572 仙台到着
海賊船に揺られ、また数日。ついたのは仙台藩の管轄である港だった。
「仙台?」と、シャネルが聞いてくる。
シャネルの口から日本の地名がでてくるとなんだかおかしな気がする。
「そう、ここ塩竈って港らしいけど……なんでそんな名前なんだろうな」
「塩竈ねえ……」
「あらん、朋輩。キャプテン・クロウは塩竈を越えて松島に行くと言っておりましたわ」
アイラルンがベッドに寝転がりながら俺に言ってくる。
港についてというのに俺たちは部屋にいた。
というのも、俺たちの中にはどこか諦めのような感情があったからだ。江戸からこっち、何度も港には入ってきた。だがどこの港でも俺たちは厄介者らしく、必要最低限の補給はしてもらえても、陸地に降り立つことはできなかったんだ。
これまでそうだったのだ、今度もそうだろう。
とはいえ、松島……。
「松島ってあの?」
「ですわ。さすがに浅学な朋輩でもご存知でしょう。かつて奥の細道でも『松島や、ああ松島や、松島や』と詠まれた、あの松島ですわ」
「いい景色なんだろ?」
「ですわ」
そりゃあ良いな。見てみたい。
だけど……ダメだろうなぁ。
「私たち、いったいどこまで行けばいいのかしらね?」
「どうだろうな。流れ流され、流浪の民だよ、俺たちは」
「もう少し早くこのジャポネに来ていればよかったわね」
そうなのだ。
俺たちが到着したのは、はっきり言って遅かった。
どうも江戸城が無血開城したのはつい最近の話ではなく、数ヶ月も前の話らしい。なので新政府軍はすでに正当な政府としての機能を持っていた。
かたや俺たちを呼んだ旧幕府軍はほうぼうに散っており、各地で抵抗を続けたらしいが、それも各個撃破された後だという。
残すところは仙台藩を盟主とする奥羽越列藩同盟のみとなっていた。
「なんて言ったかしら、長ったらしい名前の人たちが抵抗運動を続けてるのでしょう?」
「らしいけどね。だけどそれも――」
「風前の灯ですわ!」
はあ、とため息を付いた。
負けることがほぼほぼ確定した戦い。
そんな戦場に身を投じてなんになるという。
適当にどこかでまとまった補給を受けて、すぐさまドレンスに帰るつもりだった。
「まだ出港しないみたいね」
「だな」
これはいよいよ補給が尽きたか?
それでこの場で海賊船もろとも行き倒れとか……。
あはは、それって笑えないな。
「朋輩、ワインもらいますわ」
アイラルンがそう言って、木箱を開ける。
「おう、飲め飲め。俺も飲もうかな」
ドレンスをたつときにエルグランドにもらったワインはすでに数本にまで減っていた。
手土産のはずだったんだけどね。
ま、いいや。
飲まなきゃやってられないぜ。
ということでワインをキュポン! と、開けた。
おそらくこの世でもっとも素晴らしい発明とはコルク抜きだろう。そう思えるほどに俺はこのコルク抜きというものを多用している。次に素晴らしい発明はたぶん栓抜きだ。
「こらっ。2人ともまたそうやって。シンク、飲んじゃダメよ!」
「えー」
「『えー』じゃありません。まったく、このさいだからはっきり言っておくけれど、あなた達は飲みすぎよ。そんなにアルコールばっかり飲んでたらダメ人間になるわ!」
「わたくし、人間ではなく女神ですもの」
アイラルンがへらへらと笑いながら俺の手からワイン瓶をひったくり、飲もうとする。
その瞬間!
