562 海の真ん中で嫌な予感
船はなんどか港に停泊を繰り返して、着実にジャポネへと向かっていく。
どうやら数週間の旅だということは分かっているのだが、それが具体的にどれくらいの日数なのかは船長であるキャプテン・クロウにも分からないのだという。
というのも、海の状態を見て進むか、あるいはとどまるかを決めているのだ。
「榎本さん、これはシケになりますぜ!」
キャプテン・クロウがそう言うときは、必ず大シケになる。
「あっちは幻獣のすみかですぜ!」
と、そう言えば本当に幻創種のモンスターが出たという情報が入った。
この男、かなり優秀な船乗りである。
行く、か、下がる、か。
その判断が素晴らしい。
もっとも、キャプテン・クロウが行くと言わなければ何日でも港にとどまったままになるので、必然的に時間はかかるのだが。
とはいえ安全第一だ。
しばらくの休息のあと、俺たちは何日かぶりに船を出していた。
「船の旅っていうのも退屈ね」
シャネルはすでにこの長旅に飽き飽きしているようだ。
あまりにすることがないので甲板に出てみたが、それでもすることはない。
「しかしシャネルさん、船旅にも良いところはありますですわよ!」
「ありますですわよ?」
またアイラルン、変な言葉つかってる。
「ほら、ご覧ください。あちらにイルカさんが。可愛いですわね」
なるほど、アイラルンの指差す方向には数頭のイルカの群がいた。
「あんなもの見てなにが楽しいのよ?」
「え、シャネルさん。あれを見ても癒やされないんですの!」
「ぜんぜん。シンクはどう?」
「俺か? うーん、まあ癒やされるんじゃないの?」
「そうですわ! イルカにはセラピー効果があり、それはなんかすっごい大学の研究でも認められているところですわ!」
「なんと頭の悪そうな說明……」
こんなのが女神なんだから、どうかしてるよねこの世界。
「それにしてもイルカねえ……イルカとかいるんか」
「え、朋輩。いまなんて?」
「べつにギャグをとばしたわけじゃないぞ」
ただちょっと気になっただけ。イルカだけじゃないけど、犬とか猫とかいろいろな動物がこの異世界にはいる。そしてモンスターも。
そういう意味ではこの異世界、俺のもといた世界にいろいろなものがプラスされた世界なんだな。
「あの動物、なんか変な音だしてない?」
シャネルが鬱陶しそうにイルカを見つめる。
変な音?
「出してるか?」
「それってもしかして超音波ではありませんか?」
超音波だと?
たしかに聞いたことがあるぞ、イルカは人間には聞こえないような高音で会話をしていると。
え、それが聞こえるのシャネルさん? どんな耳してるんだよ。シャネルはべつにそういったスキルを持っているわけではないはずだから、単純に耳が良いのだろう。
むしろ俺はスキルを持っている。『女神の寵愛~聴覚~』のスキルを意識的に発動させる。
『キュー。キュー。キュー』
たしかにイルカはなにか会話をしている。
なんて言っているんだろうか。
超音波が聞こえるからと言ってどんな会話をしているのかは分からないね。
と、思ったら。
『あー、昨日食べた魚うまかったキュー』
『え、マジで? 俺まだ歯の間に挟まってるんだけど』
『お前ちゃんと水と一緒に飲み込まないからだよ、それ』
なんか聞こえたぞ!
