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589 茶屋にて、売られたケンカ


「私も新選組のことは詳しくは知らないよ」


 前置きをひとつして、タケちゃんは話し始めた。


「そもそも新選組というのは京都守護職だった会津藩主、松平容保まつだいらかたもりこうの肝いりで結成された浪士隊だということだよ。治安の悪い京の都を不逞ふてい浪士たちから守るために活躍した……ということなんだけど」


「ここは京都じゃないぞ?」


 合いの手のつもりで言ってみる。


「そう。新選組は幕臣として鳥羽伏見の戦いに参加して、そこで負けた」


「なるほど」


 鳥羽伏見、というのはなんとなく聞いたことがあった。


「負けた新選組はその後も各地を転戦していたらしい。そしてここ、仙台まで来た。数日前までは会津にいたらしいけど」


「会津は新選組の古巣じゃないのかよ? そこにいれば良かったのに」


「そうもいかなかったんだよ」


「どうして?」


「会津は降伏を決めたからね。そして仙台藩も……」


「戦いたいだけの戦闘狂の集まりってことかしら?」


 シャネルが身も蓋もないことを言う。


「そういうことを言う人たちも多いね。だから新選組は厄介者の集まりだって」


「厄介者ねえ。シンク、私たちもそうかしら?」


「たしかにな」


 すでに降伏を決めた集団の中で一部だけが好戦派では邪魔にしかならないだろう。


 そして俺たちもドレンスからは戦うために来た。仙台藩からしてみれば、奥羽列藩同盟とやらが機能しているときならまだしも、それが崩壊したあとでは。


 ほとほと、俺たはここに来るのが遅かったのだ。


「でも私は他人が悪し様に言うほど、新選組が悪い人間の集まりとも思えないよ」


「そういえばさっきもそんなこと言ってたな。どうしてタケちゃんはそう思うわけ?」


「私はつい先日、新選組の指揮官である土方氏と初めて会って、一緒に仙台藩主に直談判をしたんだ。この戦闘を続けるように、と」


「昨日の会合、それが議題だったんだね」


「そうだよ」


 つまりタケちゃんも好戦派ということか。


 なるほどね。これなら俺の活躍する場もあるかもしれない。この男についていけば。


「私はね、この戦争をここでやめることに対するバカバカしさを語った。ここで負ければどのような条件も飲まされる。新たに樹立する新政府は我々幕臣を悪として未来永劫に語りつぐだろう。けれどね、もう少し粘ればさらにいい条件を引き出せるかもしれない。

 まさか勝てるとは私も思っていないさ。ただ負けない戦いならこれからもできる。なにせこちらには開陽丸だってあるんだ」


「戦うつもりなんだな」と、俺。


「もちろんさ」


 タケちゃんは当然というように頷いた。


 悪くない、と思った。心が燃える、の後に落ち着き始める。水のように冷静に。


「それで、その新選組とやらの人は貴方と一緒にお城に行って、どんな話をしたの?」


 シャネルが話を続けろとばかりに言う。


 そのときに注文していた酒やさかな、シャネルの頼んだ甘味が来た。シャネルが頼んだのはゼンザイだ。甘いのはこれだと俺が教えたから注文した。


 だがシャネルはアンコを見るのも初めてだったようで。


「これ、本当に甘いの? さっきの醤油と同じような色してるけど」


「まあどっちも大豆だろうけど……」


 大豆だよね?


