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586 新しい1日


 そんな、こんな、どんな?


 としていると、いつの間にか夜ですらなくなっていた。


 太陽さんがこんにちは。


 空がうっすらと白み始めている。それを見ていると急速な眠気に襲われる。


「あ……まずい。すげえ眠い」


「分かりますわ、朋輩。徹夜しようと意気込んだ日って、だいたい明け方にものすごい睡魔に襲われますわよね!」


「そうそう、それで寝とけばよかったって後悔するんだよな……って、アイラルン。お前も徹夜とかするのか?」


「しますわよ」


 そうか、女神様でも徹夜とかするんだな。


 俺も昔はよくしたよ、新しいゲームの発売日とかにさ。まあ、こっちは天下御免の不登校の引きこもりだったからな、徹夜して朝から寝たって誰にも文句は言われなかったのだが。


 俺たちは3人で1つの部屋を与えられた。


 そこはタケちゃんと澤ちゃんがいた部屋と同じ間取りだった。


 畳の部屋が2つ。主室と呼ばれるまあリビングのような場所、座椅子なんかが置いてある。それと寝室がわりの床の間。その奥には縁側があるのだが、こちらはいま障子を湿られている。明かりは入ってきて眩しいからね。


 アイラルンが当然といった動作で押入れの中から布団を引っ張り出してきた。


 それをいそいそと敷いていく。


 俺もそれにならった。


「2人とも、こんな時間から寝たらあとで眠れなくなるわよ。人間は夜に寝るものだわ」


 よく言うよ、自分は夜だってろくに寝ているのか分からないくせに。


 シャネルはまったく眠くなさそうだ。


「大丈夫ですわ、シャネルさん。わたくし、いま寝てもちゃんと夜にも寝れますわ」


「俺もアイラルンに賛成、シャネル頼むから昼くらいまで寝かせてくれ」


「しょうがないわね」


 アイラルンがなぜか布団をくっつけてくる。


 おいおい、これじゃあまるで新婚さんみたいじゃないか。


「ではお休みなさいませ」


 アイラルンは布団に潜り込み、その瞬間には眠っていた。野比○び太かよ。


 まったく、せっかく隣に寝ても色気ないぞ。


「しょうがないわね、私も寝ようかしら」


「その服のままで?」


 シャネルの服はいつもどおりのゴスロリだ。


 温泉に入ったのにわざわざこんな服に着替えたようだ。いや、こんな服って言っちゃあ悪いな。でも浴衣でも着れば良かったのに。


 ちなみに俺もいつもどおりの服だけど。


「着替えなんて持ってきてないわ」


「だいたいこういうのって押入れの中に――ほら、入ってた」


 浴衣はいくつかサイズが用意されていた。俺は一番大きなものを、シャネルにはちゅうくらいのものを用意する。


「これ、他の人たちも着てたわね」


「そう。たぶんみんな着てるよ」


「着方が分からないわ。というかこのただの布みたいなのが服なの?」


「そうだよ、簡易的な和服」


 俺はシャネルが浴衣を着ている姿を想像してみる。


 シャネルはとにかくスタイルが良いから、なにを着ても似合うと思った。


「ちょっと着方が分からないわね。この紐で締めるのよね。他の人もやってたけど」


「そう」


「苦しくないの? コルセットみたいなものかしら?」


「いや、それは分からないけど……」


 コルセットなんてつけたことない。


「いいわ、このまま寝るから」


 シャネルはそう言って、浴衣を着ることを諦めてしまった。


 ちぇっ……着替えが見れるかって期待したのに。ま、実際に着替えるとしたらシャネルは俺のことを部屋から追い出すだろうから、これでいいか。


 シャネルも布団を敷くのかと思ったら、そういうことはせずに部屋の隅にぺたりと座った。


「横にならないのか?」と、俺は聞く。


「服にシワができるもの」


「でもそれじゃあ疲れがとれないだろう」


「疲れてないもの、眠たくもないし」


「そうかい」


「シンクはもう眠いのでしょう? なら喋らないでおくわ」


「いや、まあ……そうなんだけど」