しかもすげえしょうもない話をしている。
「どうかなさいました、朋輩」
「いや、イルカの会話が聞こえたから」
「それはスキルが進化した証拠ですわ。良かったですわね」
「べつに聞かなくてもいい会話だったけどな……」
どうでもいいけどイルカって肉食なんだね。いや、まあ肉以外になにを食べれというのか知らないけどさ。まさか海藻を食べてるイルカもいないだろう。
「なんだかここにいたら疲れそうだわ。シンク、私は部屋に戻ってるけど」
「うん、俺も戻るよ」
「ええ、朋輩。わたくしと遊びましょうよ!」
「なにして遊ぶのさ、こんな場所にいても」
まったく、いつになればジャポネにつくのやら。
というわけで部屋に戻る俺たち。
部屋に行くと俺はこの前によった港で買ったワインを開けて、さて飲んだくれましょう。シャネルはだんまりと本を読み始め、そしてアイラルンは1人でソリティアに興じ始めた。
「ひまひまひまひま、暇人間~」
アイラルンはカードをめくりながら調子の外れた歌を口ずさむ。
「うるさいわよ」
と、シャネルに怒られる。
「すいません……。朋輩、こっちにきてカードをしましょうよ」
「やらない」
だってアイラルン、負けそうになると機嫌が悪くなるもん。
「つまらないですわ。ああ、つまらない。こんなことなら受肉なんてするんじゃありませんでした。もっとも、あのときはああする他がありませんでしたが」
なんだよ、今度は泣き落としにでたのか?
「あーあ、朋輩のせいで」
「ったく、うるさいなアイラルン。ほら、カードはしないけどワインはやるよ。飲んでくれ、お詫びのしるし」
「あら朋輩、優しいですわね。いただきますわ」
こういう面倒なときは、飲ませてさっさと寝かすにかぎる。
なにせアイラルンはアルコールに弱いからな。
少し飲ませるとすぐに顔を赤くして、それでもおだてて飲ませるとコテンと倒れて寝てしまった。ぐうぐうと寝息をたてている。
「大丈夫かしら、この女神」
シャネルはもう何度目かも分からないアイラルンへの文句を言う。
「どうだかね。もし本当に邪魔になったらそこらへんに捨てよう」
俺は冗談を言った。
「いい考えだわ」
しかしシャネルは冗談ととらなかったようだ。
さて、うるさいのが寝てしまうと俺たちには静かな時間がおとずれる。
「シンク、そういえばの話なんだけどね」
「どうした?」
シャネルが本から目を離さないまま言う。
「次でジャポネらしいわ、もう港にはよらないって聞いた」
「へえ、そうなのか」
ならかなりジャポネに近づいてきたんだな。
そう思った瞬間だった。
いきなり嫌な予感がした。
「なんだ?」
俺は思わずつぶやいてしまう。
「どうしたの?」
猛烈に嫌な予感。俺の『女神の寵愛~シックス・センス~』がつげているのだ。
刀を腰に差し込む。
「ちょっと見てくる」
「なにかあったの?」
「分からない。だから見てくる」
廊下に出て、先程までいた甲板へと駆け上がる。
船の中は騒がしい雰囲気だ、あきらかになにかあった。
甲板の舳先には女神ディアタナをかたどった像がある。その像の身を預けるようにして、船長のキャプテン・クロウが遠くを見ていた。
「榎本さん!」
「なにかあったか?」
「敵です」
と、キャプテン・クロウははっきりと言った。
「敵? こんな海のど真ん中でか?」
「相手は同業者ですよ」
なるほど、海賊か。
マストの先には見張りの海賊がいて、望遠鏡をつかい水平線を見つめていた。
「お頭、敵もこちらに気づいています! まっすぐ向かってきます!」
「お頭じゃねえ、キャプテンと呼べ! 榎本さん、どうしましょうか」
キャプテン・クロウは俺に意見を聞いてくる。
が、俺には判断できない。
「餅は餅屋。海の上でなら貴方たちがプロだろう。まかせます」
「了解しましたぜ。野郎ども、聞いたか! 好きにやれとよ!」
いや、そういう意味で言ったわけじゃあ……。
けれど海賊たちはもう乗り気なようで、あきらかな戦闘の準備を始めた。
やれやれ、と俺は覚悟を決める。
戦い。
その宿命から逃れることができない男なのだろう、俺は。
「俺も手伝いますよ」
「ありがとう、榎本さん!」
キャプテン・クロウはいつにも増して生き生きしているように見えた。
目を凝らす。
たしかに、すごい速度で一隻の船がこちらに向かってきているのだった。




