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060 古びた教会と奴隷市場


 タイタイ婆さんの言う通り、ずっと南に向かったら古い教会があった。


 ここらへんは街のはずれもはずれで、道はまともに舗装されていないし立ち並ぶ家もどこか貧相だった。住んでいる人たちも身なりが悪そうだった。


 パリィの街中では大人の乞食をあまり見ない。いるのはたいていストリートチルドレンだ。もしかしたら大人はみんなこっちに暮らしているのかもしれない。それはあたかもこの場所が檻であり、そこに詰め込まれるようにして。


「ちょっと嫌ね」


 シャネルが服の袖で鼻を抑えている。


「たしかにな」


 こういう場所は臭い。とにかくものが腐ったような臭いばかりがする。


 それに人々の目も嫌だ。まるで俺たちを恨むように、羨むように、妬むように視線が刺さるのだ。


「とりあえず教会に入ってみるか」


「そうね」


 教会といってもいったいいつから建てられているのか、管理する人もいないのだろう。外から見ても外観はボロボロ。扉でさえ開け放たれている。こういう場所は浮浪者の寝床となるのが通常なのだが、どうやらその様子はない。ある意味それが怪しい。


「これは、使われてるのか?」


 中もお察しの様子だ。


 祭壇の先にあるステンドグラスは無残にも割れている。そこらへんの椅子もそう、壊れているものしかない。立ち並ぶ椅子がところどころ歯抜けになっているのは持ち出されたからだろう。


「たぶん、使われてるわ。ほら見て。入り口から祭壇に向かって、ホコリのつもり方が違う。誰かが頻繁に通っている証拠よ」


 ほら見て、って言われてもなあ。よく分からない。言われてみれば、って言う程度だ。


 シャネル、探偵にでもなったほうが良いんじゃない?


「……この教会、ディアタナを祀った場所じゃないわね」


「ディアタナって、たしか一番偉い神様だよな?」


 月と美の女神で、日本でいったら天照大御神みたいなものか?


「別に一番偉いってわけじゃないわよ。ただ私たち矮小な人間に手を差し伸べてくれる神様ってだけ。ま、それだって嘘っぱちだわ。神様が人間を助けてくれるなんて、そんなの神話の中だけの話し。神様が本当にいても、助けてくれるのは特殊なスキルを持った人間だけよ」


「シャネルはドライだなあ」


 俺の場合は信じるけどね、神様の助力とか。だって俺にはアイラルンがついてるし。


 あ、でも俺はその特殊なスキルを持っている側の人間か。


「それで、ここってなに? 誰の教会なの?」


 シャネルは床に落ちていた割れたステンドグラスの破片を拾い上げる。


「アイラルンね」


「ぷっぷー」


 思わず笑ってしまう。


 なに? あいつの教会放置されてんの?


 さすが自称女神の邪神だぜ。


 でもなんだか可哀想だな。



 ――ふと気がつくとアイラルンが部屋の隅で腕を組んで立っていた。


 時間は停まっていた。


「よお、久しぶり」


 たぶんこうして顔を突き合わせるのは数週間ぶりだ。


 アイラルンはすねたように唇を尖らせている。


「この世界の人間どもは見る目がありませんわ」


「本当にな」


 俺は適当に答える。


 アイラルンが自らの金髪をかきむしる。


「やめとけよ、髪が痛むぞ? せっかく奇麗なんだから」


「あら、朋輩。それはもしかしてわたくしを口説いていますか?」


「だとしたらどうする?」


 冗談で言ってみる。


「おほほ、お断りですわ。朋輩にはその方がおられるでしょ?」


 アイラルンは手を振った。バイバイ、と。なんだかその表情は悲しそうだった。



 そして時間は普通に動き出した。


 あいつ……なにしに来たんだ? 一人で寂しかったのか? たぶんそんなところだろう。


「それで、祭壇の下って言ってたわね」


「俺が先に行くよ」


 シャネルに気を使ってそう言う。


「あら、じゃあお願いするわ」


「おう」


 たまには男らしいところ見せないとね。


 剣をすぐに抜けるようにしながら祭壇をどかす。見掛け倒し、けっこう軽い。その下から扉のようなものが現れた。取っ手があるので引いてみたら、ドンピシャ。


「ここだな」


「ええ」


 階段があった。


 剣に手をかけながら降りていく。


「灯り、いる? 魔法でつけましょうか?」


「大丈夫だ、見えてるよ」


「目が良いのね」


 これは『女神の寵愛~視覚~』のおかげだ。暗くても目がよく見えている。


 でもシャネルはあまり見えていないのか、怖がるように俺の服を掴んできた。かわいい。


 しばらく降りていくと、広い空間に出た。


「なんだ、これ?」


「下水道じゃないかしら?」


「下水道ねえ……」


 汚水が流れているのか、鼻がひん曲がりそうな臭いだ。本当にこんな場所に奴隷市場なんてあるのだろうか?