シャネルの手が信じられないほどの速さで動いた。
小さなナイフを抜き放ち、そのまま投げる。
「ぎゃっ!」
ナイフはアイラルンの手に刺さる。
「飲むな、って言ったのよ?」
「す、すいません」
血がだくだくと出ている。アイラルンは痛みにのたうち回り、ベッドの上が血で染まる。
だというのにシャネルはまったく表情を変えない。怖い。
「分かればいいのよ。シンクも、分かったわね?」
「もちろんさ! 俺も今日はアルコールの気分じゃなかったんだ!」
こんなのを見せられたらね……飲まないって言うしかないよね。
「とにかく今日は飲んじゃダメよ」
シャネルはそう言ってアイラルンの腕からナイフを抜いた。
「ぎゃあっ! 痛い痛い! いきなり抜かないでくださいませ!」
「どうせ治るのでしょう」
「痛いものは痛いのですわ!」
「あらそう」
「ぴえーん! 朋輩、シャネルさんが意地悪しますわ!」
「お前が悪いよ、シャネルの言う通りだ」
俺はすぐさま保身にはしる。
ここでアイラルンを擁護なんてしたら、今度は俺がやられる番だ。
「ひどいですわ、朋輩!」
「ひどくないよ?」
我が身可愛さというやつだ。
「まったく、それにしても遅いわね。もしかして今日はここに泊まるのかしら?」
船はまだ出ない。
もう1時間以上になるだろうか。
「泊まるって言ったって、どうせ降りられないんだろ?」
「そうでしょうけどね」
キャプテン・クロウは良いよな。少しの間とはいえ陸地に行けるんだから。
いや、まあなにかと理由をつけて俺もついていくことはできるのだろうけど。でもそれじゃあ他の船員からよく思われないだろうからな。不公平ってのはいけないことだ。
「ああ、せっかくの仙台ですのに。『萩の月』とか『ずんだ餅』とか食べたかったですわ」
「あるのか、それ?」
名前だけ聞いたことはあるけど……いわゆる名産のたぐいだよね?
桃太○電鉄で覚えました!
「なあに、それ?」
「え、ご存じないのですか! ズンダってつまりメインをブーストでキャンセルして連続攻撃する技ですわ!」
「うるせえよ」
俺はアイラルンの頭を叩く。
「いた~い!」
もう腕の血は止まっているようだ。治るの、早いね。
「お前は本当に自由なやつだな」
「自由の女神ですの?」
「うわ、くだらねえ」
と、こういうふうにシャネルの分からない話をしていると、シャネルは怒るのでほどほどにしておこう。
「シンクたちはいつも楽しそうね」
やはりシャネルは少しご立腹。
「そうだ、シャネル。ちょっと甲板にでも行こうか」
「え? まあ、いいけど」
「こんな場所にずっといたら息が詰まるからな」
というわけで外に行くのだが。
なんだか様子がおかしいぞ?
海賊たちが喜んでいるというか。ふと、俺は船の火が消えるのを感じた。甲板の底から感じていた微小な振動がなくなったのだ。
「これってまさか?」と、俺は言う。
「もしかして、止まったの?」
「たぶん。機関の火が消えた」
こういうのを感じられるのは、俺の五感が鋭くなっているからだろう。
普通だったらまったく気づかないはずだ。
実際にアイラルンなんかはポカンとした顔をしている。
「榎本さん! 榎本さん!」
俺たちの背後から、キャプテン・クロウの嬉しそうな声が聞こえてきた。
「はい、どうしました?」
俺はいちおうの敬語で返事をする。
「許可が出ましたよ! 降りられます!」
「やっとですか!」
「仙台藩は我々の上陸を許してくれましたよ! まあ、少々。しょうしょう! 条件を出されたわけですがね!」
「えっと、その条件とは?」
「それは後で! とにかく早く降りましょう!」
いやいや、そこ大事なところでしょ。
とは思うが。あんまりにもキャプテン・クロウが嬉しそうにしているのでそれ以上は聞かないことにしておいた。
いいかげん、俺も陸地に降りたかったしね。
ふと、甲板から陸地を見れば釣り人がこちらに向かって手を振っていた。
長い竹の釣り竿をかついで、麦わら帽子をかぶっている。脇に置かれた桶には小さな魚が数匹入っていた。
嬉しそうに手をふる釣り人の男。
歓迎してくれるのかな、と俺はのんきに思うのだった。




