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603 自爆技


 振り返ったその場所には、シャネルがいなかった。


 逃げたわけではないはずだ、ならばどこへ?


 その疑問を解消するには時間がない。隙を見せるべきではないのだ。


 そう思って俺はシワスの方へ向き直る。


 その瞬間だった。


 どうやって移動したのかはまったく分からないが、シャネルがクリスと呼ばれた女の背後に回っていた。黒いゴシック・ロリィタのドレスは闇夜によく溶け合っていた。


 シャネルは綺麗なナイフを逆手に握っている。そのナイフをクリスの首元につきたてて、背後から羽交い締めにする。


「うふふ、どうも。久しぶりね」


 シャネルが笑いながらクリスの首元に、チョンとナイフの先を刺した。


 鮮血が流れる。


「てめえ、このブス! クリスになにしやがる!」


 シワスが吠えた。


 なるほど、この男の急所がそこか。


 相手の女を狙うなんていかにも悪者のやりそうなことだが、こっちだって命が狙われているのだ。背に腹は代えられないというやつだ。


 シャネルが作ってくれた隙だ。ここを活かさない手はない。


 斬られ肩は痛いが――。


「うおおおっ!」


 叫び声をあげて突進する。


 シワスは明らかにこちらの行動に対応できていなかった。


「うわっ!」


 俺の刀はシワスの腕を浅く斬る。そのまま数箇所を連続で斬りつける。


 しかし致命傷は1つもない。すべて紙一重で避けられる。


 そのうちにこちらの動きに合せて、シワスも刀を振りかえす。


 ダメだ、と思った。このまま斬り合っては負けるのは俺の方だ。


「はあ……はぁ……」


 息もあがってきた。


 体力の問題というよりも、肩を深く斬られたせいでいつも通りの呼吸ができなかったのだ。


 そのせいで俺はまったく冷静になれなかった。


「クソッ」


 チャンスはあったはずだ。


 しかしそれを活かせない。


 下がって距離をとる。


 しかしこちらが有利なことには変わりないはずだ。なにせシャネルが相手の女を人質にとっているのだから――。


「動かないでね、この人のこと殺すわよ」


 シャネルが言う。


 その言葉にはなんの嘘偽りもないはずだ。もしもシワスが動けば、シャネルは躊躇なくクリスの首を斬る。


 それを分かってか、シワスは悔しそうな顔をして停止した。


「これで勝ったつもり?」


 しわがれた声で、クリスは言う。


「負け惜しみでしょう?」


「ふへっ。それはどうでしょうか」


 妙な笑い方。


 その笑いの余韻が残る内に、クリスの持つ白い杖が光った。


 だがその光よりも俺はさらに速い。むしろ事が起こる前に行動を開始していた。なにかしらの予感、のようなものがあったのだ。


 駆け出して、シャネルを抱きしめるようにクリスから引き離す。


「あんっ」


 シャネルが場違いな色っぽい声を出した。


 その瞬間。


 あたりを爆発とも少し違う、光の衝撃が疾走はしった。


 背中に焼けるような痛みを感じる。


 光そのものがまるで刃物のように俺の体をずたずたにする。


 それでも俺はシャネルをかばうことだけはできた。


「シンク、大丈夫!」


 シャネルが焦ったように叫ぶ。


「わ、わからない。ただ痛い」


 俺はなんとか立ち上がり、周囲を確認する。


 そして驚いた。


 シワスは当然のように無傷だった。


 だがその奥で、タケちゃんが倒れている。しまった、光の攻撃の直撃を受けたのだ。守れなかった。


 しかしそれより、なによりも驚いたのはクリスという女だ。


 この女が誰よりも傷を負っていた。


 光の攻撃、それを一番近くで受けたのだと言わんばかりに。体中を傷だらけにして、顔を覆っていた包帯は吹き飛び、その下にはケロイド状の焼けただれた皮膚があった。その皮膚からぐずぐずと血と膿のような液体を出している。


 それだけではない。杖を持っていた方の手は赤く腫れ上がり、あきらかにおかしな方向に折れ曲がっている。着ていた着物がところどころ破れており、中の皮膚と癒着しているようだった。箇所によっては溶けて混ざりあったのか、肌色の皮膚の中に着物の繊維が入り込んでいる場所まであるしまつだ。


 まさかの自爆技だったのだろうか。


 その場に立ってはいるものの、生きているのかすら怪しかった。


「ダメよ、シンク。逃げましょう、あれはダメだわ」


「えっ?」


 シャネルが死体のようになったクリスを見て、焦っている。


「あれは強いわ。無詠唱であそこまでの威力、魔法が使えない人間が勝てる相手じゃないわ。逃げるのよ」


「でもあれ、死んでいるんじゃ……」


 まさか、とシャネルが首を横に振る。


「生きてるわ」と断定した。


 そして、その断定は正解だった。


 白い杖が、今度は青白く光る。その光がクリスの体を包み込んだと思ったら、みるみる間に傷が治っていく。


「水系統の魔法だわ」


「なんであいつだけ魔法が使えるんだ」


「そんなの分からないわよ。けどまさか詠唱なしで使えるとは思わないじゃない。魔法を使おうとしたら喉を掻っ切ってやるつもりだったのに」


 いまそんなことを言っても仕方はない。


 クリスは大方の怪我をすぐさま治した。しかし顔中にあるケロイド状の傷だけはそのままだった。その傷さえなければ、かなりの美人だったのだろうと俺は少しだけ思ってしまう。


「ああ、危ない危ない。私も殺すところでしたよ」


「おいおいクリス。お前が俺に注意したんじゃないか」


「そうでしたね、ふへっ、へ」


 シワスとクリスはまったく問題なさそうに笑っている。


 俺たちだけが、明らかに劣勢だった。


 ふと見れば、そばに俺の刀が落ちていた。俺はそれをすぐに拾い上げる。


「逃げましょう」と、シャネルがまた言う。「戦略的撤退よ」


「逃げれるわけねえだろ」


 タケちゃんがまだいる。倒れたままだ。しかし駆け寄ることもできない。なにせ間にシワスとクリスが立っているのだから。


 どうにかしてあの場所まで行かなくては。


 だが、シワスが思い出したかのようにタケちゃんに近づいていく。


 そしてそのまま、倒れたタケちゃんの体に刀を一本、突き立てた。


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