「大丈夫ですわ、シャネルさん。それはちゃんと甘いですので」


 シャネルはおそるおそるゼンザイを食べる。「甘いわ」とつぶやいた。


 俺たちは酒で乾杯をする。少し喉を潤して口が周りやすくした。


「それで土方氏なんだけどね、彼女は――」


 彼女、とタケちゃんは言った。


 はて、俺の記憶では新選組の土方歳三というのはまごうことなき男だったと記憶しているが。


 だが話の腰を折るようなことはしない。


「彼女の論法はなかなかに直情的なものだった。とにかく戦うべきである。錦の御旗がなんのその、我々武士は御恩と奉公のために戦い続け、その御恩とはすなわち幕府からたまわったものだと。その恩を返すべきだと。まあ、聞いている方は呆れていたよ。その一辺倒でね」


「それは呆れられることなの?」


「そうだね。いまの状況ではそんな暑苦しい精神論はすでに通り越しているんだ。彼の論法は戦場の論法さ。なるほど、戦場でならそういった威勢のいい言葉は兵士たちの士気を上げさせる。けれど指揮官たるもの、大局を見るべきだ」


「タケちゃんは大局見たすえで、戦闘継続を。けれどその土方さんはただただ精神的なもののために戦闘継続を。そういうこと?」


「ああ、そうだね。けれど私は痺れたよ。あそこまで堂々と自らのプライドのためだけに戦うのだと主張できる男気を。もっとも彼女は女性だけどね。とはいえ、あれこそが真の武士の姿ではないかと思った。勝てなくても戦うのだと、土方氏はそう言っていた」


 俺もタケちゃんの意見には同意だった。


 そういった粘り強さは嫌いではない。諦めの悪さも嫌いじゃない。シャネルも同意見なのか「面白そうな人ね」とゼンザイを食べながら言った。


「土方氏はとても純粋な人なのだと思うよ。みんなが言うほど悪い人ではないのは確かだよ」


 ふと、俺は気になった。


「そういえば、新選組って言ったら土方歳三もそうだけど。近藤勇は?」


 俺が知っているのはだいたい3、4人ってところか。近藤、土方、あとは沖田総司。ほかだと斎藤一くらいか? 漫画とかでも有名ですね。


「近藤勇か……私も話にだけ聞いたことがあるけど」


「どこにいるの、いま?」


「死んだよ」


 ああ、そうか。


 死んだのか。


 俺は見たこともない人の死を聞いて、少しだけ悲しい気分になった。


 人は誰もがいつか死ぬ。それは当然のことだ。どんな屈強な勇者だって、大金持ちだって、王様だって、教皇だって、そしてあなたの友人だって。最後には必ず死ぬのだ。


「その首は江戸の三条河原にさらされてたって話さ」


「さらし首か……むごいことを」


「それもあって、土方氏は戦いにこだわっているのかもしれないなぁ」


 復讐か。


 なるほどね。


 湿っぽい話をしていると、茶屋の入り口のほうが騒がしくなった。


 俺は少しばかり嫌な予感がして刀を膝下に寄せる。そして入り口際にいたシャネルをそっと後ろに押しやり場所を入れ替えた。


 座敷から入り口の方は見える位置にあり、ぞろぞろ数人の男たちが入ってくる。その戦闘を歩くのは先程海賊たちを囲んでいた6人のカラスのうちの1人だった。


 ほう、と俺は少し感心する。


 あれが真選組、ならばと思い袖元を見ればたしかにダンダラの模様があった。新選組といえば浅葱色の着物、というのがイメージだったが。


「おい、お前たち。表へでろ」


 まあ、当然だが狙いは俺たちだな。


 ぞろぞろと、10人以上の人数をつれてきている。先程は逃げたのではなく、仲間を呼ぶために撤退したということか。それにしてもよくこの場所が分かったな。


「断る」と、俺は答えた。


「なに!」


 手近にいた男がいきりたって掴みかかってきそうになる。


 避けることはできない、座敷に座っていては場所もない。


 ならば、と俺はこちらに伸びてくる手をすり抜けて、通路の方へとすくと立ち上がる。当然そのときには刀も持っている。


 立ち上がった俺は、掴みかかって来た男の懐に入りこんでおり、刀の柄でそいつの心臓のあたりをとんとんと叩いた。


「断る、とは言ったが。ここで暴れちゃ他の迷惑だ。外に出ようか」


 相手はごくりとつばを飲み込む。


 やれやれ、俺たちはいちおう仲間じゃないのか?


 とはいえ売られたケンカ。買うかどうかはこちら次第だ。


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