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569 ディアタナの結界


 陸地が見えてきた。ここまでけっこう長かったが、やっとついたわけだ。


「あれがジャポネ……」


 陸地のくぼみのような地形の場所に港が作られていた。そこに小さな船がたくさん出入りしている。


 俺たちの乗る海賊船は現在、ドレンス国旗をかかげている。それを見てか、回りの船たちが距離をとっているように見える。そもそも回りの船たちは国旗を上げていないのだ。


「そろそろですね! 機関を見てきます!」


 キャプテン・クロウが俺に言う。


「機関ってことは、そろそろ魔法が使えなくなるんですか?」


「その通りです! もしも魔法による体の補助などをされているのでしたら、お気をつけください!」


「いや、俺たちは大丈夫ですけど……」


 魔法が使えない、ねえ。


 キャプテン・クロウはそれでは、と一礼して去っていく。上陸が近いのだろう、海賊船の中はどこか慌ただしい。


「シンク、ちょっとシンク!」


 陸地の方を1人で眺めていると、シャネルにけたたましく名前を呼ばれた。


「どうした?」


「どうした、じゃないわよ! あの女、アイラルンよ!」


「なんだよ、また問題かよ。シャネル、仲良くしなくちゃダメだぞ」


「仲良くどころの話じゃないの! あの子、勝手に私の服を着たのよ!」


「そうなの?」


「もうあの服着られないわ! 他人の着た服なんて誰が袖を通すものですか!」


「そうかそうか」


 自分はドレンスにいたころ、古着屋によく服を売っていたくせに。まあ、自分の飽きた服を他人が着るのはべつに良いということだろうが。


「シンクの口から注意して!」


「分かったよ。でもアイラルンのやつ、俺の言うこと聞くかな?」


「もう、シンクがつれてきたんでしょ」


 残念、俺がアイラルンを連れてきたのではない。


 アイラルンがこの異世界に俺を連れてきたのだ。


 まあそんなことをシャネルに言っても仕方ないね。


「あら、もしかしてもうつくの?」


 シャネルはいまさらジャポネがすぐそこに近づいていることに気づいたのだろう。


「おう。どうだ、あれがジャポネだよ。って言っても俺の知ってる日本とはかなり違いそうだけど……」


 実際に降りてみないと分からないが、まあぱっと見た感じ高層ビルが乱立しているスーパーシティには見えないね、うん。


 そんなことを思っていると、ドタドタと足音がして、後ろを振り向けばアイラルンがいた。


 こちらに走ってきていて。あ、転けた。


 アイラルンは似合わない――と言ってしまっても良いだろう――真っ白いロリィタ服を着ていた。それがシャネルの服だろうということはひと目で分かった。


「痛っ! この服、走りにくいですわ!」


「人の服をかってに着ておいて、よく言うわよ。それ、お気に入りだったんだからね」


「ですからシャネルさん、こうして謝っているではありませんか」


 アイラルンは転けた状態のまま、ゴキブリのように這って高速でこちらに近づいてきた。そしてそのまま流れるように土下座の体勢に移る。コクコクと頭を上下させて「ゴメンナサイ」と、棒読みで連呼する。


「はあ……貴女といると疲れるわ。いいわよ、もう。その服あげる。その変わり大事にしてね」


「はいですわ! それでシャネルさん、ついでにヘッドドレスも1つほしいのですけど」


「遠慮というものがないのかしら、貴女には。でもいいわ、たしかに頭が寂しいと可愛くないものね。さっそく見繕みつくろってあげるわ」


「ありがとうございます!」


 なんだかんだで許しているシャネル。もしかしてシャネルってあれか? 可愛い女の子を着せかえ人形にできればなんでもいいのか?


 性格はどうあれアイラルンは美人だしな。


「あれ、朋輩? もしかしてあれジャポネですか?」


「だよ」


 アイラルンもいまさら気づいたようだ。


 こいつら、船の中でもなんだかんだで楽しそうだし意外といつ到着するのか気にしてなかったのかな。


「むむむ! マジですの?」


「どうした」


 アイラルンは首を傾げて、そのあと手を双眼鏡のようなかたちにして、最後に逆立ちして。


「ちょっと、スカートがひるがえるわよ!」


 シャネルに怒られて、やめた。


 普通に立って、顎に手をあてていかにも考えているポーズをとるアイラルン。


「朋輩、あれ見えますか?」


 そう、俺に言ってきた。


「あれって、陸地だろ?」


「そうではなくて。スキルを使ってくださいませ」


 スキル、と言われて俺は『女神の加護~視覚~』を使う。なんだかんだでこのスキル、いろいろなところで便利だよね。使うと少し疲れるんだけど。


「なにか見えるの?」と、シャネル。


「ん? なんだあれ!?」


 見える、というか……。


 見えない?


 俺の視界の先がモヤがかかるようになっている。まるでくもりガラスごしに景色を見ているようだ。なんだろうか、あれは。


「分かりましたか?」


「いや、分かったけどさ……あれはなに?」


「おそらくは、ディアタナの結界でしょう。よくもまあ、あんな規模ではったものですわ。なるほどなるほど、あの中に入ればディアタナの魔力に妨害されて上手く魔法が使えない、と」


「おいおい、近づいてきたぞ」


「というかわたくしたちが近づいているのですわ」


 モヤがかった景色へと向かって海賊船は向かっていく。


 そして船の舳先へさきがふれた。


 そしてそのまま中へと入っていく。


 まるで壁でもあるようだ。しかし、それを越えた瞬間、ふわりと包み込むような感覚があった。そして中に入ればモヤはない。


 振り返ると、今度は背後がモヤがかっていた。


 閉じ込められたような気分だった。俺は怖くなって『女神の寵愛~視覚~』のスキルをきる。すると景色は元通り、なんの変化もない。


「これでもう魔法が使えないわけか」


「そういうことですわね」


「シャネル、ちょっと試してみてくれ」


「了解よ」


「くれぐれもちょっとだぞ!」


 あんまり手加減なしでやって、海賊船が火だるまになりかねない。


「分かってるわよ、加減くらいできるわ」


 ウソだ。


 最近ではマシなほうではあるが、昔はとくに酷かった。シャネルは魔法を加減するのが苦手なのだ。そのせいで料理に火属性魔法を使って、すぐに料理を消し炭にする。


 俺はいままでいったいどれくらいの炭を食べただろうか、覚えていない。


 そのうちガンにでもなるだろう。


 シャネルが胸元から杖を取り出す。


 いつも思うけど、どうやって収納されているんだろうか。たまにふともものあたりに入れてることもあるけど。


「とりあえず爆発を1つ」


「いや、待て!」


 それは絶対に加減ができないやつだ。


「明かりぐらいにしましょう!」と、アイラルンも止める。


「しょうがないわね。よいしょ――あら?」


「どうした?」


「ダメね、なにもでないわ」


「そうなのか?」


「まあ、それだけディアタナの妨害がきいているということでしょう。それにしても……こんな場所を決戦の地に選ぶとは。あの女神はなにを考えているでしょうね?」


「知らんよ。あんたら女神のケンカのことなんて」


「ま、朋輩ったら! もう無関係ではいられませんわよ」


 もちろんそれも分かっている。


 シャネルはやっきになって杖をふっているが、なにも起こらない。


「ダメだわ。これもしかして私、やくたたずになるんじゃないかしら?」


「大丈夫だろ、どっかの女神よりはマシだって」


「それって誰のことですの?」


 あはは、と俺は笑う。


 しかし笑っている場合ではないのかもしれない。


 魔法が使えない。これは1つ、戦い方からして考え直す必要がありそうだった。


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