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598 大事業


 船はしばらく港の周りを行ったり来たりして、しかし外洋に出ることはなく、1時間ばかりの練習のあとでまた戻ってきた。


「全速前進とはまだいかないかな?」


「すでに修理は終了しているので大丈夫だと思いますが。ためさせますか?」


「そこは艦長の澤ちゃんに任せようかな」


「ではやめておきましょう。あれは燃料を食います」


「なるほど、それもそうか。シンちゃん、どうだったかな?」


「うん、良い船だと思うよ。ただ戦闘になればどうかな?」


「この艦には合計34門の砲門があるよ」


「そりゃあすごい!」


 そんな数の砲門を一斉射すれば、壮観だろうな。


「なにせこの開陽丸は間違いなくジャポネ最強の船だからね!」


 タケちゃんは自分のオモチャを自慢する子供のようだ。よっぽどこの船のことが好きなのだろう。


「それで、その最強の船でまた違うところに行ってなにをするの?」


 シャネルの質問に、タケちゃんはよくぞ聞いてくれたと頷く。


「私たちはね、蝦夷地を開拓しようと思っているんだ」


「蝦夷の開拓?」


 俺はそのとき、ふと羊のことを思った。


 だって北海道っていえば羊でしょう。


「そう、そして新しい国をつくるのさ」


「国を造る? そりゃあすごいな」


 思ったよりもスケールのでかい話だった。


 国を造るか、ただ戦うだけではないということか。


「国盗りは戦国の世においてよく聞いたものですが、国造りとなれば天地開闢てんちかいびゃくこのかたの大事業ですからね。まさか我々がディアタナ様の庇護下を離れて国を造ることになるとは。ご先祖様が聞いたらなんと言うか……」


「まあまあ、澤ちゃん。国は人がつくるものさ」


「いいえ、国を――この世界を創ったのはディアタナ様ですよ。そんなの子供でも知っています。とはいえ、榎本殿のその不遜な考えにこうしてついてきた人間も多いのも事実です。人間の力で新しい国を造る、それに憧れて」


「どうかな、みんなただ暴れたいだけじゃないかな」


 俺は頬をかく。


 まあ、たしかにな。


 俺なんかもどちらかといえばそっちの口で、タケちゃんのように崇高な考えがあるわけではない。だからこそ、まあ人について行く方が楽だ。


 誰かのためになら戦えるというのは、逆にいえば人まかせで戦っているということにもなりかねない。


「国を造るって、何人ぐらいで?」


 シャネルが質問する。たしかにそれは気になるな。


 そもそも国って何人くらい人が集まれば国扱いなんだ? 人がいて、国土――つまり土地があって、政権があれば国なのか?