 そうなんだけど、ただ明け方にうつらうつらと聞くシャネルの声がとても心地よくて。本当のところ言えばこのままなにか他愛もない話でもしていてほしかった。


 だけどそれを言えば、さすがにただのワガママに思われそうで。


「ねえシンク」


「どうした?」


「いちおう起きたらだけど、船にいったん戻らなくちゃいけないからね。それだけは覚えておいてね」


「分かってるよ……」


「ええ、それじゃあお休み」


 お休み、と言われても俺はすぐには眠れなかった。


 シャネルがなにも言わなくなっても、彼女の吐息が聞こえていたから。


 それで興奮したわけではないのだが、目が冴えてしまった。


 眠らなければ、と思うのだが……。


 ふと、俺の足が布団からはみ出た。


 自慢じゃないがそこそこ長身な俺は、普通に布団で寝ていても足が飛び出ることがあるのだ。


 つま先に、畳の感触がする。涼しい感触、少しくすぐったくもある。


 畳なんて触るのは久しぶりな気がした。


 日本――あ、いや。この異世界ではジャポネか。ジャポネに来たのだなとい実感した。


 そんなどうでもいいことを考えていると、いつの間にか俺は、寝てしまっていた。


 ――――――


 そして揺り起こされる。


「朋輩、朋輩!」


 アイラルンのうるさい声。


「んっ……なんだアイラルン、朝か?」


「昼ですわ! お昼ごはんの時間ですわ!」


 見れば部屋の外で仲居さんが待機していた。ちょっと困ったような顔をしている。たぶん食事を運んできたらまだ寝ていたのでどうすればいいのか分からなかったのだろう。


 俺は周りをみる。


 陽はすっかり登りきっていた。


 たしかに昼時だろう。


「シャネルは?」


 姿が見えない。


「さあ、知りませんわ。それより早く布団を片付けてくださいまし」


 片付けてって……アイラルンの分もか?


 早く早くと急かされて、しょうがなしに布団を片付けた。


 そして仲居さんに入ってもらう。


 3人分の食事だ。


 考えてみれば旅館で昼ごはんを食べるのって初めてかもしれない。


「もし? これって有料ですの?」


 アイラルンがなかなか聞きにくいことを仲居さんに聞いてくれる。


「いえ。榎本様からお代はすでに頂いておりますよ」


 ペコリ、と頭を下げられた。


 あ、これはたぶん俺のことをタケちゃんと勘違いしているな。まあ顔から体つきまでなにもかも似ているがね。


「ならおかわりも大丈夫ですの?」


「はい、なんなりとお申し付けくだいさませ」


「ですって、朋輩!」


「良かったな」


 ときどき思うのだけどアイラルンさん、食いしん坊キャラでいこうとしてます?


 3人分の料理が置かれる。


 いわゆる懐石料理というやつだろうか、あんまり豪華絢爛という感じではない。ただどれも落ち着いた雰囲気の料理で美味しそうだ。


「さっそく食べますわ!」


「おいおい、待てよアイラルン。シャネルが帰ってきてないだろ」


「待つんですの?」


「当たり前だろ」


 これでシャネルが帰ってきて、俺たちだけ先にご飯を食べていたら可哀想だ。


「朋輩はシャネルさんにだけ優しいですわね」


「そんなことないさ。俺は博愛主義だ」


「さあ、どうでしょうか。朋輩の場合は博愛ではなくヘタレなだけですわ」


 ひどい言い方。だけど間違ってないか。


「あらん? みんなもう起きてたのね、というかお昼の時間なのね」


 ちょっとしてシャネルが帰ってきた。


 髪の毛が色っぽく濡れていた。


「どこに行っていたんですの?」


「お風呂よ。昨晩はドタバタしてゆっくりできなかったから」


「ごめん……」


 俺とタケちゃんが覗こうとしたせいだ。


「べつにいいのよ。それよりアイラルン、貴女もたまにはお風呂に入りなさい」


「まっ! それではわたくしがいつも不潔みたいですわ!」


 ノーコメントだ。


 食事のあとはいったん船に戻らなければならない。今日はそういう予定だった。


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