006 街道での出会い1
――アウラバ。
ドレンス東北に位置する荒野だ。少し行けば長大な山脈があり、その先はプライスとポラン、さらに先にはソイエトという別の国が広がっているのだという。
かつて、この場所では大規模な戦争が行われた。それは狭義では第二次ドレンス革命戦争、アウラバの戦いと呼ばれている。
「この場所でね、英雄ガングーはドレンス兵を率いて大勝利を収めたのよ」
「へえー」
その古戦場たる荒野を、俺とシャネルは歩いていた。
「敵はソイエトとポランの連合軍五万超! 対してこちらのドレンス軍は三万にも満たなかったと言うわ。けれど英雄ガングーは勝利を収めたのよ、すごいわよね!」
「なんでもいいけどさぁ、シャネル。話しながら歩いてると疲れない?」
「ん、別に?」
そうですか、と俺は相槌を打つ。
まったく、俺だって異世界に来て体力にバフがかかっているがシャネルのそれは俺に輪をかけてすごい。それこそ昼夜を問わずといった感じで歩いていくのだ。
目指す町はまだまだ遠いはずなのに、まったく底なしの元気だよ。あまつさえこんな荒野に寄り道したいだなんて言って遠回りまでさせられた。
「それで、どうなの? やっぱりシンクも英雄に憧れるの?」
「なんでそうなるんだよ」
「だって男の子ってみんな英雄になりたいものでしょ」
「偏見だよ、偏見。俺は復讐さえできればそれで良いんだ」
シャネルは感心するように頷いた。
それにしても暑い。いったい今は何月だ? 夏なのだろうか、昨晩は少し肌寒いくらいだったのに、日中になったらこんなにも暑いなんて。
というか俺、未だにブレザーなんだよな。
「なあ、この服どう思う?」
「個性的で良いんじゃない」
そういうシャネルはシャネルでドレスのようなきらびやかな服装だ。はたからみたら旅芸人にでも見られるかも知れない。変な格好の二人組だ。
「まったく、職務質問でもされたらどうするんだ」
「職務質問?」
「こっちのはなし」
歩いているとやっと街道に出た。
歩きやすく広い道なのだが、見渡す限り誰の姿もない。もしかしたら昔に使われていた道なのかもしれない。今は少し離れたところに新道があるとか――田舎の国道のように。なんて、疲れてんのかな俺。妙なことを考えてしまう。
今日は起きてからどれくらい歩いただろうか、もう昼間はとっくに過ぎているはずだ。お腹がすいている。シャネルのいた村を出て三日、食事はたいてい――
「じゃあ、そろそろお昼にしましょうか」
「わーい……」と、思わず棒読みだ。
「今日も私が作るわ!」
「女の子の手料理、うれしー」
そうなのだ……この女、とにかく料理が……。
「昨日とったお肉は残ってたかしら?」
「あれは全部消し炭になっただろ」
「じゃあ朝の魚は――」
「あれも消し炭だ」
下手なのだ。
「ああ、そうだったわね。じゃあ非常食のパンは――」
「毎日が非常時だからね、もうなくなったよ」
「あら、ということは?」
俺は慌てて持っている荷物を確認する。大きなバックパックだ。荷物持ちは男の仕事ということでずっと俺が背負ってきた。
「食料なんてもうない!」
衝撃の事実!
料理が下手とかそういう問題以前に、食料がゼロだった!
「困ったわねえ」
と、さして困ってなさそうにシャネルは言う。
「腹減った……」
「貴方が毎日たくさん食べるからよ」
こいつ、一瞬殺意が湧いたぞ。
俺がたくさん食べるのはシャネルが料理を作りすぎるからで、残したらシャネルが悲しむかと思っていたからだ。だから無理して炭化した肉やら魚やらを腹に詰め込んだんだ。これでガンにでもなったら訴えてやるからな。
「というか料理に火属性の魔法使うのやめようや!」
「ちょっと、大きな声ださないでよ。しょうがないわね、追い剥ぎでもする?」
「思考回路が世紀末だよ! もっと平和な方法があるだろ!」
「って言ってもねえ、目的地の町まではまだ一日あるし。まあ私は一日くらい食べなくても平気だけど……貴方はそうじゃないでしょ?」
「腹が減って死にそうです……」
「男の子は燃費が悪いから。うーん、そうねえ……」
ガタゴト……ごとっ、ガタガタ。
遠くから車輪の音だろうか、馬車が来るとような音がした。
「なあ、シャネル――」
――誰か来たんじゃないか、と続けようとしたところで静かにしろとジェスチャーされる。
「隠れるわよ」
「え?」
言われるままにそこら辺の木々に身を隠す。
でもなんで?