「ざっと2000人ほどですね」


「あんまり多くないのね」


「いえ、あちらの蝦夷地にはもともと住んでいる人もいます。松前藩まつまえはんもありますし」


「もう住んでいる人がいるの? じゃあ私たちは侵略者ね」


「おい、シャネル……」


 なんて失礼な言い方するんだ。


「いえ、松前藩は奥羽列藩同盟に入っているので、侵略というわけではないんです」


「榎本殿、榎本殿」澤ちゃんが小さく耳打ちする。「あそこは同盟を抜けました」


「え、そうなの?」


「はい」


「えーっと、あはは。じゃあそういうことで」


「どういうことだよ」


 いや、まあ侵略者になってもやむなしということか。


 港にはいくつかの船があったが、どうやらそれらすべてがタケちゃんの指揮下にあるもののようだ。きっとあれをすべて使って2000人で蝦夷まで行くのだろう。


 旅行ではない。


 言ってしまえばエクソダスだ。


 さてはて、行った先が希望の国となるか否か――。


 開陽丸が港に戻ると、人だかりができていた。見物にきた町人かと最初は思ったがどうやら違うようだ。みんなしっかりとした着物姿だ。


「なんだありゃあ?」と、俺。


「仙台藩の人たちだね。なんの用だろう?」


「決まってるじゃないですか、榎本殿が許可もなしに開陽丸を出したからですよ」


「え、私のせい? 澤ちゃんが艦長でしょ」


「でも練習公開をすると決めたのは榎本殿です。さあ、さっさと行って説明でも言い訳でもなんでもしてきてください」


 なるほどね。


 停泊していた開陽丸がいきなり出たから、驚いて駆けつけてきたわけだ。


「じゃあ行くけどさ……」


 タケちゃんだけでは心配だったので俺もついていくことにした。


 というのも、仙台藩の人たちは少し殺気立っているように見えたからだ。


 いざとなれば俺がタケちゃんを守ろう。


「俺も行くよ」


「ありがとう」


 俺たちは並んで船から降りる。


 すると、いきなり周りを取り囲まれた。


「榎本和泉守武揚殿、ですな」


「他に誰に見えるんだい」と、タケちゃんは堂々と言ってのける。


 だが、たぶん俺たちを取り囲んでいる仙台藩の人たちはそんな確認をしたいのではないだろう。


「あ、俺は違うからね。護衛みたいなもんだから」


 たぶん、俺とタケちゃん、どちらが榎本武揚か分からないのだ。


「護衛だと?」


 仙台藩のやつらはこそこそと話をして。けっきょくタケちゃんの方を榎本武揚だと分かってくれたらしい。


「これはいかようなことか!」


 と、怒気を孕んだ声で聞いてくる。


「どういうこと、とは?」


「開陽丸の出港は我々は聞かされていない! これは同盟に対する背徳行為ではないか!」


「背徳、ですか。そういうつもりはなかったのですが」


「事と次第によっては!」


 1人が刀を抜いた。


 事と次第によっては切り捨てるとそういうことだろう。


 1人が刀を抜けば、1人、また1人と集団で武器を構える。


 これはこまったことになったな、と俺は思いながら自分の刀に手をやる。


「私を斬るというのですか?」


「このまま抵抗せずに仙台城まで連行されるというのなら、そうはなりません」


「連行?」


「そうです!」


 タケちゃんは少し考えて、から答えをだす。


「それは困ります」


 1人が刀を振り上げた。


「タケちゃん!」


 俺は刀を抜き、間に入るようにしてタケちゃんを守るように立つ。


 だが相手が刀を振り上げたのはあくまで威嚇だったようで、その場で立ち止まっている。


「や、やる気か!」と、言ってくる。


「そっちがその気ならな」


「シンちゃん、怪我だけはしないでね」


 俺は少しだけ振り返る。


 つまり相手を怪我させても良いということだろうか?


 まさかね。


 刀を抜いた以上、こちらから行くことに決める。


「先に言っておくぞ、殺す気はない。けど、もし痛い思いをしたら――」刀を構えた。「――ごめんな!」


 一番近い敵に突進する。


 魔力をおび、紅く光輝く刀で相手の刀を切り裂く。


「なっ!」


 この大道芸のような技、初めて見る人間はかならず驚く。


 普通、刀で刀を斬ることなんてできないから。


「下がるな! 迎え撃つぞ!」


 威勢のいいことは言っているが。


「やめたまえ。彼は私の懐刀だ、諸君らに勝てる相手ではないのは明らかだろう」


 タケちゃんの言葉で仙台藩の人たちはその場に立ち尽くす。


 頼むぞ、このまま下がってくれよ。


 俺は祈るように思う。


「こ、このことは後で必ず問題になりますぞ」


 タケちゃんは何も答えない。まるで怒ったように仙台藩の人間たちを睥睨へいげいする。


 いたたまれなくなったのだろう、仙台藩の人たちはそのまま 逃げていく。


 ふう、と俺はため息をついた。


「なんとか流血沙汰にはならなかったな。でも良かったのか? 素直について行けば波風たたなかったんじゃないの?」


「いや、もう蝦夷行きも近いんだ。仙台藩に時間をとられてる場合ではないさ」


 なるほど、たしかにな。


 俺は同意するように頷くのだった。


昨日サボりました、すいません

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