564 嫌な予感はまだ消えず
ひりつくような視線と悪感情。それを殺気と呼ぶのだ。
俺のことを取り囲む海賊たちは目をギラつかせながら、それぞれに武器を持っている。
あきらかに状況はあちらが不利。海賊船は航行を停止させ、船には乗り込まれている状況。その気になれば砲撃だけでも落とせる、つまり生殺与奪はすでに握られている。
だからこそ、乗り込んできたやつらくらいは死ぬ気で痛い目に合わせてやろうというつもりだろう。相打ち覚悟だ、気合の入り方が違う。
「ちょーっと、イキっちゃったかな?」
仲間の海賊たちがこちらの船に乗り込んでから、ゆうゆうと行けば良かった。
それが何を勘違いしたか一番槍をつとめてしまった。
「うおおおっ!」
敵の海賊が手斧を振り上げて向かってくる。
なるほど、狭い海賊船の上ではリーチの短い武器のほうが取り回しがきくのか。
だが、俺には当たらない。
どれだけ素早く手斧を振ろうと、それらはすべて空を斬るだけだ。
そして決定的な隙を見つけて反撃。
刀を横に倒して脇腹を切り抜ける。そのまま上段に構え直して近くにいた海賊をばっさりと袈裟懸けに斬り裂く。
自分でも動きがサマになっていると感じる。
敵が何人いても負ける気がしない。
『武芸百般EX』。
『5銭の力+』。
そして各種『女神の寵愛』。
戦うためのスキルばかり目白押しだ。相手を殺すこと、そして自分が死なないこと。どちらもあるのだから、そりゃあ負けないわけだ。
立て続けに2人斬り、そこからモーゼルを取り出して1人の眉間を撃ち抜いた。
もちろん反撃はあったが、そもそも俺の体に攻撃が当たらない。
やがて敵は恐れをなして俺の回りから逃げていく。それとほぼ同時に味方の海賊たちが船に乗り込んできた。そのまま数の暴力で敵を蹴散らしていく。
こちらの海賊たちは笑っていた。逆にあちらの海賊たちは逃げ惑いながら泣き叫んでいた。果敢に向かってくる者もいたが、怯えて海に飛び込む者もいた。
海に飛び込んだところでどうにもならない。
そのまま溺れて死ぬだけだ。
俺はそれを見て、なんだか嫌な気分がした。急激にやる気をなくす。誰も俺には向かってこないし、刀をおさめた。
「ガハハ! 榎本さん、楽しいですな!」
キャプテン・クロウが血に染めたフックの腕を振り回しながら、俺に同意を求めてくる。
「そうですかね?」
唇を尖らせる。
これではイジメと変わらないじゃないかと気づいた。
「あれ、あまり乗り気ではない?」
「どうでしょね。天の邪鬼ですから、勝ち戦が嫌いなだけかもしれません」
思えばこれまで、逆境の中で戦うことが多かった。
勝つことが確定したような状況で相手を蹂躙することは嫌いだ。
「お頭! 外にいたのは全員ぶっ殺しましたぜ!」
「おう、そうか! じゃあ中に金目のもんがないか見て回るぞ! 榎本さんもどうですか!」
「いや、俺はここで待ってますよ」
「そうですか! おい野郎ども、いくぞ!」
「はい、お頭!」
キャプテン・クロウは興奮しているのか、「お頭」と言われても訂正しなかった。
根は海賊、ということだろう。
いや、まあ、言い訳できないくらい海賊なのだけどね。たまたまいまは俺たちを手伝ってくれているから、ドレンス海軍みたいなあつかいになってるけど。
やれやれ、と俺はため息を付いて海を見た。
さきほど飛び込んだ海賊はもう浮かんでこなかった。
「よっと。どう、シンク?」
シャネルが軽やかな足取りで船と船をつなぐ橋を渡ってくる。
「どうって、なにが?」
「まあ、怖い顔。なにか嫌なことでもあった?」
「さあな」
俺は八つ当たりするようにシャネルに言う。なんて最低な男だと自分でも思ったが、口をつく言葉がとめられなかった。
「何人殺したの?」
シャネルは目を細めて俺に聞いてくる。
意趣返しのつもりだろうか?
「さあ、数えてないけど。4、5人だろう」
「そう。刀の手入れ、しておいたほうが良いわよ」
珍しいな、と思った。武器の手入れなんていままでシャネルは気にしたこともなかったのに。
「なんでそんなこと言うんだよ」
「潮風があるでしょ。武器にはよくない環境よ。お兄ちゃんが昔そんなことを言ってたわ」
「なるほどね」
それを覚えていたから忠告してくれたわけだ。優しいな、シャネルは。なにを考えているのかよく分からないけど。
「それにしてもこっちの船、すごい速度だったわね。あの速度でずっと動いてればジャポネなんてすぐについたんじゃないの?」
「どうだろうか。なにかしら問題があるんじゃないのか?」
キャプテン・クロウが戻ってきたら聞いてみようか。それともどうでもいいか。
それにしても気になることが1つある。
「なあ、シャネル」
「なあに?」
「海っていうのはこんなにも静かなもんだったかな?」
波すらない。
まるで森の奥地の湖のように、静かに……ただ静かに。
水の流れがない?
「分からないわね、あんまり海なんて知らないもの」
「嫌な予感がするな……」
というよりも消えていないというべきか。
もしかしてこの海賊船が攻めてきたことが、嫌な予感の正体ではないのか。
そう思っていると、船の中からバタバタと海賊たちが出てきた。
「榎本さん!」
「どうしました?」
キャプテン・クロウは顔を真っ青にさせていた。
「早く、早くここを離れます! ここにいてはヤバい!」
「なにかあったんですか?」
俺の質問にキャプテン・クロウは言うのも恐ろしいという感じで声を潜めた。
「クラーケンです」
「え?」
「この海賊船はクラーケンに襲われたんです!」
と、いうと……。いわゆる幻創種だろうか? キャプテン・クロウの腕を奪ったという。
「来るんですか、クラーケンが?」
この海賊船がクラーケンに襲われたからといって、まさか。
「やつはしつこい! 狙った獲物が陸に上がるまで、絶対に諦めません!」
シャネルが首をかしげる。
「じゃあなんでこっちの海賊船は私たちを襲ってきたの?」
「魔石が足りなくなったのです。それで死にものぐるいで我々を襲ってきた!」
なるほど、そういうことか。
それでこちらは勝てぬと分かっても必死で戦いを挑んできたと。
窮鼠猫を噛む、とはならなかったが。
さて、しかしここは問題だ。
クラーケンが来るというのなら、俺たちも襲われるということか。
「くっ、運がない!」
と、キャプテン・クロウは叫んだ。
俺は冷や汗をかく。
運がない。
まさか俺が悪いのか?
海の波はまったく揺れていない。
その凪いだ水に、アブクがわいた。
ポコン、ポコン、と音がしたように聞こえた。
「ああ、もう来やがった! 野郎ども、船に戻るぞ! 榎本さんも、早く!」
「あ、ああ」
嫌な予感は強くなっていた。
やはりこれが気配の正体だ。
俺は泡立つ海を睨みながら、自分たちの海賊船に急いで戻った。




