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600 春紫苑とお友達


 タケちゃんはやってきた料理を美味しそうに食べる。


「この味付けが最高なんだよ」


 言われて俺も箸をつけた。


 じゃがいもの煮物だろうか……食べてみると味が濃い気がした。たしかに酒を飲んでいるときなんかはこれくらいが良いかもしれないな。


「この箸っていうの、やっぱり慣れないわね」


 シャネルはそう言いながらも、なんとか器用に箸でものをつまむ。


「どうだい、シンちゃん。美味しくない?」


「まあ上手いな」


 そもそも俺は料理に関しては、偉そうに言えるような舌は持ち合わせていない。


 さすがにシャネルのつくるような明らかな失敗作は見た目だけでもまずいと分かるのだが。


「お江戸の味さ。ここの主人が渡しと同じ町の出身らしくてね。いやあ、初めて食べたときは驚いたよ。ある意味オフクロの味みたいなものさ」


「オフクロの味、ねえ」


 そういうの、俺にはないな。


 しいていうならコンビニの弁当が俺にとってはオフクロの味だろう。あの食品添加物たっぷりの味で、俺はここまで大きくなったのだ。思えば母親に料理を作ってもらったことなど、ほとんどなかったな。


「どんどん食べてよ、全部だすから」


「はいよ。シャネル、いまのうちにたくさん食べとけ」


「やあね、あんまりがっつくのは」


 と、言いながら俺たちは遠慮なく食べる。


 じつは、というか俺以外の人はあまり知らないがシャネルはバカみたいに酒が飲める。それこそザルに水を流し込むように、どれだけでもアルコールを摂取できるのだ。しかも酔うということがない。


 飲ませればワイン瓶の1本や2本は平気で開けてしまうのだ。


 ここまでいくとなんらかの病気じゃないのかと思うのだが……。


 そういうこともあって、シャネルは日頃アルコールを飲まない。そりゃあそうだ、酔えないアルコールを飲んでもなにも面白くない。


「でも今日は別だ。おごりらしいからな、じゃんじゃん飲んでしまえ」


「……べつに人様のお金にたかって飲み食いしたことなんて、これまでも何度もあったと思うけど?」


 と、言いながらもシャネルはパカパカと徳利を開けていく。


「すごい飲みっぷりだね」


 最初は笑っていたタケちゃんも、シャネルが立て続けに5本の徳利をからにしたのを見て、顔色をかえる。


 お金の心配ではない。


「そんなに飲んで大丈夫なの?」


 体調の心配だ。


「べつに大丈夫よ。お腹がいっぱいになったら飲むのやめるわ」


「あはは、破産させてやれ!」


「やめてくれー!」


「……2人とも、酔ってるの?」


 まあしょうじき少し酔ってきた。シャネルのペースに合せて飲んでいたせいで、いつもより酔が回るのが早いのだ。


 けれど、酔ったところで嫌な予感は消えなかった。


 俺はいつでも刀を抜けるようにしておく。なにが起こるか分からないから。


「いやあ、楽しいなぁ。シンちゃん、今日はありがとうね!」


 もう何度目かも分からないが、タケちゃんは俺に感謝の言葉をおくってくれる。


「はいはい」


 どうも俺より酔っているらしい。


 こっちが不安を抱えているとも知らないで、のんきなものだ。


 けれどまあ、酔うってのはそういうものだ。嫌なことがあってもある程度は忘れられる。飲んでいる間はね。けれど人間、一生酔っているわけにもいかないから。どこかで問題とは向き合わなければならない。難しい話だ。


 料理をたらふく食べて、それなりに酔っ払って。


 少しだけ場が白けたところで俺は席を立った。


「ちょっとトイレ」


「ああ、それなら外だよ」


「おう」


 言われたとおり外に出る。


 なぜかシャネルもついてきた。


「ちょっとちょっと。俺トイレ行くだけだよ?」


「だってあの人と2人でいても面白くないもの」


 まあたしかに、シャネルとタケちゃんが2人で話してるのも想像できないな。俺の悪口でも言うか?


「まあなんでもいいけどさ。でもトイレの中には1人で入るからな」


「見張っててあげるわ」


「なにをだよ」


 俺はトイレに入る。トイレ、というよりもかわやか。


 工事現場でたまに見るような個室のトイレに、感じは似ている。扉を開ければすぐにトイレがあるのだ。水洗式ではないようなので、トイレの中はすごい異臭が立ち込めていた。


 酒が入っていることもあり、吐きそうだった。


 手早く小便を済ませる。


 そしてすぐに外へ。


 するとシャネルはトイレから少しだけ離れた場所で、なにか地面にしゃがみこんでいた。


「どうした?」


「ええ、ただちょっとね。見たことのない花があったから」


「花?」


 そういうものが気になるだなんて、シャネルも女の子だ。


 どれどれ、と俺はシャネルの横にしゃがむ。ああ、これは貧乏草だな。


 言われてみればドレンスでは見なかったな。


「これ、なんて花なのかしら」


「名前?」


「気になるわ」


 貧乏草、と教えるのはなんだか嫌な気がした。そもそもそれは俗称で、ちゃんとした名前があったはずなのだ。なんだったかなー、どこかで聞いたことがあるはずなのだが。俺は記憶の糸を手繰り寄せる。


 そうしたら、奇跡的に名前を思い出した。


「これは春紫苑はるじおんだな」


 よっしゃ、と心の中でガッツポーズ。


 良い感じで博識なところをアピールできた。


 いや、まあ。いままでさんざんバカなところ見せてるからもう遅いか。


「そう、いい名前ね。シンク、あの人にプレゼントでもしてあげたら?」


「あの人って?」


 アイラルンかな?


「あのお友達よ」


 お友達……最初誰のことか分からなかった。


 けれどすぐに察する。


 タケちゃんだ。


「お友達か。そういうふうに見える?」


「ええ」


 そうか、友達か。なんとなく嬉しいな。


「大事にしなくちゃね。シンク友達少ないんだから」


「ひでえこと言うな」


 まあたしかにその通りなのだけど。


 でもシャネルには言われたくないぞ。シャネルだって友達少ないんだし。


 にしてもそうか、俺たちははたから見ても友達に見えるのか。


 まさか友達のために花をつんでいくわけはないが。


「戻るか、シャネル」


「ええ」


 居酒屋の中に戻ると、タケちゃんはまだ酒を飲んでいた。


 そうとうにご機嫌なのだろう。満面の笑みだ。


「飲み過ぎだぞ」


「そうだね! じゃあ次の店にいこうか! お勘定してくれたまえ!」


「いや、そういう意味じゃないんだが……」


「付き合ってあげたら? お友達でしょう?」


「ぐぬぬ」そう言われたら弱い。「あと一軒だけだぞ」


 ということで次の店に行くことになったのだが……。


 店を出た瞬間、嫌な予感がさらに増した。


 ひた、ひた、ひた。


 前方から誰かが歩いてくる。1人か? いや、よく聞けば足音は2つある。


 その何者かは禍々(まがまが)しい雰囲気をまとっている。


 俺の中の警戒レベルが最大限に上がる。


 刀に手をかける。酔いが一瞬で吹っ飛んだ。


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