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560 キャプテン・クロウ


 船に乗るにあたっての手続きは全てシャネルがやってくれたので、俺はまるでホテルに泊まるような感じで船に入り、自分のために用意された部屋に行った。


「朋輩、朋輩!」


「なんだよ、アイラルン」


「揺れてますわ!」


 当たり前だろ……。


「まったく、うるさいわね。貴女の部屋は別でしょ、さっさと出ていきなさい」


「そう言わないでくださいまし、シャネルさん!」


「そうだよ、仲良くしてね」


 そしてうるさくしないでね。


「おえっ! オゲロゲロ!」


「きゃっ! 汚い、吐いたわ!」


「マジかよ、吐くならエチケット袋かなんか用意しろよ!」


「ほ、朋輩……それたぶん古いですわ……」


 え、もうエチケット袋って言わないの!? いわゆる死語というやつ?


「もう、なにをやってるのかしらこの女神様は。ほら、どこかで真水でももらってきましょう」


「はい……」


 アイラルンはシャネルに連れられて部屋を出ていく。


 なにやってんだか。


 えっ、っていうかちょっと待てよ。これアイラルンが吐いたゲロ、俺が片付けるのか? 嫌だなぁ。人の吐いたものなんて片付けたくないよ。


 あ、でもシャネルはときどき俺の吐いた汚物を片付けてくれていた気がするし……。


 優しいな、シャネルは。


 というかもしかして好きなのか、人の汚物を片付けるのが。掃除が。好きなんだな!


「よし、このゲロはシャネルに片付けてもらおう」


 俺は最低な男なのである!


 この一室、あまり広くはない。それでも上等な部屋らしい。俺たち以外の船の乗組員たちは個室などあたえられずに雑魚寝ざこねをしているらしいのだ。


「それを考えればベッドがあるだけ御の字だな」


 部屋の隅にはシャネルの服が入ったカバンが1つ、2つ、3つもある。その横には木箱があり、中には1ダースのワインがつめられていた。


 1本だけワインを拝借する。


「これは毒味です」


 言い訳だ。


 誰もいないのに言い訳だけする小心者。


 しかし問題が発生した。コルクを抜くための道具がないのである!


「まずいなあ、しくじったなぁ……」


 どうしよう。


 爪でもつかってチマチマコルクを削るか? でもそれだと最後のほうで爪が届かなくなって、けっきょく液体の中にコルクを落とすはめになるからな。


「シャネルが帰ってきたらコルク抜きをお願いしよう」


 そう思って、俺はワイン瓶をベッドの隅っこに投げる。


 寝転がり、船の揺れを楽しむ。


 楽しむ……。


 た、の、し、む?


「やべえ、俺も酔ってきたかも」


 甲板にでも出ようか、そして風にあたれば少しはましになるはずだ。


 そういう意味ではシャネルのやつはこんな場合でも弱みを見せないな。まあアイラルンと違ってシャネルのゲロなんて見たくないが。幻滅するだろうし。


 え、アイラルンは幻滅しないかって?


 そんなもんでしょ、あの女神なら。


 なんて思って寝転がっていると、シャネルが戻ってきた。


「あの女神は食堂に預けてきたわ」


「食堂?」


「ええ、あそこで水をもらってダウンしてるの。連れて帰ってくるのも面倒だったから置いてきたわ」


「そうか、大丈夫かな?」


 シャネルは少しだけむっとした表情を俺に見せた。


 あ、これ嫉妬だ。


「そう、シンクはあっちばっかり気にするのね。ふーん、そう。へー、なるほどね」


 やばいやばい。


「いやあ、今日もシャネルは可愛いな。世界で一番なんじゃない? むしろシャネルが女神では? たぶん絶対、あるいはおそらくそうだよ!」


 適当に言ってみる。


 けっこう恥ずかしいが……。


「あら? うふふ、そう? 褒めたってなにも出ないわよ?」


 なんか知らんが機嫌は直ったみたいだ。


 ちょろいね!


「そういえばシンク、船長さんが落ち着いたら来てほしいって言ってたわ」


「船長? そういえばまだ挨拶もしてなかったな。行くか?」


「その前にそのゲロ、片付けなくちゃ」


 シャネルは雑巾あったかしら、とそこらへんの戸棚を開ける。戸棚の中には小さなコロンなんかがあった。俺の敏感な鼻はそのニオイいを察知した。


「なんだ、その香水みたいなの。すげえ獣臭いぞ」


「そうね、なにかしら?」


 ミステリーである。


「あんまりいいニオイじゃないぞ。どっかやっておいてくれ」


「そうね。あ、ここに良いボロ布があったわ。これで拭いておきましょう」


 シャネルはさっと床を拭くとその布を窓から海に捨てた。


 さて行きましょうかと部屋の扉を開ける。


「船長ってどんな人だった?」


 もし怖そうな人だったら嫌だなと思いながら俺は聞く。


「そうね……あえて言うならシンクは好きそうな人かもよ?」


 俺の好きそうな人?


 もしかしてあれか、ロリか!


 なんかこう、小生意気な感じのロリなのか? 俺はべつにロリコンではないがそういう子が好きだったりする、俺はべつにロリコンではないが。


「わくわく」


「たぶんだけど、シンクの想像とは違うわよ?」


 シャネルが大きな胸を落としてため息をつく。


 その胸の動きを思わず目で追ってしまう。


 俺は大きな胸も好きだ。(節操なし)


 シャネルに案内されて、揺れる船内の通路を歩いていく。


「この船ってもともと軍艦かなんか?」


「あら、どうしてそう思うの?」


「いままで乗った船よりも無骨だからさ」


 この前グリースに行くために乗った『グレート・ルーテシア号』などとは雰囲気が違うのだ。


 あっちは遊ぶための部屋なんかもあった。そもそもが海を越えて人をおくるための客船だったのだから。


「この船ね、じつは海賊船なのよ」


「え?」


 シャネルがなにか面白いことを言ったぞ。


 冗談だと思って俺は笑う。


「さあ、ここが船長室よ」


 そう言ってシャネルが扉を開けた。ノックもなしに。


 すると中にいた男はまってましたとばかりに大声で叫ぶ。


「キミが榎本さんか!」


 破顔している。


 なんで破顔っていうんだろうね、笑うことを。


「え、ええ。まあ」


「私はこの船の船長!」


 その男は片目に眼帯をつけていた。


「名前をクロウという!」


 そしていかにもな無精髭。


「キャプテン・クロウと呼んでくれ!」


 よく見れば片手は鉤爪だ!


 俺はゆっくりとシャネルを見た。


「なあ、冗談じゃなかったの?」


「なにが?」


 マジか?


 マジでこれ、海賊船なの?


 キャプテン・クロウはでかい声でガハガハと笑っているのだった。


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