559 見送りと借りた勲章
俺たちが乗り込む船はかつてグリース行きのさいに乗った『グレート・ルーテシア』よりも二回り以上も小さな船だった。
とはいえ港の中では一番目立つものだった。
「ああ、良いですわね。見てくださいまし、朋輩。あのお船、先端に女神の彫像がありますわ」
「本当だな」
「あれはきっと船路の安全を願う彫像ですわ、よし壊しましょう」
「なんで!?」
「だってあれ、ディアタナですもの。わたくしが乗る船にディアタナが関係するものがあるなどと考えたくもないですわ」
「やめてくれよ」
まったく、この女は。
俺たちがいる港町は初めて来た場所だった。パリィからは一昼夜馬車を走らせて、なんとかついた。なのでじつはそんなに近い場所ではなかったのだ。
「シンク、もう乗っていいって話よ」
シャネルがやってきて、教えてくれる」
「うん」
俺は回りをキョロキョロと見た。なんだか嫌な予感、というよりも妙な予感がしたのだ。
「朋輩、さっさと乗りましょうよ」
「いや、ちょっと待ってくれ」
あと10分。いや、5分くらい待っていようとそう思った。
なぜか、誰かが来る気がしたのだ。
まさか俺のために誰かが来てくれるとも思えなかったが、俺の勘がそう言っているのだ。
「うーん」
でも誰が来るんだ?
なんて思っていると馬車がやってきた。
その馬車はどうやら貴族の物らしく、側面に堂々と家紋が描いてある。
というか見覚えがあった。というか何度も乗ったことがあった。というか、エルグランドの家の馬車だった。
俺たちの前だ。そして降りてきたのは。
「よっと」
千鳥足の男。
エルグランドではない。鷲鼻をひくつかせながら、その手に持たれた半分ほど中身の減ったワイン瓶をかかえげて挨拶してくる。
フェルメーラだった。
「あれ、なんでフェルメーラが?」
俺は驚いてしまった。
てっきりフミナちゃんあたりが見送りに来てくれたのかと思ったのだが。
「いや、シンクくんがまた旅立つというからね。み・お・く・り・だよ!」
なぜか自分で言って大笑いしている。どうやら相当出来上がっているらしい。
「朋輩、なんですのこの酔っぱらい!」
「いや、まあ……友達?」
友達というには少しばかり年齢が離れているか。
なんていうのが正しいのだろう、こいつも戦友の1人であることは確かだ。
「いやあ、勇者の門出にはふさわしい、良い陽気だね。はい、乾杯!」
1人で飲んでるし……。
いやあ、相変わらずだな。俺に輪をかけてアルコール中毒な男だ、早死するぞ。でもこういう人がいるから俺ちゃんってまだ平気、正常なのでは? と思ってしまう。そういう意味ではありがたい存在だ。
ところでこのフェルメーラという男、こんな酔っぱらいのナリをしているが最近では軍属にも復帰してドレンス陸軍の重鎮となっているはずだ。階級は知らないが、かなりのポストを用意されているはず。
そんな人間がこんな場所にいても良いのだろうか?
なんて思っていると、馬車からもう1人。
「ん……? もうついたのですか……?」
青い顔をしてエルグランドが出てきた。
「お前が酔いつぶれてる間にな!」と、フェルメーラ。
「貴方などにつきあって酒を飲んだのが間違いでしたよ……ああ、榎本シンク。どうも息災そうで」
「そういうエルグラさんは酷そうだな、二日酔い?」
「まあ、そんなとこです。なんとか間に合って良かったです、見送りに」
「本当に見送りに来てくれたのか?」
俺はなんだかちょーっとだけ、本当にちょーっとだけ嫌な予感がした。
「シンクくん、これを受け取りたまえ!」
いきなり半分ほど内容量の減ったワインを渡される。
「ありがとう」
いちおう受け取っておく。
「フェルメーラ、そんな飲みかけを。馬車の中にちゃんとしたのがあります、それを受け取ってください」
「あ、ちゃんとしたのがあるのね」
その会話を聞いて、アイラルンが我先にと馬車の中に顔をつっこむ。
「あ、木箱にワインがたくさん入ってますわ!」
「どうぞ、お持ちになってください。アイさん」
「アイさん?」と、アイラルンはきょとんとしてる。
まずい、こいつ、自分でつけた偽名を忘れているぞ。
「アイ、ほらその木箱さっさと船の中に運んでてくれ」
そもそも、べつに偽名じゃなくても良くないか? と思うけどやっぱりアイラルンという名前はいろいろまずいのだろう。
俺はなんとか気づいてくれ、と念じるようにアイラルンの目を見つめた。
「いやですわ、朋輩。いまさらわたくしたちの関係を再確認したんですわね。良いですわよ、あだ名で呼んでも」
ダメだこいつ。
やっぱりマジのバカだな。
「アイ、私たちで運んでおきましょうか。シンクたちは男同士の話があるでしょうし」
「ですわね!」
いい感じにシャネルが察してくれて、アイラルンを連れて行く。
ありがとう、シャネル!
