557 自由意思で決める運命
「もう無理だろうなぁ」
俺はベッドに座っているシャネルに、そう言った。
「なにが?」
「この国にいるのが。俺、今日ギルドに行ってきたんだけどぜんぜんだったよ。クエストさえ受けさせても貰えなかった」
今日あった出来事をかいつまんで説明する。
すると、シャネルは深いため息をつく。
「暴れてきたの、ギルドで?」
「まあ」
「もう当分いけないわね、私たち」
そうだ、シャネルも暴れてきたのだ。
「いっそのこと、このまま問題をおこしていけばランクが下がるとか、そういうのないかな?」
「下がらないんじゃないかしら? たしかギルドのランクは一度上がるとよっぽどのことがない限りは下がらないようにできてたはず。そもそも少しの不祥事で下がってたら冒険者なんて最低ランクばっかりになっちゃうわ」
「たしかに」
と、いうことは無理やりランクを下げて冒険者を続けていくのも無理か。
そもそも俺が有名になってしまったということにかわりないわけで。
「稼ぎがないのはいやね」
「だな」
「べつにお金に困ってるわけじゃないけれどね。ただシンク」
「なんだ?」
「あなた、あまり面白くないでしょう?」
「なんのことだ?」
「分かってるのよ、暇で暇でしょうがないんでしょ」
俺はなにも答えられない。
ここで暇って言ってしまうと、まるでシャネルとの生活に飽きているみたいに思われそうで。
「むにゃむにゃ。もう食べられませんよぉ」
部屋の隅で寝ているアイラルンが、絶妙なタイミングでべたな寝言を言う。
「へべれけに酔っぱらっちゃって、まあ。これが本当に女神様かしら?」
「こいつもいろいろ大変らしいけどな」
「この人、いつまでついてくるの?」
「さあ、アイラルンにはアイラルンの目的があって、それを果たそうとしているんだろ」
あたかも俺が5人に復讐を求めたように。
「ふーん」
シャネルはどうも不機嫌そうに戸棚に入っていたワインを取り出す。どうぞ、とワイングラスを渡してくれた。どうやら今日は彼女も飲むらしく、自分の分のグラスをもっている。
トクトクと心臓の鼓動のような音がしてワインがグラスに注がれる。
俺は注がれたワインを一口飲む。
するとシャネルは微笑んだ。
「乾杯は?」
「あっ、忘れてた」
「シンクったら、いつも1人で飲んでるからそういうことも忘れるのね」
たしなめられている?
いいや、違うな。シャネルは純粋に楽しんでいるようだった。
シャネルが酔っぱらっているのは見たことがない。これまで幾度となく酔わせてことをいたそうとしてきたが、そのたくらみは失敗続きだ。
「ねえ、シンク」
「なんですか?」
俺は少しだけ酔っていた。そもそもここに来るまえ少しだけ飲んでいたから。
「私、変なこと言うわよ」
「あ、ちょっと待ってくれ」
俺は部屋の窓を開けた。夜風が気持ちいい。
「私はね、本当は行きたくないわ」
窓際に立つ俺に、シャネルが言う。俺はシャネルの方を向いていないので彼女がどんな顔をしているのか分からない。
「なんでそんなこと言うんだ?」
夜の街は暗い。
いくらドレンスの首都パリィといえど、夜になればみんな眠る。とくにこんな裏通りならばね。こんな時間でも起きているのは泥棒と乳繰り合う恋人たちくらいだろう。
「貴方とずっと一緒にいたいの。安らかな時間の中でずっと。でもそれはきっと無理な相談だわ。束の間の安らぎを享受することすら、私たちにはできない」
俺は振り返る。
酔っているのか、シャネルは。
いや、まさかね。
見ればシャネルはいつも通りの白い肌をしていた。俺が飲むよりも早いペースでワインを飲んでいるようだった。グラスにつける唇が、なんだか燃えるように赤くて、それを見ているとドキドキした。
「シンク、私たちはいったいどこまで行くの?」
「さあ、知らないよ」
「そうよね、人間の運命なんていうものは分からないものだわ」
「けれど人の運命なんて人の力で変えられるって、昔タイタイ婆さんが言ってたぞ」
「ええ、そうね。けれどシンク、1つだけ聞くわ」
「なんだ?」
「貴方は、貴方の意思で行くことを選ぶのね」
「ああ」
ジャポネ行き。
俺はそれをしようと思っていた。そのことについてシャネルに話す必要があったのだが、すでにお見通しだったようだ。
「もしもシンクがそこで寝てる女神にそそのかされてジャポネ行きを決めたっていうんなら、私は怒るわ」
「なんでだよ?」
「だって私と貴方の蜜月を邪魔しようとするのだから。私たちの安らぎの日々を。けれど貴方が自分で戦いを、闘争、運命を求めるのなら私に言うことはなにもないわ」
シャネルはそういって小首をかしげた。
さあ、どっち。
とでもいうように。
「俺は」
自分の意思でジャポネに行く。
本当にそう言えるだろうか?
もともとアイラルンに言われて半ば無理やりというか、なし崩し的にこちらの異世界に来たのだ。けれどそれだって、たしかに俺はアイラルンにそそのかれされたのかもしれないが、最後の最後には自分の意思で決めたのだ。
だから大丈夫。
そう言おうとして、ふと気が付いた。
シャネルは不安なのだ。俺がアイラルンに危害を加えられないか。アイラルンについていきとんでもないことにならないか、と。
「大丈夫だよ、シャネル。アイラルンはたしかに邪神かもしれないが俺たちの不利益になるようなことはしないはずさ」
「信じているのね」
「朋輩だからな」
「ふーん、少し妬けるわ」
でもお前が1番だよ。
そんなこと、恥ずかしくて言えない。
けれどそれは本当だ。
アイラルンは友達だとしたら、シャネルは恋人なのだから。
俺たちの関係はなんなのだろうか、と久しぶりに思った。まさかシャネルがときどきいうような夫婦ではないが。
けれど俺たちは特別な関係であることは確かだった。




