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596 道とコミュニティ

次回更新11月14日(土)を予定しております


 朝から降っていた雨は夕方には上がっていた。


 俺たちは1日中将棋をやっていて、もうすっかり疲れてしまっていた。


 当初、まぐれ勝ちかと思われたシャネルの勝利は数を重ねるごとに盤石になっていき、最終的には俺とタケちゃんが2人であーだこーだと考えたも、シャネルに勝てなくなってしまった。


「ぐぬぬ……どうなってんねん!」


 手も足も出ないとはこのこと。


 疲れもあってどんどん手が雑になっていき、最終的には単手数でシャネルに負けるしまつ。


「これが才能ってやつかな」


 と、タケちゃんが泣き言をつぶやくのも納得だった。


「そろそろ疲れちゃったわ」昼ごはんに休憩はいれたものの、そのあとはずっと将棋ばかりだった。「ちょっと肩も重たくなってきたし」


 こういうの肩こりって言うのよね、とシャネル。そりゃあそんな胸があったら肩もこるさ。


「雨の音がしないね、晴れたのかな」


 俺たちは廊下に出た。


 たしかに晴れている。


「そういやアイラルンはどうなったんだ?」


 二日酔いでダウンしていたけど、けっきょくそのまま寝ているのだろうか。


「気になるなら見てきましょうか?」


「あ、いや。俺も行こうかな」


 また酒でも飲んでいたらさすがに止めなくてはならないし。


 いやあ、周りに自分よりアルコールに対してだらしのない人間がいたら安心するね!


「私はこれからちょっと澤ちゃんのところへ行くよ」


「あ、もしかして船? えーっと、名前忘れた」


 なんだったかな。


開陽丸かいようまる。私たちの旗艦なんだから名前くらいは覚えておいてね」


「あれで蝦夷に行くの?」


「そうだよ。もちろん一隻で行くわけじゃないけど」


 ふーん、そうかそうか。


 そういえば俺たち、あの船に乗ったことないな。ちょっと気になるぞ。


「ねえ、俺もついて行っていい?」


「船に? もちろん良いよ」


「ありがとう。シャネル、せっかくだし船に行ってみようよ」


「あの人はどうするの?」


 ぞんざいな言い方をしているが、つまりはアイラルンのことだろう。


 ちなみに人じゃない。


「子供じゃないんだ、1人にしておいても大丈夫さ」


「それもそうね。じゃあ行きましょうか」


 というわけで宿から港まで。


 歩いていける距離ではないので馬車を使う。どうやらこの馬車はタケちゃんの私物のようで、いつも宿の庭に停まっていた。


 ガタガタと揺れる馬車の中。


「そういえば」と、シャネルが口を開く。


「どうした?」


「この国って地面があまり舗装されてないのね」


 たしかにね。ドレンスだとよく石畳に舗装された道を見たけれど。


「そうですね。ジャポネではあまりそういうことはしません」


「どうして? 道がきれいな方がなにかと便利でしょ? ドレンスではかつてガングーが国中の道を舗装したのよ。そのおかげでいまの繁栄があるわ」


「もちろん知っています。ガングー・カブリオレの政策はそのほとんどが軍事に向いたものでしたが、その副産物としてドレンスの国力を上げる結果となった」


「なかなか話せるわね」


「これでも数年、ドレンスに留学しましたから」


 ほげー。


 俺はあんまり入れない話だぞ。そういうのよく分からないしね。


 とはいえ、道がきれいに舗装されてたら遠出とか楽そうだなとは思う。遠出が楽なら行商の人たちなんかも楽だろうし。そうすれば国は繁栄する。


 ま、そんなところだろう。


「質問に答えると、このジャポネの道があまり整備されていない理由は、他にもっとやることがあるからです」


「他にやることがある?」


「はい。この国では人民はそれぞれのコミュニティによって支配されているのです。それを大きな枠で言えば藩となりますし、町や村と、はては家族といった小さなものまで。さまざまな分類がありますが」


「そんなのどこの国でも同じでしょう? 私たちドレンス人だってそういったしがらみはあるわ」


「そうですね、それは人が集まる集合体ではどこでも見られるものです。だけどこのジャポネではそれが強い。我々ジャポネの人間は自らが生まれ育った村を出ることすら、もともとまれだったのです」


「村くらい、普通は簡単に出られるわ。それで出て、自分の好きな暮らしをすればいいのよ」


 シャネルはそう言いながらも、少しだけ下を向く。


 たぶん。たぶんだけど、シャネルは嘘をついていた。


 彼女は自分の生まれ育った村を出られなかった人間だ。きっかけを見つけられずに。たまたま――あるいは運命的にと言い換えても良い――俺と出会って、復讐のための旅に出られたのだ。


「他の国では、そういうこともあります。人は自由な場所で生きていた。しかしこのジャポネでは違います、人々は自らのコミュニティ、その場所を守り続けます。これを一所懸命だなんて言いますけれど、そういった生活をし続けていた人々にとって道、ひいては街道というものはそこまでしっかりと整備するべきものではなかったのです」


 もちろん、大きな主要道路はきちんと整備されている、とタケちゃんは補足する。


「なんとなく分かったかも」と、俺。「つまりはドレンスの逆?」


「そういうこと、必要なければ道は整備されない。簡単だね」


「でもそんなので国としてやっていけていたの?」


「そうですね。自給自足でもなんとかやっていけましたよ。もともとジャポネは島国ですから、自分たちだけで生活が完結できないとここまで文明は発展しません。長いこと、外国との交流すらしていなかったんですから」


「そうなの、他国との関係の中で成り立ってきたドレンスからすれば、考えられない話だわ」


 お国柄、というやつだね。ちょっと違うか。


「しかし最近ではそれが変わりました。脱藩だっぱんと言って、自らが奉公する先である藩すらも捨て、風雲の中に身をとうじるのが流行になってしまったのです」


「それはどうして?」


 と、シャネルは聞く。


「簡単ですよ。あなた達のせいです」


 シンちゃんはにっこりと笑いながらそう言った。


 俺たちのせい……なんとなくだが、俺は理解できていた。


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