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609 人質をとる


「お前たち、その無礼者は討ち取ってもよい! だがそちらのドレンス人だけは生け捕りにせよ! 国際問題になりかねん!」


 藩主がもっともらしくそう言った。


 なるほど、言っていることの意味は分かる。正論だ。


 けれどその言葉の裏には、嫌らしい性欲が見え隠れしていた。


「殺す」


 と、俺は思わず言ってしまう。


 シャネルに性欲を向けたということは、万死にあたいする。


「榎本殿! ダメです、落ち着いてください!」


「何様のつもりだ、こら!」


 あまり怒りなれていないので、上手にドスのきいたような声が出せなかった。


 そういう自分が少し情けなくもあるが、同時に心のどこかに余裕があることに気づいた。


 ふうっ、と深呼吸をする。


 周りにいる侍たちの中に、飛び抜けて腕のたつ人間はいなさそうだ。どいつもこいつも芋ばかり、そう思った。


 心がいでいく。


「ぜんぶ相手にするのは大変そうだな」


 思ったことを言う。


 もちろんその気になれば全員を倒すことだってできるだろう。だが、その間にシャネルや澤ちゃんがケガをする可能性はゼロではない。


 ならばどうするか。


 簡単だ。


 俺の体は水のように自然に動いた。


 なめらかに、藩主の男に向かって歩いていく。


「と、止まれ!」


 侍が1人、叫んだ。


 もちろん止まれと言われて止まるようなことはない。あちらも当然そのつもりだったのだろう。力ずくで俺を止めようとしてくる。


 つまりは――斬りかかってきた。


 だが、


 白刃は、


 俺をすり抜けるようにして空を斬る。


「そこにはもういないさ」と、俺はつぶやいた。


 相手はそのことを理解できていないのだろう。べつに俺は避けたつもりもない、相手が俺のいない場所に刀を降った、ただそれだけだ。


 がら空きの体に、俺は峰打ちうを食らわす。うまいこと相手の体重の移動を利用してやった。力の方向に合せて刀の峰をぶつけた。 侍をふっとばす。


 手品のようにすら見えるほどだろう。それくらい、信じられないくらいに人は吹っ飛ぶのだ。


「ふうっ……」


 冷静に、ただ冷静に。


 1人倒した。それで喜ぶようなこともせず。


「全員でかかれ!」


 と、藩主の男が叫んだ。


 だが、いままさに目の前で仲間が吹き飛ばされたのを見て、どいつもこいつも俺のことを恐れていた。


「ちゃああぁあああッ!」


 と、手近にいた侍が奇声を上げた。


 面倒だな、と俺は思う。


 ゆっくりと。まるで近所を散歩するような軽い足取りで叫んだ男に近づく。


 叫んだ男は俺を威嚇するようにさらに奇声を上げる。それでも俺はただ近づいていく。侍の息が途切れて、奇声はもう上がらなくなった。それと同時に俺はその侍の懐に、ゆっくりと入り込んで。


 ただ、その男の目をじっと見つめた。


「ひいいっ!」


 先程までの威勢のいい声が怯えた声に代わり、男はそのまま後にドンッと尻もちついて倒れた。


「おい、大丈夫か?」


 思わず手を差し出しそうになった。それくらい情けない倒れ方をしたのだ。


 だけど俺の優しい言葉に、その男はむしろ恐怖を感じたようだった。


「ひいいっ~!」


 逃げていく。


 やれやれ、まあいいや。


 それよりもいまは――やることがあるんだ。


 俺は藩主の男に近づく。さすがにそこまですると、相手も死ぬ物狂いで向かってくる。が、俺はおもむろにモーゼルを取り出した。


 ダンッッッ。


 3発撃った。


 けれどあまりに早くて、俺の耳にも1発分の銃声に聞こえた。上手くいった、が、べつにそれに喜ぶような感情は持ち合わせていなかった。少なくとも今は。


 3発撃てば3人が倒れる。それが当然のことのように思える。たぶん100発撃てば100人が倒れるはずだ。


 これで俺と藩主の男の間には誰もいなくなった。


 さあどうするだろうか、と俺は藩主の――男を見た。


 男だ。


 そして俺も男だ。


 男同士が刀を握っている。


 さて、どうするつもりか。


 俺はモーゼルをしまう。まさかここで銃弾を打ち込むほど無粋なつもりはない。


「どうする?」


 と、俺は実際に言葉として藩主の男に聞く。


「ひっ、ひっ、ひっ」


 名前も知らない――あるいは覚えていない男は不規則な呼吸を繰り返す。


 対して俺は冷静だ。


 刀を構えた。


 やるつもりか。


 俺も構える。


 たぶん俺たちが対峙していのは一瞬だっただろう。


「あああああっ!」


 藩主の男が刀を放り投げた。戦意喪失。


 俺は少しだけ悲しい思いがした。


 べつに自分が好戦的な性格だとは思わない。ただ戦うこともできない目の前の男が可哀想に思えた。


 もちろん俺だって力があるから戦っているわけではない。やっぱり戦うためには勇気が必要で、俺はなんとかその勇気をこの異世界で獲得したきたのだ。


 昔の俺とは違うだけだ。


「傷つけるつもりはない」


 俺は素早く藩主の男の背後に周り、その首元に刀を突き立てる。


 人質ひとじちにした。


「お前たち、少しでも変なことしてみろよ! お殿様の首を落とすぞ!」


 まわりにいる侍たちに俺は宣言した。


 まさかここで自分に構わず迎え撃てと命令するような藩主の男ではない。「言うとおりにしろ! 殺される!」と、部下たちに命令した。


 シャネルがゆうゆうと近づいてくる。


「上手くやったわね、シンク」


「おう」


「悪役が板についてきたわ」


「え?」


 シャネルがにやりと笑う。たぶん冗談なのだろう。


「榎本殿、このまま出ましょう!」


「そのつもりだ。お殿様もついてこい、外まで行ったら解放してやる」


 どこかの映画かなにかで見たようなセリフを真似した。


 俺は藩主の男を人質にとったまま、仙台城を出た。


 べつに悪役じゃないぞ。


 それに言っておくけど、やろうと思えば全員倒すことだってできたんだぞ。


 けれどまあ、これで誰も怪我せずにすんだ。


明日はお休みします、あしからず

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