息をついた。
「疑ってましたね、土方殿」
「疑ってたというか、あれもう解ってたでしょ? 澤ちゃん、やっぱり無理あるんだよ俺にタケちゃんの真似なんてさ」
「そうでしょうか? 皆さん信じていますよ」
「それは顔が似てるからだろ」
けれど俺とタケちゃんは違う人間なんだから。完璧に同じように振る舞うことなんてできないのだ。まあ、やるだけはやってみるけどさ。
「土方殿は他の人に輪をかけて勘働きが強い人間ですから、しょうがない部分はありますよ」
「おっかない女だったね。人殺しみたいな目をしてた」
俺と同じような目だった。
「近藤殿が殺されたと聞いています、復讐に燃えているのでしょう」
「ふうん」
やっぱり俺と同じなのだろうな。
俺が復讐する相手、人斬り師走と言ったか。あいつはきっとまた俺の前に姿を現す。それはよく知っている。
やつの裏にはディアタナがいるのだ。
ディアタナの目的がなんなのか、俺には分からない。アイラルンにだって分からないのかもしれない。しかしきっと師走という男を使って俺にちょっかいをかけてくるはずだ。
それは勘でなく確信に近い思いだ。
「気をつけてくださいよ。榎本殿が榎本武揚ではないと周りに知られれば、他の人たちはもうついてきませんよ。国を造るという目標があるのですか」
「はいはい」
そういえばシャネルはどこに行ったのだろう、帰ってこないな。
「それよりなんですか、この服は?」
「ああ、それシャネルが着なくなった服だよ。もらってくか? たぶん良いって言うぞ」
シャネルは自分の服を他人に触られるのを嫌うが、可愛らしい子を着せかえ人形にするのは好きなのだ。たぶん着なくなった服なら気前よくあげるだろう。
「こ、こんな高そうな服もらえません!」
「まあ高いだろうけどね」
しかし澤ちゃん、ちょっと気になっているようだ。チラチラと服を見ている。
「女の子はさ、なに? こういう服好きなの?」
「それは人によると思いますが」
「人による、たしかにそのとおりだな。欲しいなら本当にシャネルに掛け合ってみるよ?」
「いえ、いいんです。見てただけです」
そうかい。
俺は部屋を出てシャネルを探しに行くことにする。澤ちゃんもついてくる。
「どこにいるかな、シャネルのやつ。呼びに来たでしょ?」
「はい、たぶん私の部屋にいますよ」
「ほうほう」
「ちなみにアイさんもいます」
愛さん?
ああ、アイラルンの偽名か! そういやそんな設定でやってたわ。
俺もアイラルンも偽名を名乗ってることになるのか。
「あいつ何してるの?」
「遊んでますよ」
でしょうね。
最近見ないと思ったら、澤ちゃんのところにいたのか。
というわけで、てこてこてこ。
「おおぃ、シャネル」
澤ちゃんの部屋にはいる。
「あらシンク、あの腹立たしい人は?」
「戻ったよ。まいったよ、あの人、俺のこと気づいてるみたいだった」
「そりゃあそうでしょ、誰だっておかしいと思うし」
「だろうね」
やっぱり隣にシャネルがいるのがダメなのか?
「朋輩、朋輩!」
「ああ、アイラルン」
アイラルンは部屋の真ん中に陣取って、おそらく酒の入った徳利をかかげていた。
「お疲れのご様子」
「おたくは楽しそうだな。酔ってるだろ」
「そうなのよシンク、この人どうもずっと飲んでるらしいのよ」
「なんだお前、ダメなやつだな」
「しょうがないですわ、これくらいしかやることがありませんの。朋輩も飲みます?」
「飲まないよ」
と、言いながらも徳利を受け取る。
臭いをかいでみると、かなり強めのアルコール臭がした。
「んっ? なんだこれ」
「それラム酒ですわ!」
「ラム?」
ってなんだったか。
「果実酒の一種よ、こんなきついアルコールさっきから飲んでるんだから。この人もうへべれけよ。シンクからも叱ってあげて」
「こら、ダメだぞ!」
人として昼間っから飲酒なんて!
「わたくし人じゃねーですもの。朋輩も飲みますの」
なんで徳利にラム酒が……。
「アイさん、あまりそれ飲まないでくださいよ」
「分かってますの! なくならない程度に飲みますの!」
「このお酒はなに? 澤ちゃんの名の」
「いちおうは。それと榎本殿、澤ちゃんとは呼ばないでください」
「あ、ごめん」
けれど澤ちゃんは嬉しそうだ。まるでタケちゃんを見るように俺を見てくる。
「もし飲みたいのでしたら差し上げますよ。どうせ蝦夷にはまだつきませんし」
「このまま北まで直通なの?」と、シャネルが聞く。
「あ、いいえ。一度だけ補給があります」
そうなのか、俺もよく知らないが。
澤ちゃんの部屋は俺――というかタケちゃんの部屋と違って2部屋あるようだった。扉でくぎられたあちら側がある。
アイラルンがおもむろにそちらの扉を開けて、千鳥足で行く。なにがあるのだろうか?
俺もついていこうとした。
しかしその瞬間、足が止まる。
嫌な予感がした。少しだけだが。
けれどそれを無視して俺は隣の部屋へと足を踏み入れた。誰も止めなかったから。
「……なんだこれ?」
部屋の中は薄暗い。
そしてがらんどうだ。
その部屋の中央には樽が置かれていた。
「よいしょっ、と」
アイラルンが樽の蓋を開けた。
部屋の中にアルコールの臭いが充満する。
「アイラルン、電気くらいつけろよ」
窓もない部屋だ。暗い。息が詰まりそうだ。
「見えてますもの」
樽の中に入っているのはラム酒のはずだ。
なのになんだ、この嫌な予感は。
「アイラルン……その中いったいなにが入ってるんだ」
「え、ラム酒ですわよ? あ、まずい。少しだけ出ちゃいましたわ」
「出た? なにが?」
「えーっと、これ左腕ですわね」
左腕?
俺は恐る恐る樽の中を覗き込む。
「うっ――」
こみ上げてくる吐き気を必死で抑えて、俺はその部屋を走り出た。
「どうしたの、シンク?」
シャネルがいたわるように聞いてくる。
「澤ちゃん、あれはなんだ!」
「ああ、中身を見たんですね」
「な、なんであんなものが!」
「あんなのものとは失礼ですね」
「くっ!」
俺は手に持っていた徳利を投げ捨てた。
「どうしたの、シンク。なにがあったの?」
「死体だ!」
樽の中に入っていたもの、それは――。
「そうですよ、榎本武揚の死体です」
こんなところに、あったのか。
更新遅れました、すいません。
明日から他の小説を書くので、今年いっぱい更新をお休みします。次回更新は2021年1月1日の21:00を予定しております。
早いのですが、今年もありがとうございました。来年もよろしくおねがいします。この小説ももうすぐ終わりますので、あと少しだけお付き合いください。




