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576 澤ちゃん


 タケちゃんはひとしきり説教を受けると、さっさと着替えてこいと蹴り出された。


「すいません」と謝って、ちょっと行ってくるよと去っていった。


 あとに残されたのは、俺たちと、あとは澤ちゃんと呼ばれた女性。


「はぁ……」


 澤ちゃんは深い溜め息をついた。


「なんだか大変そうね」と、シャネルがいたわる。


「本当です。大きな子供を抱えているようなものですよ」


「どこも同じですね、殿方ってこれだから」


 澤ちゃんは呆れながらメガネのブリッジをあげた。


 そして、一層険しい表情になる。


「それで、貴方たちがドレンスから来てくれた援軍、ということでよろしいのですか?」


 この質問に、俺はどう答えようか迷った。


 そうだ、というのも違う気がする。


 しかし、そうではないと言うのも違う気がする。


 俺たちはそもそもがこのジャポネの幕府に対して軍事顧問をするということでドレンスから来た。しかし来てみれば幕府はすでに新政府に政権を明け渡していた。


 目の前にいる女性は、言ってしまえば旧幕府軍の人間だ。


 もともとが正規軍だったのが、すでに反乱軍となっている。


 そんな人間たちに協力しても良いのか、俺は迷っている。


 シャネルはおそらく旧幕府軍に手を貸すことに賛成なのだろう。


 しかしアイラルンは反対のようだ。


 ここに来て、俺はアイラルンが言っていた『みすみす負け戦に参加することはない』という言葉の意味を理解していた。


 なにせ旧幕府軍が負けてしまって、新しい政府ができたということくらい、歴史に詳しくない俺ですら知っていることだ。


 もっとも、戦いの細部までは知らないが。


「まあいいです。申し訳ないのですが我々も時間があるわけではありません。この後、午後から軍議があるのです。榎本殿はそこに参加するという予定だったのですが――」


 榎本、と名前を呼ばれるたびに自分のことかと思ってしまう。


「どのような軍議なのですか?」と、シャネルが聞く。


「あまり言えるような内容ではないのです」


 言えない軍議ってなんだろうか?


 まあもちろんそういうものもあるだろうが。


 そんな会話をしていると、タケちゃんが戻ってきた。どこかで着替えてきたのか、古式ゆかしいという表現がぴったりのいかにもなかみしもを着ている。


 なかなかに似合っている。


 釣り人の格好をしていたときは少し曲がっていた背中も、いまは1本の棒が入っているかのように真っ直ぐだ。


「申し訳ありません、お待たせしました」


 そう言って白い歯を見せて笑う。


「榎本殿、そういう笑い方を城内ではしないでくださいよ」


 すかさず、澤ちゃんが注意した。


「ああ、ごめん澤ちゃん。どうもドレンスに留学してたときのクセが抜けなくて」


「澤ちゃんと呼ばないでください。そういったクセは他人からうとまれる原因にもなりますよ。これから人を導いていこうという人が、悪い感情を他人に抱かれてもつまらないでしょう」


「そうだね、気をつけるよ」


「それで、ドレンスの方々(かたがた)には少しばかり待っていただきます。それとも、仙台城の藩主にご用事が?」


「そのつもりだったのですが。そうですよね、キャプテン・クロウ?」


「ええ、我々は仙台藩藩主に謁見させてもらえるということでここまで来ました!」


 いままであまり喋らなかったキャプテン・クロウが大きな声で言う。


 それに澤ちゃんは顔をしかめて「そうですか」と答えた。


「シンちゃんたちは、いったいどの時間に会う約束があるの?」


「えーっと。どうなの、キャプテン・クロウ?」


「いつでも来てくれと、そう言われてします!」


 まさか、と澤ちゃんが鼻で笑う。


 なんでもいいけど、澤ちゃんの名前を聞いていない。心の中で勝手に『澤ちゃん』って呼んでるけど馴れ馴れしいね。


「藩主ともあろう人が、そんな簡単に謁見を許すはずがありません。どうせ待たされますよ」


「そのときはそのときです! 我々は補給さえ受けられればそれで良いのです!」


「そうですか。大事な軍議ですので、くれぐれも邪魔だけはしないでくださいね」


「もう、澤ちゃんったら」


「榎本殿、次に澤ちゃんと呼んだらその舌根っこを引き抜きますよ」


「おお、怖い怖い」


 ということで、本丸への大手門が開かれた。


 俺たちのアポイントメントはあってないようなものだから、あまり出しゃばらずに後で謁見することに。澤ちゃんと呼ばれた女性がそこらへんを上手くやってくれたのか、あちらの離れで待っていてくれと、おそらく仙台藩の侍に言われた。


「じゃあね、シンちゃん。また後で!」


「後で、か」


 べつに会わなくてもいいのだけど。


 けれどなんとなく、俺も相手も互いに好意を抱いているようだし、まあ夜に酒でも飲み交わそうか。ドレンスから持ってきたワインが少し残っているし、あれを渡せばタケちゃんは喜んでくれそうだ。


 というわけで、俺たちは本丸から少し離れた場所へ。


 ここはなんのための部屋だろうか。なんだか汗臭い。たぶんお侍さんたちの詰め所だろう。休憩処といえば聞こえはいいけれど……。


「なんだか変な場所に詰め込まれたわね」と、シャネル。


「だな」


 俺は窓を見つけた。


 あれ、これどうやって開けるんだ?


 分からなかったら、アイラルンが開けてくれた。下から上へ、パカッと開けるタイプの窓だった。そこから外を眺める。


 集団が歩いてきた。


 真っ黒い服を着ている集団だ。物々しい雰囲気。もしも道であったら絶対に目を合わさないようにしてそらすタイプ。


 ――人殺しの集団だ。


 理由はないが、俺はなんとなくそう思った。


 その先頭を歩いていたのが女の子だったので、俺は不思議に思った。


 鋭い眼光。長い日本刀を腰に帯びている。あんなもの振り回せるのだろうか?


 その女の子の姿が目に焼き付く。


「浮気」


 シャネルがぽつりと言った。


「違います!」


 扉が閉じられる。それで終わりだ。


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