570 次は江戸に行くのかしらん?
入港した海賊船はひとまず許可をえるためにと、そのままにされた。
俺たちは港を見ながら、陸地に降りることができなかった。
「久々の地面だと思いましたのに。朋輩、どうして降りてはいけませんの?」
「そんなこと俺は知らないよ。いまキャプテン・クロウが話をしているみたいだから、まあ少しすれば降りれるだろうさ」
入国の許可をもらっているということなのだろうか。
よく分からないが、キャプテン・クロウが言うにはドレンスから出国したときと、ジャポネについたときで乗員数が違っているから面倒なことになりそうだ、ということらしい。
きちんとドレンス政府から何人がジャポネに入りますよ、という証明書をもらっているのだという。多い分は問題だけど、人数が少ない分はいいんじゃないかと思うのだが、よく考えてみれば少なくなった分が密入国でもしていたら問題だからな。
「クラーケンに襲われたっていって、信じてくれるかしらね?」
「どうだろうな」
シャネルは杖を振り回している。けれど魔法はでない。
「危ないですわ、危ないですわ、振り回さないでくださいませ」
「なんか頑張れば出そうな気もするのだけど……ダメね」
「やめとけ、シャネル」
それで本当に魔法が飛び出したら飛び出したで困ることになりそうだ。
それにしても、と俺は甲板からジャポネの国を見る。
港を行く人たちはなんだかみすぼらしいような服を着ている。あれは着物だろうか? 生地が薄くて涼しそうではあるけれど。
「ちょんまげの人は見えますか、朋輩」
「探してるんだけどな、いないね」
いかにも江戸時代って感じだから、ちょんまげとか、お侍さんとかいるのかなって思ったんだけど。
「きっと陸地に降りれば見られますわ! あとわたくし、相撲取りも見たいんですわ!」
「お、いいね」
「あとはあとは――」
「2人とも、楽しそうね」
シャネルがつまらなさそうに鼻を鳴らす。
会話に混ざれなくてへそを曲げているんだろう。
「いや、ごめんごめん。ちなみにさ、シャネル。このあと俺たちはどこへ行くんだ?」
「降りたらってこと?」
「そう」
実は俺、今後の予定とかまったく知らないのだ。
とりあえずジャポネに行けとガングー13世に言われたので来ただけ。いちおう軍属扱いだから、こっちの国の軍隊に入ることになるのだろうか。
「とりあえずお城を目指すわ」
「城?」
って、どこの?
「ええ。名前は『江戸城』っていうらしいけど――」
「江戸!」
俺は飛び上がって喜ぶ。だって江戸だぜ、江戸。
すごいね、時代劇みたいだね。
「嬉しそうね、シンク」
「おう。なんせ行ったことないからな」
どんな場所なんだろうか。江戸……あれかな、徳川家康とかに会えるのかな! ワクワク。
「ほー、江戸ですの? それはそれは」
「2人とも知ってるの? 私はジャポネのこと、あんまり知らないわ」
もちろん俺だって知ってるわけではない。ただまあ、シャネルよりは知ってるかなという程度だ。
「とりあえず江戸についたらなにしようか。そうだな、団子が食べたいな」
「蕎麦もいいですわよ!」
「お、いいねいいね。あとは寿司とか?」
「江戸時代の寿司ってどんなのですの!?」
「まあ、回転寿司じゃないことだけは確かだな」
わっはっは、と笑いあう。
「むうっ……」
あ、まずい。またシャネルが。
「シャ、シャネルは寿司ネタだとなにが好き?」
「寿司ってなによ」
あ、まずい。よく考えたらシャネルは寿司とか知らないか。
「なんかこう、米の上に生魚が乗ってるんだよ」
「ナマの魚? へスタリアで食べたわね。あれ私そんなに好きじゃないわよ」
「そ、そうですか」
「シャネルさん! お寿司は美味しいですわよ!」
「……いらない」
シャネルは怒っているようです。
けっこう大変なんだよ、こういう女の子と付き合うの。
「話をもどすけど、江戸城って場所にいって城主に会うらしいわ。それは紹介状もあるから、まあ大丈夫でしょうけど。ただ言われたのは、ジャポネって国は伝統的に客人をたくさん待たせるらしいわ」
「待たせる?」
「そう。ドレンスで聞いた話じゃあ、いくら紹介状みたいなものがあっても、すぐに会ったら下に見られるとかで。わざと待たせるそうよ。だから数週間は見ておけって。下手したら数ヶ月かもしれないって」
「なんだそれ?」
江戸時代の人たちって現代と少しだけ価値観が違うのかな。
いまの日本人ならお客さんを待たせるのは失礼って思うんだけど。
「ではそれまでどうしますの?」と、アイラルン。
「恒例の宿探しね。ちなみにジャポネのお金は少しだけもらってきたわ」
「さすがシャネル、用意が良いな」
「というかシンクたちが無計画なだけよ。シンクもアイラルンも、いつもとおんなじような気軽さでジャポネまで来ちゃうんだもの。準備するの私だけだわ、張り切りもするわよ」
「シャネルに任せておけば大丈夫だと思って……」
「信頼していますの!」
「はあ……ダメ人間が2人に増えちゃったわ」
え、いま俺のことダメ人間って言った?
ま、その通りなんですけどね。
「わたくしたち、ダメダメコンビですわ!」
「あはは、本当にな」
「開き直りね。あら、あれキャプテンじゃないの?」
「どれどれ?」
シャネルが指差す方向を見ると、たしかにキャプテン・クロウの姿があった。
どうやらこちらを目指しているらしい。
特徴的なフックの腕をぶんぶんと振りながら全速力で走っている。
「急いでますの」
「なんかあったのかな?」
「知らないけど、良い知らせがあったって感じじゃなさそうね」
たしかにシャネルの言う通りだ。
なにをそんなに急いでいるのだろう。というか慌てている?
しばらくすると、キャプテン・クロウは息を切らせて俺たちのところに来た。
一直線でこちらに来たということは、俺たちに報告があるのだろう。
「榎本さん、大変です!」
「まあ、その様子ならそうでしょうね」
「落ち着いて聞いてくださいね!」
「はいはい」
いったいどんなトラブルだろうか、と俺は思った。
嫌な予感がちょっとだけする。
「江戸城が――」
「江戸城が?」
「江戸城が落ちました、無血開城です!」
「はい?」
意味が分からなかった。
いや、意味は分かるけど……。
たしか歴史の授業でならったし。
けれど、けれどである。
いまこのタイミングで?
俺は一瞬、頭が真っ白になった。
しばらく休んでおりました、すいません
今日から更新再開します。
できるだけ休まないようにはしますので、気長にお付き合いください。