 かなり広くて、奥の方は見えもしない。


 ここは下水道のはずれなのか、道は一本しかない。


「悪いけど灯り、つけるわね」


「加減しろよ、間違っても爆発なんて起こすなよ」


「分かってるわ」


 シャネルが呪文を唱える。「ほろ明るい陽炎のような炎よ――」それはずいぶんと気をつかった呪文なのだろう。声まで小さくなっている。


 灯りを持つシャネルを先に進んでいく。


 しばらくすると分かれ道があった。


「どっちかしら?」


「右」


 と、勘で答える。


 シャネルはなんの疑問も持たずに右へ進んでいく。


 そこから何度か分かれ道。全て適当に答える。


 すると行き止まりについた。だがよく見ればハシゴがある。


「登れ、ってことかしら? お先にどうぞ」


「いや、シャネルが先でも良いぞ?」


 なんか怖いし。さっき男らしいところを見せたいと言ったな、あれは嘘だ。


「いやよ、私スカートだもの。それとも覗きたいの? エッチ」


「ぐっ」


 そういうつもりじゃなかったんだけどな……。


 まあビビっていても始まらない。俺が先に登る。


 ハシゴはかなり長いようだ……。この下水道は幅も広ければ天井も高い。


 一歩上がるごとにカツン、カツンという甲高い音が響く。


 三十七段。意味もないが数えた。すると、扉というべきか、天井に到達する。下水道から出るところということで、俺はマンホールを想像する。実際に丸く、天井の一部分だけ色が違うのだ。


 昔どこかでマンホールというのは下から持ち上げればわりに簡単に開くと聞いたことがある。だから俺はぐっと力を入れてその天井の扉を持ち上げた。


 思った通り簡単に開いた。


 俺は先に出て、シャネルに手を差し伸べる。


「ほら」


「ありがとう」


 シャネルが這い出てくる。


 ここはさっきまでいた放置された教会とは違い掃除が行き届いている部屋だ。


 しかし殺風景、何もない。ただ扉だけがある。


「開けてみればいいのかな?」


「そうするより他ないわ」


 とりあえずマナーとしてノックしてみる。よし、と思って開けようとしたが開かない。


「鍵がかかってるぞ」


「壊す?」


「いや、それはどうかと思う」


 もう一度ノックする。なんだか誰かがこの先にいるようなそんな気配がしたのだ。


「誰か見てるわね。そこ、のぞき穴」


 シャネルも同じように感じたのだろう。小さな穴を指差す。よくこんなの気づいたな。


「開けてください」と、俺は言ってみる。


 するとどうだろうか、本当に扉が開いた。


 そして4人の男が出てくる。


「どなた様からか紹介状はありますか?」


 ……紹介状ときたか。


 どうやら奴隷市場の場所はここで正解らしいが、そりゃあ身元くらいは確認するよな。あっちだって遊びでやってるわけじゃないし。うん? ってことはここのほうが冒険者ギルドよりしっかりしてんのか、あそこは誰でも登録できたからな。


「あら、私たちが誰か知らないの?」


 おお、さすがシャネルだ。肝っ玉が太いというか、面の皮が厚いというか。はったりだけでここを乗り切る気だぞ。


「知らん、怪しいやつらめ!」


 4人の男たちは武器を構える。


 やっぱりダメだったか。


 しょうがない、ここはさっさとこの4人を倒して徹底するべきだろう。俺は剣を抜いた。


 すると、4人の男のうちの一人が「そ、その剣は!」と声を出す。


「あ、なんだ?」


 こっちは戦闘態勢だっていうのに水を差すやつらだ。


「申し訳ございません、トラフィック家のかたでしたか」


 なんのこと?


「そうよ、今さら気づいたの? しつけのなってない門番どもね」


 シャネルは尊大に言う。


 こいつ……なんて自然に嘘をつくんだ。


「まことに申し訳ございません、どうぞ中へ」


 当然のようにシャネルは中へ入る。


「さあ、従者じゅうしゃのかたもどうぞ」


「お、おう」


 俺は従者扱いかよ!


 いや、まあシャネルは黙っていたら上品なお嬢様に見えないこともないからな。それに比べたら剣を持った俺なんて従者程度か。


「初めてとお見受けしますが、よろしければご説明いたしましょうか?」


 4人の男のうち、一番人当たりの良さそうな男が言ってくる。


「いらないわ。今日は様子を見るだけのつもりなの、なにか分からないことがあれば聞くから下がっていて」


「かしこまりました」


 ……いきなり態度が変わったな。


 俺は4人が遠くに行くのを待ってからシャネルに「どういうこと?」と聞く。


「そういうことよ」


 シャネルは声をひそめる。


「わかんねえ」


「勘違いしたのよ、シンクの剣を見て。それ、フミナにもらったものでしょ?」


「そうだね」


 ああ、と俺も察する。


 そうか。この剣にはフミナの家の紋章が彫られているんだった。つまりそれを見て俺たちを貴族だと思ったわけか。


「どうせこんな奴隷市場に来るのなんて趣味の悪い貴族か成金だけよ。トラフィック家っていったら名門だから、普通はこんな場所には顔を出さないとけど。まあ来たら無碍むげにはできないわよね」


「フミナのおかげだな」


「ええ、本当に」


 さて、というわけで奴隷市場に入場したわけだ。


 入れてよかったね!



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