061 武器の暴落は俺のせい!? そしてエルフ
奴隷市場の雰囲気としてはあれだな、外国のカジノだ。いや、行ったことないけどさ。
もちろんギャンブルなんてしてないけど、ちょっと薄暗い感じとか、みんなが上品そうなグラスでなにか飲んでる感じとかまさにそういう様子だ。ある種の社交場のようなものにも思える。
場はかなり温まっているのだろう。和やかなムードだ。
「奴隷市場ってもっと暗いものかと思ってたな」
「同感よ。まったくもってヘドがでるわ、ここにいる人間は豚にも劣るわ。欲望で目をギラつかせてさ」
こういった場で俺やシャネルのような比較的若い人間は目立つのだろう。ちらちらと視線を送られる。
「気分が悪いわ」
吐き捨てるようにシャネルは言う。その美貌によって他人から見られることに慣れているシャネルですらこれなのだ。いかに視線が気持ち悪いものか分かる。
「さて皆様、次のオークションにまいります!」
司会なのだろうか、蝶ネクタイをつけた男がマイクのようなものを手に持っている。なにかしらの魔道具なのだろうが。
「オークション形式なのね」
「人間に値段をつけるなんて酷い話だな」
なんだかこんな場所に来たがっていたのが恥ずかしくなる。
奥の方はステージになっており、そこに一人の少女が連れられてきた。首輪をつけている。
「ほう、半人ですな」
近くにいる男が言う。
スーツを着た男で、でっぷりと肥え太っている。これをいい機会にと思ったんだろう、こちらに話しかけてきたわけだ。
「半人ねえ」
男の言う通り、連れられてきたのはケモミミをつけた半人の少女だ。現代日本でいえば小学校低学年くらいだろうか? かなり幼い。
「初めてお目にかかりますね」
男はなれなれしく話しかけてくる。
「初めて来たからね」
俺はつっけんどんに返す。
そもそもがコミュ障な俺であるが、こういう場においては怒りにまかせて普通に喋ることができる。新発見かもしれない。いや、怒っていたら誰だって恥なんて感じないか。
「あれは安いですよ」
オークションが始まった。
値段に関してはよく分からない、俺たち庶民が使うコインの価値であるフランやスーではなく、ピストルという金貨の価値で取引されていたからだ。だからそれが高いかどうかも分からない。
「お二人はどうやら名のある貴族とお見受けしましたが」
「ま、そんなところだ」
シャネルは貝のように口を閉ざしている。よっぽどここにいる人種が嫌いなのだろう。
「わたくし、しがない商人ですがね。ここだけの話……」
男は下品に笑う。
基本的にここだけの話ってここだけじゃすまないんだよな、と思いながら、俺は「なに?」と話の先をうながす。
「この奴隷市場はもうダメですよ。大本のウォーターゲート商会が死に体ですからね」
「ウォーターゲート商会……」
たしかオペラ座で聞いた名前だ。手広く商売をやっているという話で、ポップコーンだかも売り出していたな。でも最近武器の取引で大損したという話しだ。
「武器か?」
「おや、これは耳が早い。そうです、武器の債権がたたっていて。いやはや……わたくしも何度か儲けさせていただきましたが、もうダメでしょうね。人間欲をかいたら失敗しかしない」
いったいこいつはなんの話をしようとしているのだろうか?
「怪しいわよ」
シャネルが俺の耳たぶをはむようにして顔を近づけ、耳打ちしてくる。
俺は無言で頷く。こういう相手には用心にこしたことはない。
「それでですね、わたくしどももウォーターゲート商会から債権を少しだけ買い受けまして。まあ昔からのよしみというやつですな。しかしお恥ずかしい話なのですが、月末に他の支払いもありまして手元に現金が乏しいのです」
話の内容が怪しくなってきた。
「へー」と、適当に返事をする。
「そこでどうでしょうか、お二人のような聡明な方々にわたくしどもの武器の債権を買い取っていただけないでしょうか? いえね、いまでこそ武器の値段は暴落しておりますがすぐに元に戻りますよ。そうなればまた売れば良いのです、安い時に買って高い時に売る、莫大な富が得られますよ」
ふん、とシャネルが鼻を鳴らす。
「バカじゃないの? 武器の値段なんて当分戻らないわ。そんなの子供でも分かることよ。それどころかどこでも武器はダブついてるんだからこれからどんどん値段が下がるわ」
商人の男は恥ずかしそうに笑いながら、
「いえいえ、一年ほどですよ。この低価格は」
と、頭をかく。
「お断りよ。シンク、行きましょう」
シャネルが俺の手を引く。
わっと歓声があがった。どうやらオークションが終了したらしい。奴隷を買い取った男が壇上に上がる。いかにも金だけ持っていそうな醜い男だった。
「なあ、そもそも武器ってなんでそんな値下がりしてるんだ?」
俺は気になっていたことを聞いた。
そもそも俺は武器屋なんて行ったことないからな、武器がどれくらい値下がりしているかも知らないのだ。
「魔王討伐遠征ですよ」
商人の男が揉み手をしながら言ってくる。別にシャネルに聞いたのだけどこの男はどうにか媚を売りたいようだな。ま、債権は買わないけど。つーか債権ってなんだ? 武器そのものとは違うのか? あんまり無知だと思われたくないからそれは聞かない。
それよりも――
「魔王、討伐、遠征!」
なんだ、そのワクワクする言葉の並びは!
