604 タケちゃんの死
シワスが刀をタケちゃんに突き立てた瞬間のことは、一生忘れられないだろう。
なぜか世界がとってもゆっくり動いているように思えた。
嫌な予感が強く、強く、まるで爆発でもするように俺の心の中で暴れまわって。
刀を突き刺された瞬間、タケちゃんの体がビクンッと動いた。
「よーし、これで一丁上がり」
シワスのふざけた声。
俺はその瞬間、なにも考えられなくなった。
「うあああっあっあああああ!」
獣のような雄叫びを上げる。そのまま向かっていくのではなく、むしろ刀をいったん鞘に収めた。
体は全自動だ。
「隠者一閃――『グローリィ・スラッシュ』!」
刀を抜き放つ。
俺には確信があった。この技は魔法ではなく、ただの魔力の放出である。ならばこのジャポネの国であっても使うことができるはずだ。
しかし試したことはなかった。
ぶっつけ本番だ。こんなことならもっと準備をしておけば良かった。けれど、こんなことになるだなんて思っていなかったのだ。こんなことに……。
俺は自身のおごりを後悔していた。
刀から黒い魔力の波動――ビームが出た。
俺はそれをまったく制御しようとせずに、全力で放った。
すべてを飲み込んで、なにもかも消し去って。終わりにしてしまおうと思ったのだ。
だがダメだった。
俺の『グローリィ・スラッシュ』はなぜかシワスとクリスの目の前で二股に別れて、あらぬ方向に飛んでいく。俺のビームは暴れる龍のようにそこらへんの家屋を壊してしまう。
「くそっ、なんでそうなる!」
俺はいま目の前で起こった減少がまったく理解できなかった。
クリスと呼ばれる女は白い杖をかかげていた。
「お前がその技を使うか。本当に腹立たしいですよ」
「な、なんだありゃあ? すごいなぁ、あれって魔法?」
2人は無傷だ。
そしてこちらは満身創痍。いまの一発、考えなしに打ったせいで魔力がからっぽに近い。
「あれは『グローリィ・スラッシュ』ですよ。勇者のみが使えるといわれる魔力の放出現象。世界に認められた勇者しか使えないと言われる技。それを盗人が」
「へえ、俺にも使えるかな」
「ええ、シワス。貴方ならきっと使えますよ」
まるでただの雑談のようにやつらは会話をしていた。
「さあ、シワス。これで目標は達しましたよ。行きましょう」
「そうだね。もう眠たくなってきちゃったよ」
「ま、待て!」
やつらが逃げていく。
俺はとっさに止めようと声を張り上げる。
だが、待てと言われて待つようなやつらではないのはたしかだ。俺には追うための力も残っていない。
やつらは夜闇の中に消えていく。
あとに残されたのはボロボロの俺と、辛気臭い顔をしたシャネル。そして刀を突き刺されたままのタケちゃんだ。
俺はタケちゃんに駆け寄る。
「ひどい……」
思わずつぶやいてしまった。
急所を一撃で突き刺されている。これでは痛みを感じる暇すらなかっただろう。だとしたらそれが救いか。
救いか――などと冷静に考えた瞬間、胸の中に悲しみが溢れてきた。
「なんで、なんでタケちゃんが!」
殺されなくてはならない!
悲しい。
悲しいのだが、涙が出てこない。どうして?
逆に出てきたのは怒りのような感情だった。
「シャネル、シャネル、治してやってくれよ。お前の魔法で!」
それが八つ当たりのようなものだと俺は知っていた。
「無理よ……この世界じゃあ、魔法は使えないわ」
「じゃあどうしてあの女は使えたんだ! クリスとかいう女は!」
分からないわ、とシャネルは首をふる。
「たぶんで良いなら、答えられるけど」
「なんでだよ、教えてくれよ! それが分かればお前だって魔法が使えて、タケちゃんを治せるんだろ! そしたらタケちゃんは死ななくて済むんだろ!」
「ダメよシンク……もう死んでるわ。もしも魔法が使えたとしても、助からないわ」
「どうしてそんなに冷静なんだよ! 死んでるんだぞ、タケちゃんが!」
「そうね、死んだわね……」
「あいつらが殺したんだ!」
「そうよ」
シャネルは俺の背中を優しくさすってくれる。
涙はまだ出ない。
だけど悲しみと怒りだけは、どす黒い憎悪となって胸の中を渦巻いている。
「ふざけるなよ」と、俺は誰にでもなく言った。「ふざけるな」
どうしてタケちゃんが死ななければいけないのだ。
こいつは良いやつだった。こいつは俺の友達だった。俺なんかと違って崇高な目標を持つ、人を導いていくような器の人間だったはずだ。
タケちゃんが造る国を、俺は見たかったのだ。
その手助けをすることが俺の、このジャポネでの仕事だと思っていたのだ。
だが、もうそれはできない。
代わりに、
「復讐してやる」
けっきょく。けっきょくである。
俺にはそれしかないのだ。
やつらはタケちゃんを殺した。ならば俺がやつらを殺す。それは正しいことである。
正しいこと――本当に?
「シンク、帰りましょう」
「ああ。タケちゃんも連れて行く」
俺はタケちゃんまぶたが開いているのを理解した。
こういうとき、普通はどうするんだったか。何度かアニメや漫画で見たことがある。まぶたに手をあてて、そっと閉じてやった。
それから、刺さっている刀を抜く。その刀を道のはしに放り捨てた。
「シャネル、これ持っててくれ」
タケちゃんに先程借りた刀をシャネルに渡した。
「ええ」
タケちゃんの腰から鞘を抜いて、それもシャネルに渡す。シャネルは少し慣れない手付きで刀をしまった。
俺はタケちゃんを、自分の服が血で汚れることもいとわずに背中にかついだ。
「ごめんな、タケちゃん……俺、分かってたんだ。嫌なことが起こるって。なにかとんでもないことが起こるって」
もう死んでしまったタケちゃんに懺悔する。
「でもまさかこんなことになると思わなかったんだ。キミが死ぬだなんて……」
いまにして思えば、あの嫌な予感はすべて虫の知らせだったのだ。
タケちゃんが死ぬ。
そのことに対しての。
だけど俺は心のどこかで余裕を持っていた。俺がいれば大丈夫だろうと。どんな敵が来ようとも負けることはないのだと。
調子に乗っていたのだ。
「ごめんな……」
謝ってもいまさら遅い。
だけど謝らずにはいられない。
だって涙も出ないのだから、言葉で謝るしかないじゃないか。
そうだろう?