それに比べてアイラルンは……ダメですね!
「榎本シンク、貴方のまわりはいつもにぎやかですね」
「いや、そんなことないぞ。あの女がうるさいだけで、シャネルと2人きりのときはけっこうしっとりしてる」
「そうですか。ちなみに榎本シンク、このワインはべつに貴方に渡すものではありませんよ。くれぐれも、フェルメーラのように自分で飲まないように!」
「え、そうなの?」
てっきり船の上で飲むためのものかと思っていた。
「あはは、これはあっちの国に行ったときに色々な人にわたす、つまりは手土産だね」
その手土産、あきらかに一本なくなってるんですが。
俺は手に握っているワインボトルの口から少しだけワインを飲む。なかなか甘めのワインだった、まあ飲みやすい。
「それを4本も飲んで……」
いやいや、そんなに無くなってるのかよ。
「1本はエルグランドが飲んだ!」
「そうでしたでしょうか?」
「シンクくん、こいつはこういう男だよ! 都合が悪いとすぐにとぼける!」
「べつにとぼけてなどいません、二日酔いで忘れてしまっただけです」
「絶対にウソだ!」
「あはは」
俺は苦笑いをする。
コントやってんじゃねえんだぞ?
でもこれくらいにしないと。あんまりずっといたら、別れが辛くなるからな。
「俺、そろそろ行くよ」と、言う。
「そうですね。まあ、ただ少しだけ顔が見たかっただけです」
エルグランドはそっぽを向きながら言う。
「とか言って、本当は榎本くんに挨拶されなくて寂しくなって、慌てて来たんだよ? かわいいね、エルグランドって」
「そうなの?」
「そ、そんなわけありません!」
なんでもいいけど、男のツンデレって気持ち悪いよね!
ほんとうになんでもいいけど……。
「それよりも榎本シンク、あなた勲章はどうしたのですか!」
「勲章?」
「どうしてつけていないのですか!」
ん?
ああ、勲章か。そういえばもらったね、でも持ってきてなかったわ。あれって小学生がつけてる名札みたいで、つけるの恥ずかしいんだよね。
というか普通こういう平日、ハレの日ではないときはつけないのでは?
「しょうがないですね、これを渡しておきますから。ちゃんと返しに来なさい!」
そう言うと、エルグランドはじゃらじゃらとたくさんついている勲章、レジオンドヌール勲章を外して俺の胸につけてくる。
「なんだかなぁ……ちょっと仰々しくないか? あっちの国の人が驚くぞ」
「バカを言わないでください、これはこのドレンス最高の勲章ですよ! ジャポネの人々もこれを見れば、良いものを見れたと喜ぶでしょう!
そうかなー?
ま、いいけど。
俺としてはエルグランドの「返しに来なさい」という言葉が気に入った。
返しに来い、つまりは生きて帰ってこいとそう言いたいのだ。
「さて、エルグランド。そろそろシンクくんを離してあげな」
「分かってる、さらば榎本シンク」
「はいはい、じゃあね。エルグランド、あんまりええカッコしいは気をつけろよ大変だぞ。フェルメーラも、飲みすぎはダメだぞ」
俺はそれだけ言って、シャネルたちが待っている船へと乗り込んでいく。
エルグランドとフェルメーラは俺に手を降ってくれている。
俺が乗り込んだことを確認したのか、すぐに船は汽笛を鳴らして発船した。
どうやら俺が待たせてしまっていたらしい。
申し訳ない。
俺を見送りに来てくれていた2人は、その姿が見えなくなるまで港にいてくれた。
すいません、昨日更新忘れておりました