「はあ……」
シャネルのため息。なんでも良いけどシャネルのため息って色っぽいよね。
でもこのため息はあれね、「あきれた。男の子ってそういうの好きよね」ってため息だ。
「あれ、でも魔王って死んだんじゃないのか?」
たしかそんな話を聞いたような気がする。
「新しい魔王が即位したんですよ」
「へえ……魔王って即位制なの?」
じゃあ他に何があるかと言われたら世襲制だろうけど、どっちにしろイメージがわかない。
「あんなの所詮、魔族の王様ってだけなんだから。そりゃあ遅かれ早かれ次が出てくるでしょうけど。グリーヌだって王様が不在じゃあやりにくいでしょうし」
「いえいえ、あんな蛮族どもに王などいりませんよ。それでも新しい魔王が産まれたということはつまり――その蛮族を束ねるほどの力のある存在というわけです」
「つまり、そいつを討伐するわけだな!」
なんだか燃える展開だ。
「しかしその遠征は中止になりました。そのせいで武具が大暴落をおこしたのです」
「国外への遠征ってつまりは戦争よね? そういうこと、その戦争に向けて武器を買い込んでいた商人が軒並み大損しているってことね」
「そうです。そしてそのもっともたるが、ウォーターゲート商会なのです」
まさしく欲をかいたらろくなことにならないというわけだ。
「でもさ、どうして遠征が中止になったんだ?」
そんな危険な存在である魔王が即位したんだろ? 是が非でもそれを討つべきじゃないのだろうか。
「……ここだけの話ですよ」
商人は声を潜める。
たぶんここだけじゃなくてみんな知ってる話なんだろうな。
「なに?」
「勇者様が死んだからです」
「あー、……なるほど」
うん、これ俺のせいだわ。
やべえな、俺が月元を殺したせいで大暴落か。これ首吊った人とかいるんじゃね?
いやまあそんなこと気にしてられないけどさ、道を歩くときに足元のアリを気にしてる場合じゃないってのは、例えとしておかしいか?
それにしても勇者が死んだから遠征は中止ねえ。どうやらその遠征の中心人物として月元はいたらしいな。ま、あいつ強かったし。しょうじきもう一回はやり合いたくない。
「さて皆様、本日のオークションはこれでお開きとなります!」
司会の男が言っている。
「あら、もう終わり。帰りましょう、シンク」
さっさとこんな場所出たいとでも言うようにシャネルが言う。
「あ、おふた方。お待ちください。ここからですよ、メインイベントは」
「メインイベント?」
商人は下品に笑っている。
どうやらこの後になにかあるらしい。
「それでは次回のオークションは2週間後――その前に、ここにお集まりの皆様には次回の『商品』を先にお見せいたします」
商品という言い方に俺は軽い嫌悪感を覚える。
だがその嫌悪感はすぐに吹き飛んだ。
奥から出てきた少女に見とれたのだ。
奴隷市場にいる者たちからどよめきが上がる。
「あらっ」と、シャネルですら見惚れたようだ。
女の子は金色の髪に、翡翠のような緑色の瞳をしている。唇は薄く、それよりさらに肌は透き通るように薄かった。
それよりも特筆すべきはその横に伸びた耳だろう。
「おお、これはすごい!」
となりにいる商人が叫んだ。
「すげえ!」と、俺も言ってしまう。
「シンク、見たがってたものね」
「おう!」
やった、初めて見た。本当にいるんだね!
そう、出てきたのは――エルフだ!