「今回、私の火属性魔法は使用できないと思って。言ってなかったけれど火力の調整は苦手なの」
「うん、知ってる」
主に調理方面で。
「だから私が馬車を攻撃したら吹き飛ばすことになりかねないわ。とりあえず少々使える水属性の魔法で援護はするけど、これはもう使わないほうが良いレベルだから期待はしないでね」
「ちょっと待って。なにこの作戦会議? え、襲うの? 馬車を」
「当たり前じゃない」
「当たり前じゃない! だから発想が世紀末のそれだよ!」
「じゃあどうするっていうのよ?」
「例えばお願いして食料分けてもらうとかさ、もしくは馬車に乗せてもらうとかさ」
「もしも乗り合いの馬車ならお金をとられるし、個人の馬車なら乗ってるのは貴族か金持ちの商人よ。私達を乗せてくれると思う?」
「そりゃあ乗せないだろうけどさ、でも盗みはダメだろ」
「なら諦めて歩くしかなわいね」
「もうそれでいいよ」
馬車の音が近づいてくる。
少し遠くに目視できた。
出ていこうとする俺をシャネルは止める。
「絡まれても面倒よ、とりあえず通り過ぎるまではここに居ましょう」
と言いながら、スカートの裾から杖を取り出すシャネル。
その警戒姿勢を横目で見ながら、もしかしたら俺の方が勘違いしているのではないかと思う。そもそも最初だってそうだ、初見でシャネルは盗人どもに追われていた。あんなこと、現世の日本ではまずお目にかかれない。
ならばあるいは――この世界の治安は悪く、そもそもが世紀末的なのかもしれない。
だとしたら、こちらがやられる可能性もあるのか?
「なあ、あの馬車は乗り合いなのか? それとも個人のものか?」
シャネルが目を凝らす。
「たぶん、個人。というよりも貴族様のものね。遠くて紋章がよく見えないわ、どこの家かしら?」
「そいつらは、その無礼討ちというかそういうものをしたりするのか? つまりは俺たち平民の命を簡単に奪うような」
「当たり前じゃない。あっちの気分次第でどんなことをされても文句を言えないわ」
「ひでえ世界のひでえ時代に来ちまったもんだぜ」
「ま、いざとなったら爆発させてやるわよ」
大きな車輪を回転させて近づいてくる馬車。一台だけ、護衛もなく御者は目深にかぶったつば広の帽子をかぶっている。その身なりはいかにも小奇麗だ。
近づくにつれて、御者がよく見えるようになる。それを認めた瞬間、俺は息を呑んだ。
服の裾から見える腕は――骨だったのだ。
「まずいわ」と、シャネルがつぶやく。「まさかスケルトンとは」
「スケルトン?」ロールプレイングゲームなどでよく聞くガイコツの化物だ。まさかあの馬車を引いているのは人間ではないということか。「だとしたらどうまずいんだ?」
「これじゃあ私たちが待ち伏せしてるみたいじゃない」
まだ意味が分からない。
と、思っていると馬車は俺たちから10数メートル先でピタリと停止した。
「人間じゃないよ、私達の気配だってすぐに察知するわ。気配はあれども人はおらず。さて、どう見えるでしょうね?」
「追い剥ぎか」
シャネルはうなずき、緊張するように杖を上げた。まさかの一触即発だ。
俺は荷物をその場に起き、シャネルの村から拝借してきた剣を手に取る。――適当な家からかっぱらってきた剣だ。もしかしたらその家の家宝かもしれないってくらい丁重に飾られていた。
「運がないわね、貴方」
「俺のせいかよ?」
「だって私は幸運の星の下に生まれてきた女だもの」
「なんでだよ」
「だって――貴方に会えたでしょ?」
こんな時に冗談を飛ばせるってのは、シャネルは大物かもしれない。
馬のいななきだけが聞こえている。馬車はまったく微動だにしない。
と、思った次の瞬間、馬車の扉が開きそこからさらにスケルトンが三体、ぞろぞろと出てきた。どれも手に槍を持っている。
「俺が飛び出す、その間に逃げるか?」
「いいえ、できるだけ手加減して火属性魔法を打つわ。死んだらごめんなさい」
「ま、一回死んだようなもんだからな」
恐怖心、ってやつだろうか。
足が笑いだした。
こんなことならアイラルンに恐怖の感情くらいは消してもらえばよかった。
「行くぞ!」
やはりスケルトンどもは隠れているこちらに気づいているのだろう、出てきたスケルトンのうち二人が槍を向けてこちらに近づいてくる。
――先手必勝!
俺は矢のように飛び出すと、手近にいたスケルトンの懐に潜り込む。そして下から滝を逆流する鯉のような勢いで切り上げる。
一瞬にしてスケルトンは真っ二つだ。
だがもう一人のスケルトンは仲間が切られてもお構いなしにこちらに槍を突いてくる。当然だ。俺はそれを紙一重でかわし、槍の柄を滑るように開いていた左手でスケルトンの頭を横薙ぎに殴りつける。本当は斬れれば良かったが、素手の方が攻撃が当てやすかったのだ。
頭を吹き飛ばされたスケルトンは数歩後ろに下がったが、まだ動いている。
そこへシャネルの火属性魔法が炸裂した。
火種が生まれたと思った刹那にはそれが大きくなる。
――爆ぜる!
俺は慌てて背中を向けて離れる。俺の背後で爆発が起こった。
さすがの威力だ。
けど俺は無傷。間一髪ってやつだ。
残りのスケルトンは一人。いや、御者も入れれば二人か? なんにせよこの短時間で相手は半分だ。
なんて思っていると。
ゾロゾロ、ゾロゾロ。
馬車の中からまたぞろ五人のスケルトンが出てくる。いったい中に何人入ってやがるんだ!
骨だから折りたためば案外コンパクトになるのだろうか、考えていても仕方がない。
なんせこれ状況としてはピンチだ! どうする、俺――!?